159. 想定通り

 帝国の越境経路の調査依頼ということで、南東の森の外縁部を北東側から西へ、そして徐々に南西に進路を変えて進む。後は南下して山脈に突き当たれば任務完了だ。


 この南東の森、正式名称はエルンの森だったか……。この森は別名トロールの森と呼ばれるだけあって、妖精剣に惹かれたトロールがわんさか集まってくる。倒すのも面倒なのでそのまま引き連れて移動しているが、俺以外に人は居ないから問題ないだろう。ガルム期に森へ入る奴なんてほとんど居ないからな。


 ガルム期か……。収穫祭前には王都に戻ってただ飯三昧の筈だったんだがなぁ。収穫祭はどこの町も毎年、領主から無料で食料が提供される。王都なら王家からだ。今年は部分的に数年ぶりの豊作だったと聞いていた。妖精様の影響か人も物も多く集まっていたから、例年になく豪勢な収穫祭だったろうに。



 そんなことを考えながら徐々に南下しつつトロールを適当にいなしていると、突然北側から炎が飛んできた。この直線的な軌道、おそらく魔術攻撃だろう。ガルム期の闇を一瞬真っ白に染め上げた炎は、そのままトロールの1体に当たり爆ぜた。


 加勢か? こんな暗い中、明かりも持たずトロールの群を相手していれば危ないと思われるのも無理ないかもしれない。しかし参ったな。俺1人だけならどうとでもなるのだが、下手に加勢されると守りながら戦う羽目になりそうだ。できればすぐに離れて欲しい。


 魔術攻撃を受けたトロールが仕掛けた相手の方へ向かわないように、妖精剣で小さめの石礫を放って注意をこちらに引き付ける。



「おい、そこのお前! 冒険者か!? 加勢してやろう!」

「不要だ! 離れていろ!」

「遠慮するな!」


 なんだ? 断ってるのに無理やり加勢してきたぞ……。おいおい、しかも何人居るんだ? 数十人程居るじゃないか。辺りは暗闇だが、妖精様に強化された視力ならハッキリ見える。分かりづらく細工しているが全員揃いの装備、さらに魔術師まで居るとなるとどこかの正規軍に違いない。


 帝国兵か? いや、近隣貴族の私兵団という可能性もある。だいたい帝国兵ならわざわざトロール討伐に加勢してこないだろう。とりあえず今集まっているトロールを一旦全滅させるか。次から次へと集まってくるから倒すのが面倒だっただけで、倒せない訳ではないのだ。



 散発する魔術に気を取られたトロールのうち、姿勢を低くしていたトロールの首を飛ばしていく。明らかに優勢で加勢など要らないと見ただけで分かるだろうに、前衛まで突っ込んで来てしまった。しかもこちらの邪魔になるような動き、あまりウロチョロしないで欲しいんだが……、いや、ワザとか?


 進行方向を阻まれた瞬間に矢が飛んでくる。俺を狙ったな。何故だ? 帝国兵が越境してきたのだとしても、わざわざトロールとやりあっている1冒険者を殺しに来るか? トロールに攻撃されるリスクを犯してまで?


 ついに魔術師まで俺を狙いだした。回避先を前衛で潰して、魔術と矢で狙い撃ちしてくる。そうかと思えば魔術と矢の合間を縫って剣戟が……。かなり練度が高い。が、ここにはトロールも居るんだがなぁ。トロールの1体が平手を横薙ぎにすると相手兵が1度に3人吹っ飛んだ。



「うぎゃぁ!」

「おい! 大丈夫か!?」

「構うな! 集中しろ! 二の舞になるぞ!」


「隊長! 隊長! ダメだ! そいつだ! そいつが魔力の元だ! そいつがトロールの上位種だ!」


「なんだと!?」



 トロールの上位種!? 何処だ!? 周りに居るトロールはあと3体、どれも通常個体に見えるが……。魔物の上位種なんてスタンピードのときのオークジェネラルやオークキングくらいしか見たことがない。魔力の元と言っていたな。トロールの上位種は見た目で分からないのか?


