152. 西の令嬢

 王城裏手の庭園の一角に用意されたテーブルに着き待っていると、今回のお茶会参加者の1人であらせられる辺境伯令嬢様がやってこられました。立ち上がり礼をとります。優雅、優雅に……。目上の相手に目下から声は掛けてはいけません。


 しがない男爵家の娘である私が、王城へ奉公にあがり、妖精様のお傍付き補佐に任命され、王女殿下のお茶会練習相手に、そして本日お茶会本番に臨むのです。ここ数日シルエラさんに教育して頂きましたが緊張で胃が痛いですよ、本当に。


 本日のお茶会が終わっても収穫祭前までの短い期間にまだいくつかのお茶会を開くそうですが、その全てに私の参加が決まっています。


 これまで全くお茶会を開いてこなかった王女殿下が、突然頻繁にお茶会を開催された。そして、そのいずれにも参加した無名の男爵令嬢。あいつはいったい何者だ?と、社交界の噂になる日が目に見えます。


 でもこれはチャンスですよね。王女殿下のお気に入りとして名を上げれば、良いお相手と関係が持てる可能性が広がります。名家と実家の縁を結ぶことができれば、結婚して王城の奉公から退いても実家の領地経営に支障をきたさないハズ。何せ今の実家は、私の給金でギリギリもっているところがありますからね……。



「ごきげんよう。わたくしはエレット・ラ・ウェスファーですわ」


「はじめまして。アウリ・ラ・リースタムでございます。本日は宜しくお願い致します」


 西の辺境伯令嬢エレット様、本日のお茶会参加者の1人です。ゆるやかなウェーブのかかった亜麻色の髪に柔和なお顔、これぞご令嬢といったいで立ちですね。最近は過激なお方ばかり見ていましたので、とっても新鮮に感じます。


 エレット様は第2王子ご誕生前後のベビーラッシュ組ですので、私や王女殿下より5歳ほど年上でございます。成人前に主催するお茶会で招待するお相手は同年代であることが多いのですが、歳の離れた今回の人選の理由はなんとなく予想がつきますね。


 王女殿下はガルム期中、西の辺境伯様のもとへ避難されることになっております。そのための挨拶が大きな理由でしょう。さらにエレット様は妖精様のお力で失っていた視力を取り戻され、今や妖精様へ崇拝に似た感情を抱かれておられるとか。王女殿下が開催される数度のお茶会は、数家の貴族に妖精様と関係を持たせることが目的だそうですので、1人目の招待者としてエレット様が選ばれたのは納得ですよ。



 エレット様には王城所属ではない侍女が付いておられます。本来お茶会まで自身の付き人が付いてくることはそうそうありません。今回は王女殿下主催のお茶会のため、王女殿下付き侍女と担当文官に所属する侍女たちが対応するのが普通です。しかし、エレット様は視力が回復したばかり。慣れた付き人が傍にいた方が良いのでしょう。



「こちらこそよろしくお願いしますね。どうぞ、お座りになって」


 付き人の補助で席に着かれたエレット様に、王城の侍女がすかさずお茶をお出しになられます。それを見て私も座ります。その後しばらくして王女殿下と妖精様が来られました。後ろには王女殿下付きのニーシェさん、妖精様お付きのシルエラさんも控えています。


 妖精様付きのシルエラさんは本来この場まで来られる必要はありませんでしたが、妖精様用の小さなカップに安定してお茶を注げるのは今のところシルエラさんしか居ません。私も練習中ですが、小さなカップに適量注ぐのは非常に難しいのです。なにせ、小さいだけでなくカップに切れ込みまで入っているのですから。そのため妖精様がお茶会に参加されるとなると、シルエラさんのお付きが必須になる状況なのですよ。



 私が立ち上がると同時に、エレット様もお立ちになられました。リハビリ中とのことらしいのですが、優雅さを感じる自然な動作ですね。


「ごきげんよう。本日はお越し頂きうれしく思います」

「お招きありがとうございます、王女殿下」

「ありがとうございます」


「妖精様もごきげんよう。わたくしの目を治して頂きましたこと、改めてお礼申し上げます」


 エレット様が感謝を伝えられると、少しの間を置いて妖精様が見慣れないポーズを取られました。するとどこからともなく白いモコモコが!


「まぁ。これは……、羊? どんどん出てきますわ」

「お、お嬢様!」


 出てきた小さな小さな妖精様サイズの羊があふれ、驚くエレット様をあっという間に埋もれさせてしまいました。エレット様の付き人も目を見開いていますが、妖精様がお出しになられた羊たちはすぐに消えてしまいます。


「心配は不要です。妖精様の行動には全て意味があるのですから」

王女殿下が落ち着いた声で発言されます。


「そうなのですね。では、先程の羊達にはどのような意味がおありなのでしょうか?」


「それは分かりません。しかしきっと、先程の羊達の光景が今後のあなたの助けとなるのでしょう」


「なるほど……」


 さすがは妖精様、エレット様の視力を回復なされるだけにとどまらず、今後の啓示もして頂けたのですね!


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