146. 良い笑顔

「――北方に関しては以上です」

「分かりました」


 報告に対し妻が相槌を打つ。ワシは頷くことで把握したことを伝えておいた。スタンピード後の祝勝パーティーの際、北部連合の貴族は洗脳されていた疑いが浮上した。そのため妖精殿の北方慰問に合わせて調査させていたが、どうやら間違いないらしい。


 精神効果のある薬物を使用された上で魔術的な洗脳が仕掛けられたことまで判明した。非常に長い時間をかけて徐々に徐々に洗脳されていったようで、そのため妖精殿の花弁でレジストするまで発覚しなかったのだ。


 十中八九、帝国の仕業なのだろうが、帝国にそれほど優秀な魔術師が居たのは驚きだ。西のエネルギア以外の国々では魔術師の能力などそれほど変わらんかった筈なのだが……。


 しかし北部連合の洗脳は解けた。北方を中心に貴族界に妖精茶を出回らせたのだ。流行に疎いと馬鹿にされる貴族界において、今や妖精茶を飲んでいないなどあり得ないという状況を作り出した。資金難で妖精茶を手に入れられない貧乏貴族には、幸運にも偶然手に入ったという演出を用意しそれとなく入手させた。貴族子弟の末端までは行き届いていない可能性は高いが、当主をはじめとした主要人物だけでも洗脳が解けておれば良い。



「次に、冒険者ギルドに依頼していた案件ですが、盗賊討伐ならびに地下構造の把握ともに完了しております。詳細は事前にお配りしております資料の通りです」


 帝国に内通していた冒険者から、近年頻発していた盗賊被害は帝国の工作であることが分かった。帝国が用意した盗賊共は、王都と辺境の情報寸断までやってのけていたのだ。冒険者が盗賊を討伐した位置を確認すると主要な街道は全て抑えられていたことが分かる。これを決戦前に排除できたことは大きいだろう。そして地下構造の把握とは、妖精殿が下水道に施した仕掛けの把握だ。


「鉄格子が移動するため侵攻困難という話でしたが、鉄格子の消えるタイミングを上手く利用することで封鎖域にも侵攻できることが分かりました。そのため、お渡しした地図に示した位置に新たに鉄格子を設置します。設置は収穫祭中に実施、ガルム期前には完了予定です」


「新たに設置した鉄格子も移動してしまう可能性は?」


「それはおそらくないでしょう。現在移動する鉄格子も一部のようで、全部が全部移動している訳ではないようです。しかし念のため、封鎖後1日は様子見させましょう」


「分かりました」



 冒険者ギルドの新サブマスターは思いの外優秀だった。サブマスターに新人受付嬢が選ばれたのは、我々が国の諍いに冒険者を巻き込んでしまったことへの冒険者ギルド本部の当てつけだったのだろう。本来あり得ない人選だが、帝国の工作なども絡み合い実現してしまった。


 しかし、誰も期待していなかった人選ではあったが、やらせてみるとそれなり以上の成果を上げ続けているという。ギルドマスターも不在中であるというのに、王城こちらの要求も全て応えている。


 妖精殿が強化したという冒険者を国境の森へ送ったのも良い動きだ。いや、こちらは妻の誘導か。トロールの体毛採取を名目に、トロールを狩ることができる優秀な冒険者をトロール生息地である国境へ送ったのだ。そしてそのまま国境警備に加えた。


 帝国がどこから越境しているのかはまだ分かっていない。仮に森に帝国本隊が出た場合、通常であれば冒険者1人では何もできないだろう。しかし妖精殿が強化した人物が妖精剣を装備して迎え討てば、1人でもある程度何とかなろう。妖精殿の強化はワシも実感しておるしな……。



 帝国は、新人受付嬢のサブマス就任を通して、王都冒険者ギルドのベテラン勢と新人勢に不和を作り出そうとしていたようだ。その軋轢で機能不全を狙ったのだろう。しかし、前ギルドマスターの送別会に妖精茶を微量混入させた。微量では洗脳を解くといった強力な効果はないが、怒りや不満、ストレス軽減効果はあるらしい。スタンピード後は確実に感じた軋轢も今はそれほど感じないという。


「それから、透明化できるという間諜に関してですが、再度王都に入ろうとしたようです。手配書の人相描きから門番が気付き捕縛しようとしましたが、その場から消えたとのこと。即時門を封鎖して濁り水を撒き、王都内の見回りも強化させていますが侵入されたかは不明です」


「それで構いません。透明化など防ぎようがありませんからね。こちらが間諜の人相を把握していると理解させるだけでも動きを制限できるでしょう」


「はっ」


 透明化できる間諜の存在は衝撃的だった。すぐさま対処が話し合われた程だ。幸い、冒険者ギルドの受付嬢の働きで、濁った水を掛けることで発見できるという対処が考案された。が、完璧ではない。


 さらに街門に旗を掛けさせた。旗をくぐらなければ王都に入れず、何かが通れば旗が揺れる構造だ。風が当たらないようにしてあるため、誰も居ないのに揺れれば透明化した間諜が通った可能性がある。それでも侵入されたか判明しないと言うのだから、やっかい極まりない。



「では、最後にこちらですが……」


 宰相が鳥の模型を見やる。侍女の話では、港町で購入した模型を妖精殿が熱心に調整して空を飛ぶように改造したらしい。


「空を飛ぶ鳥の模型ですか……。妖精様がわざわざご用意されたのです。きっと今後に必要なモノなのでしょう」


「飛ぶと言っても短い時間のみなのでしょう? 情報伝達などには使用できない」


「なかなかに大きいですぞ、無理すれば人も乗れましょうな」


「乗ってどうするのです? まさか空中戦でもする事態になると?」


「――こちらを」



 用途不明な、それでいて今後の問題に対して重要な打開策となり得る鳥の模型に対して議論が始まろうとした最中さなか、宰相が1冊の絵本を提示した。


「こちらは?」


「妖精様付き侍女が、行きの船で妖精様に読んだ絵本のうちの1冊です。内容としてはご存じの方も多いでしょう、英雄が鳥に乗ってドラゴンと戦うお話ですね」


「ではやはり乗って戦えと? そのようなこと、常人には不可能……」


 そこで皆が一斉にワシを見た。まさか……、本気か? ワシに乗れと?



 国王ともなれば発言に間違いは許されない。言質を取らせてはならんのだ。その辺り妻は実に上手い。しかしワシにはそういった話術の会得は無理であった。そして行き着いた先が、発言をしないという対処。面倒だったという理由もあるが、これまで会議の場では気配を消すことでやり過ごしてきた。この会議でも上手く気配を消せていた筈なのだが……。



「本日はもう暗く危険でしょう。明日試してみましょうか。アナタ、期待しておりますよ」


 妻が良い笑顔を向けてくる。楽しんでおるな……。


 そうして翌日、ワシは鳥の模型に乗って空を飛ぶ羽目になるのだった。


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