「あああ! このトロールめぇ!」



 半狂乱になった魔術師が俺目掛けて炎を打ち込んでくる。なんだ? 俺をトロールと思っている? いくらガルム期で暗いと言っても真っ暗闇じゃぁない。人間とトロールを見間違えるか……? 飛んでくる炎をいなしがら考える。


 魔力の元……、魔力の大きさで判断した? もしかして妖精剣の魔力が大き過ぎてトロールの上位種と思い込んでいるのか? そう言えば、以前にも町でトロールと間違えられたな……。


「待て待て待て! 俺は人間だ! 冒険者だぞ! トロールと間違えて討伐しようとしているなら誤解だ! 一旦落ち着け!」


「うるさい! 人間なのは見たら分かる! むしろ何故人間なんだ! 俺たちの計画を台無しにしやがって!!」


「はぁ? なんだ、何を言っている?」


「貴様が! トロールなら! まだ良かったのに!」


 あー……? 想定外の会話にどう返せば良いのか分からなくなった。ただでさえ俺は話下手だっていうのに。



「……どういうことだ?」


 俺は驚きのあまり無言になってしまっていたが、相手の隊長とやらもどうやら話が見えていないらしい。俺の代わりに魔術師の男に聞き返してくれた。


「そいつの魔力、トロールの上位種と思い込んだ魔力はそいつの魔力だ……、魔力です……」


「つまり、俺たちはただの冒険者をトロールの上位種と誤認していたと?」

「そう……、なります……」


「貴様! ではトンネルを放棄する必要は無かったということか!? 計画変更も必要が無かったと!? これだから魔術師は!! しかも上位種が居ないということは、スタンピードも起こせんではないか!!」


 ……何か内輪揉めが始まったぞ。とりあえず残りのトロールは倒しておくか。それから、スタンピードを起こすと言ったな。やっぱり帝国兵か。


「うおっ?」

「わっ?」

「なんだ!? 腕が? 足も!」


「お前達、帝国兵だな? 揉めているところ悪いが、全員拘束させてもらう」

「なっ!?」

「放せ! 解放しろ!!」


 妖精剣を操り、土の魔法で全員の腕と足に岩の重りを付けてやった。油断しきっている相手にしか通用しない技だが、嵌れば簡易の拘束具になる。力の強い魔物相手だと壊されてしまうが人間相手なら有効だ。


 さて、これで任務完了だな。終わってみれば帝国兵もずいぶん間抜けだった。と言うのは失礼か。妖精様の働きがなければ、こいつらの計画は成功していた可能性が高い。俺をトロールの上位種と誤認した間抜けな勘違いも、妖精剣を持っていなければ起こらなかったのだから。



 しかし、ガルム期に帝国が攻めてくるという噂は本当だったのか。ここに帝国兵が居るということは、この森から抜けてきたのだろう。そう言えばトンネルとか言っていたか? まさか、あのとき見た洞窟? あれが帝国まで繋がっているのか。あの洞窟から帝国国境なんて、相当な距離があるぞ……。今度はそのトンネルを埋めてこいとか言われないだろうな?


 いや、あり得る。思い返せば今回の件、王家に上手く使われている気がしてしょうがない。冒険者は国の戦争には基本的に不干渉だが、襲われたら応戦するしかなく、結果的に俺は数十人の帝国兵を拘束することになった。


 王家から凄い剣をもらって、王家が後ろに付いている依頼を受けて来たら、気付けば帝国兵との戦闘だ。さらには帝国兵が越境してくるトンネルを埋めてこいという、あり得そうな指示。なるほど、だから土の剣か。最初から帝国が使う洞窟なり渓谷なりを石礫で通れなくしてこい、という計画だったのかもしれない。


 王家は妖精様の先見の加護を受けている。ということは、これも妖精様の思惑の内? いったい妖精様はどこまで見通されているのだ。


 ――全ては妖精様の想定通り、か。


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