160. 避けようがない
「敵襲ッ! 敵襲だッ!!」
「……やはり来ましたか」
ガルム期の暗闇の中、襲撃者が距離を詰めてくる。よく見えないが、その後ろにはこちらを包囲しようとしている集団も居るようだ。
辺境伯様に付いて西へ向かっていた私は、予定通りならガルム期前日には辺境伯都に到着していた筈だった。しかし、道中複数回の妨害工作を受け、ガルム期初日の今日になっても未だに森の中だった。
王国の西側に広がる森は広い。思えば妖精様に出会ったのもこの森の中だったか……。その森に入ってからというもの、倒木が複数回道を塞いでいたのだ。1回や2回なら偶然で済ませられるが、3度4度と続くうちに妨害されていると確信せざるを得なくなった。
魔術を使えるニーシェとシルエラが居れば倒木などすぐに除去できると思っていたが、魔術もそれほど便利ではないらしい。1度目の倒木はシルエラが魔術で吹き飛ばしたのだが、威力を弱めることが苦手な彼女は倒木を除去するだけにとどまらず、街道をえぐり馬車の通行を不可能にしてしまった。幸いなんとか街道を復旧できたのだが、余計に時間がかかってしまったのだった。
ニーシェでは倒木を吹き飛ばす程の威力がない。さらに、火魔術しか使えない彼女がそれをやると森に延焼する恐れがあった。そのため、倒木が道を塞ぐ度に護衛の辺境伯軍が縄や馬を使い地道に移動させていたのだった。
以前に1度、野盗の集団に襲われた経験があるが、その時とは雰囲気が大分違うように感じる。あの時の野盗は大声を上げて迫ってきていたが、今回の襲撃者は全員が無言で突っ込んできた。装備も黒で統一されており野盗よりも恐ろしく感じる。やはり帝国兵なのだろうか?
襲撃者の先頭が護衛に到達し、剣戟の音が響きだした。と同時に、辺りが光に照らされる。何事かと思えば攻撃魔術が飛んできている。それも1つや2つじゃない。見れば40人程の襲撃者の、その半数が魔術師らしい。あの数の魔術師に遠距離から馬車や馬を狙われてはひとたまりもない。辺境伯軍の騎兵が魔術師の詠唱妨害に向かおうとするが相手の前衛に防がれているようだ。
それを見たシルエラが馬車の扉を開け詠唱、放った大きな魔術が飛んできた敵の魔術を飲み込み、敵の魔術師の一角を周辺の樹木ごと吹き飛ばした。
「姫様方は馬車から出ずに身をかがめていてください」
そう言ってニーシェも飛び出して行く。以前野盗に襲われた際には馬車の中で真っ青な顔をして震えていた彼女だが、今回は何とも頼もしく見える。
しかし、彼女らが出て行った反対側面からも敵魔術を受ける。そちら側には王城から付いてきていた近衛が1人居たが、盾を投げつけ魔術の1つを相殺するがせいいっぱい。
バスン! ――バスン、ドスッ、ドガッ!!
4発が立て続けに馬車に命中してしまった。
「きゃぁ!?」
「ぐっ……!」
横転する馬車。なんて威力だ。王城を襲った帝国兵の魔術師よりも数段威力が高い。耐魔効果のある王族用の馬車でなければ木端微塵になっていたかもしれない。
この魔術師の数はおかしい。魔術師などそうそういない筈だ。王国の魔術師はこの場にいるニーシェとシルエラ、王都に残っている魔術師団長とご高齢の方がもう1人、東の国境線ですら20人程度しか居なかった筈だ。帝国側もこの場に20人も寄越す程多くの魔術師が残っているとは聞いていない。この規模の敵にこれ程まで多くの魔術師が居るなど完全に想定外、何かが変だ。
辺境伯軍の防衛担当班がようやく横転した馬車を取り囲む。西の地ではこれまで対人実戦などほとんどなかったのだろう、辺境伯軍の行動が若干遅い。しかし、こちらが遅過ぎると言うよりは、敵の行動が早過ぎる。それに、馬車を取り囲んだところで対魔術盾を持たない彼らでは狙い撃ちにされるだけだ。案の定、次々に魔術を食らい負傷していく。
「あ……、あああ……」
「エレット様、心配する必要はありません。必ずや護衛が守ってくれるでしょう。それに、こちらにも魔術師は居るのです」
「は、はい……」
怯えるエレットを宥めるが、正直厳しい。辺境伯様は別の馬車だが、そちらは大丈夫だろうか? 横転した馬車からは辺境伯様の馬車を確認することができない。ニーシェとシルエラも心配だ。
前窓から辛うじて外の様子が伺えるが、戦況はよく分からない。魔術が飛び交う度に闇が照らされ、金属がぶつかり合う高い音、魔術が空気を切り裂く音、直後に響く爆発音。私にできることは何もなく、万が一にも魔術に当たらないようにただただ身を縮めるしかない。
ふいに、トントントンという軽い音が聞こえた。振動から誰かが馬車の上に登ったように感じたが、横転して上向きに開いている扉を見上げても誰もいない。だというのに……。
「我ギルベルトが求める……、光よ、我が敵を穿て!」
詠唱、そして直後に広がる魔術の光!
「きゃぁああっ!!」
「クソ!」
「な、姫様っ!?」
ああ、敵には透明化できる人間が居るのだったか。横転した狭い馬車の中、この距離で魔術を撃たれてしまえば避けようがない。私もここまでか……。
――バスンッ!
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