133. 慰問訪問

 新しい街で新しい朝がきた!


 昨晩はおもてなし的な貴族のご夕食だったけど、今朝はいつも通りの朝食だね。私は朝食を食べながら慎重に周りの様子を窺う。なぜならすぐ出発するのか、しばらく滞在するのかを判断しなければならないからだ。


 昨夜運び込まれたわたし用やメイドさんたち用の荷物が一か所に纏められておらず、用途にあった場所に配置されているのを確認する。着替えはクローゼットに、カバンは見えづらいスキマに……。


 ここから導き出される答えは、すぐには出発しないということ。すぐには出発しないということは、観光時間が確保されているということ! 私は新しい街へ向けて部屋を飛び出した。



 東側の丘の上の空から街を見下ろして、どこに行こうか吟味する。1番目立つのは街を分断している大きな河、その河に掛けられている大きな3本の橋。とにかくでかい。そして高い。特に中央の橋は超でかい。河には断崖絶壁のような高い防波堤があって、さらにその上に橋が掛かっているからすごく高い。橋の下を大きな船が通るにはこれくらい高さがないとダメなのかな。


 橋の根本は東西それぞれに広場があるね。そこが最も賑やかなスポットなのかな。とりあえず手前の広場に行ってみようか。



 まだ午前中だというのに、広場には結構な人通りがある。私が近付くと出歩いていた人たちが私を指さして騒ぎ出した。うーん、新鮮な反応。いつもの街だともう大分見慣れられたのか、あんまり騒がれたりしないんだよね。でも腐っても妖精、おそらく珍しいハズだ。だって私以外の妖精見たことないし。


 色んな人に注目されてちょっとした芸能人気分を味わっていると、1人の男の人がハイテンションで近寄ってきた。サイン? サイン欲しいの? いや、この人見たことあるぞ。吟遊詩人の人だ。吟遊兄さんだ。うーん、違う街で偶然知り合いに会うとテンション上がる系か。



 一通り出会いを喜んだ後、吟遊兄さんが1曲披露したのでキラキラエフェクトを出してあげた。詩の内容は全然分からないけど曲は良かったよ。街の人たちも曲に感動したのか、私への薄い悪意が減った気がする。そうして、数人が吟遊兄さんの前に置かれた小さな箱にコインを入れていた。


 ふむ、これが稼ぎか。中を覗くと銅貨が入っていた。お、この横顔、もしかしてドアップ様かな? れて細部が摩耗してるけど、ドアップ様がドアップで銅貨に描かれている。へー、知ってる人が通貨に描かれてるって何か変な気分。反対側は見たことないマークだ。


 ずっと見てたら吟遊兄さんが1枚くれた。でも私にはでかいよ。持ち運びが面倒だ。しょうがなく自分の周りに銅貨を浮かせておく。子ども1人くらいまでなら浮かせて運べるからね。



 吟遊兄さんは私を何処かに連れて行きたいようだったので、銅貨をふよふよ浮かせながら付いていくと病院に着いた。怪我人がいっぱいいる。災害の後っぽいからね、怪我人もそりゃ居るよね。吟遊兄さんは私が怪我を治せることを知ってたのか。


 南の街の病院に行ったときも思ったけど、あんまり私が治すのは良くないと思うんだよなぁ。個人のスキルに依存しすぎるとその個人が居なくなったらヤバいでしょ。


 でもまぁ、目の前に助けられる人が苦しんでいるのに助けないほど私も非情じゃないよ。治す治す、治すって。お? 近付いただけで治った? 周りから歓声が上がる。あれ、もしかして私って近付くだけである程度の怪我なら治せちゃうのか。なるほどなるほど。


 近付けば治ると言っても怪我人全員にいちいち近付くのも面倒だ。魔法で一括回復、ほいっとな。うんうん、良かった良かった。



 怪我を治した後病院でわちゃわちゃ喜ばれていたら、馬車で鳥籠メイドさんが迎えにきた。抜け出したのがバレちゃったか。もしかして予定があったのかな? ここで逃げても問題が先送りにされるだけな気がしたので、大人しく馬車に乗った。


 カッポカッポガラガラと馬車が西に進む。東の砦に帰るのかと思ってたけど、どこに行くんだろう。


 そのまま街の中央の大きな橋をパカパカ進む。空から見ても大きかったけど、馬車から見ると余計でかく見えるね。道幅に対してすごく高い。風の音もすごい。橋に等間隔で立てられている旗の先がバサバサいってる。


 む? 旗に目盛が付いてる? あー、もしかして旗の揺れ具合で通行禁止になったりするのかな。強風の日にこんな谷にある高くて細い橋なんて、馬車で渡ってたら風で飛ばされるかもしれないからね。そういう決まりもあるのかもしれない。


 馬車を出て橋の下を覗き込みに行きたいけど、下手に馬車を出たらまた逃亡防止の鐘をガランガラン鳴らされる可能性がある。大人しく馬車からの景色だけで満足しておこう。



 橋を渡った街の西側でどこに行くんだろうと思っていたら、また病院だった。街並みの感じからすると、東と西はそれぞれ独立してるのかもしれない。東と西で完結していて、病院とかその他の施設も東と西両方にあるっぽい。たぶん日常生活で街の東と西を行き来する人はほとんど居ないんだと思う。


 それで、東の病院だけ怪我人を治したら西から文句が来るかもしれないってことで、西の病院も治してねってことか。はいはい、治すよー、ほいっとな。



 その後は炊き出し会場へ行ったり、崩れてる建物の復旧作業の現場へ行ったりして1日が終わった。ははーん、この遠出って慰問訪問なのね。観光じゃなかったかー。



 もらった銅貨は私の鳥籠内に敷かれているクッションの下に隠した。


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