158. 釣れない

「作戦開始だ。明かりをつけろ」


 トロールの森の外縁部、辛うじてトロールの群れが目視できる程度の距離を置いて全員が明かりをつける。トロールは視力に頼った行動をする魔物だ。暗いガルム期に明かりを灯せばトロールも反応して追ってくるだろう。


「行け! 走れ!走れ! できるだけ声も上げろ! 追いつかれるなよ!?」

「うおおお!」

「おおおおおッ!!」

「あああああッ!!」


 森を飛び出し明かりをもった40名が、大声を上げてガルム期の暗い平原を走り出す。



「……おかしい、隊長! トロール、追ってきてませんッ!!」

「なんだと!?」


 部下の報告を受けて、走りながら後ろを確認してみる。追いつかれてしまえば高確率で死ぬと分かっている今、後ろを確認するのはかなりの恐怖だ。しかし、よくよく見てみると部下の言う通りトロールは追ってきていなかった。先程まで目視できていたトロールの群れが見えない。


「全員! 一旦止まれ!! 止まれーッ!!」

「ハッ」


 だいぶ前を走っていた隊員もなんとか呼び戻す。


「ハァ……ハァ……、どうしました?」

「全員明かりを消せ。トロールが追ってきていない。引き付け失敗だ。もう1度群れに近付くぞ。今度は確実に釣るために少し攻撃を加える」


「それは……、了解です」




 元来た道を戻り、トロールの群れが見えてくる。それからさらに近付いて、トロールの唸り声が地を震わせる程大きく聞こえるようになったとき、全員が異変に気付いた。


「戦闘中? ……トロールと何かが戦っているようですね」

「暗くてよく見えんな……。相手は小さい……、人間か?」


 トロールの腕の振りから、相手にしている何かの大きさは人間程度であると予想できた。人としては平均身長だが、トロールの群れの中では小さく見える。


「……冒険者か? しまったな、討伐依頼が出されたか」

「いえ、冒険者にしては変です」


 こんなところでトロール狩りなど冒険者くらいしか思いつかないが、部下がすぐに否定してきた。暗くてこの距離でも部下の表情は見えないが、声色から戸惑いを読み取れる。


「冒険者じゃなくても変です。人間がトロールの群れ、それも上位種も混じっている群れを相手にするには複数人で対応する筈……。ですのに冒険者の声は聞こえてきません。トロールの唸り声は聞こえるのに! いくら連携になれたパーティーでも、全く掛け声を上げないのは不自然ですよ」


「確かに。しかし相手が何であろうと構わん。おい、あの中に明るいのを一発ぶち込め。それで釣れれば良し、釣れなくても状況確認はできる」


 魔術師に攻撃指示を出す。以前トロール相手に青い顔をしていたコイツだが、今はその表情も暗くてよく分からない。魔術師の怯えはすぐさま全体の士気を下げるので、その点では暗くて良かった。


 ドヒュッ!


 魔術師の短い詠唱の後、明るい炎が長い縞模様の影を両側の地面に描いてトロールの群れへ飛んでいく。暗がりの中、急に明るい炎が出たためか、色の失われた白と黒の景色の中、1人の人間が一瞬浮かび上がった。


 直後に炎は1体のトロールに命中。辺りはまた闇に落ちる。明るい炎を見たためか先程よりも暗く感じてしまうが問題ない。何故なら火魔術が命中したトロールはこちらに来なかったからだ。


「釣れませんね」

「ああ。それより見たか? トロールはひと1人相手に戦っている? 冒険者か?」


「1人でトロールの群れと戦える人間がいるとは思えませんが……、名のある冒険者かもしれません。どうしますか?」


「加勢するふりをして近付くぞ。この暗がりなら帝国兵とは気付かれんだろう。油断させてからあの冒険者を殺せ。それから全力で町の方向へ離脱、距離を取って明かりを付けろ。そこからは当初の予定通りだ。トロールを街へ誘導、スタンピードを起こす」


「む、無茶ですよ! トロールの群れを1人で相手している奴ですよ!? それに、その作戦だとゼロ距離からトロールに追われてしまいます!」


「できないと思うな! できる方法を考えろ!」

「ううっ……」


 無茶なのは俺も分かっている。しかし、やらねばならんのだ。


「分かったか!?」

「は、はい!」


「よし、行くぞ!」


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