137. 上位種
「上位種か? もう生まれている?」
「この異常な魔力、間違いありません。動いていますので、もう生まれているでしょう」
部隊に所属している魔術師が不安そうに答える。
「そうか……。スタンピードの前兆か?」
「分かりません。しかし、ここの死守は難しいのでは……?」
魔術師の顔面は蒼白だ。視線は彼方に固定されている。そちらの方向に異常な魔力とやらが存在しているのだろう。普段は魔術師特有の傲慢さが滲み出ているこいつだが、今は気弱な新兵に見える程だ。この様相から察するに、なかなか強力な個体が生まれてしまったようだな。
「大丈夫だ。奴らはでかい、ここには入ってこれんさ」
「……はい」
帝国は王国を攻めるにあたって、相手の国境警備をすり抜け越境するために山脈1つを抜ける非常に長いトンネルを掘ることに成功した。我々の任務はそのトンネルの王国側出口の保守だ。
トンネルの出口は帝国がトロールの森と呼ぶ、王国南東の広大な森に位置している。そして先程、このトロールの森に突如異常な魔力が出現したらしい。魔術師によると魔力の感知範囲外から突然入ってきたそうだ。
魔物の
このトンネルは王国攻めに必要不可欠だ。死守しなければならない。そこに誕生した強力な魔物、
できればその個体を排除しておきたい。しかし、その個体がトロールの上位種だった場合、我々だけでは倒すことはできない。通常のトロールでさえ、1体倒すのに部隊総出でやっとといったところなのだ。戦闘力自体はオークと大して違わないのだが、その異常な回復力がやっかいだ。攻撃しても攻撃してもすぐに回復されてしまう。
誕生した個体がトロールの上位種でなければ有難いが、間違いなくトロールの上位種だろう。魔力溜りから誕生する強力な個体は、その場所の最も主だった魔物の上位種となるのが一般的だからだ。
王国西の森で意図的に上位種を誕生させようとした試みでは、まかり間違って妖精が誕生してしまったらしいが、そういったケースはレア中のレア、ほぼ起こらないのだ。
「隊長! 魔力が、魔力が近付いてきます!!」
「なに? ……たまたまこちらに進路を取っているだけか? 徘徊しているのだろう?」
「いえ! いえ! こちらに! 一直線に向かってきます! 走ってきている!!」
「おちつけ。冷静になれ。奴らの巨体ではこのトンネルには入ってこれない」
まずいな、パニック状態だ。他の隊員に波及する前に落ち着けたいが……。複数の足音が遠くから鳴り響いてきた。どうやら上位種1体だけではなく、通常個体も引き連れて向かってきているらしい。我々が見つかったのか? まわりの隊員も落ち着きなくざわざわし始めた。
「おちつけ。まずトンネルを一時的に塞げ。手順は分かっているな? 塞いだら籠城だ。急げ」
なるべく声を荒げないように気を付けて指示を出す。声を荒げるとパニックを助長してしまい、結果全滅する可能性もあるからな。俺がまず落ち着かねば周りも落ち着けない。
もともとこのトンネル出口は、冒険者などが入ってきた場合に備えて見つからないようにすぐ塞ぐことができる。幸いトロール共が迫ってくる前に塞ぐことができた。
外からトロール共が暴れる音が聞こえてくる。足音だけではない。まるで岩を投げあっているかのような大きな重低音が何度も何度も鳴り響く。出口を塞いだ暗いトンネル内で誰一人声を出さず、音が鳴りやむのをひたすら待つ……。そうして、次第に音が遠ざかっていった。……やり過ごせたか?
「おい、上位種の魔力はまだ近場に居るか?」
「……いえ、感知範囲外に出たようです」
暗闇で表情は見えないが、魔術師の声色は落ち着いていた。どうやらひとまずの危機は乗り切ったようだな。
「……しばらく様子を見る。斥候、トロール共の動きが落ち着いたら上位種の位置を確認しにいけ。近付くなよ。魔力の位置確認だけで良い。下手に近づいて刺激したらどうなるか分からんからな」
「はっ」
その後の調査で、上位種の魔力は森の外縁部に居座ったまま一晩中動かなかったことが分かった。何故上位種が森の外縁部に居る? スタンピードを起こすのか?
分からんことだらけだが、まずは本国に報告せねばならない。越境トンネル出口にトロール上位種出現、トンネルでの王国入りは危険……、と。
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