120. アホなのか?
「ここもか。おのれ王国め……」
ファルシアン城攻めが失敗した後、残った奴らをとりあえず私が指揮して退却した。自身の部隊員はほとんど捕虜に取られており、連れて帰れたのは上官を失った各部隊の寄せ集めだった。
そうして、なんとか地上に戻った我々を待っていたのは、地下道再確保という指令だった。残存兵は50人も居ない。少人数での敵陣直下の再確保、どう考えても成功しない。
気付かれていない状況であれば可能だろうが、1度城攻めに失敗している今、王国側も我々の侵入経路を全力で潰そうとしてくる筈。捨て駒だ。
ただ、王国側も我々を放っておくことはできない。開戦間近に自陣の真下に敵が居るなど許容できる筈もないからな。
下水道にしては比較的清潔な道を進む。入口から一定の範囲はコウモリなど野生動物が多いが、ここまで奥に来ると小さな虫程度しか居ないのは有難い。少し前まで水不足で干上がっていたおかげで、水路に危険な大型水生生物が居る心配もない。
しかし、少数と言っても50人近く居るのだ。大人2人分程度の通路だけでは部隊が前後に伸び過ぎるため、水路に浸かって進んでいる。いくら比較的清潔とは言っても下水道だ。不衛生極まりなく非常に不快だ。
「今度は開いているか……。王国め、近くに居る筈なのだが」
そんな不快な状況を、先程からさらに不愉快にする現象に見舞われている。鉄格子の位置が変わるのだ。短時間の内に、向こうにあった鉄格子が気付けばこちらに、目の前を塞いでいたと思い1度離れると無くなっている。罠にしても意図が分からない。
「隊長、左から何かが」
兵の1人がささやくように伝えてくる。
「王国兵か?」
「いえ、何か小さな……」
「う、うわあああああ! 出たぁ!」
「妖精だぁ!?」
「ああああああ……」
現れたのはボロボロの妖精だった。あいつだ! 我々帝国兵を恐怖のどん底に突き落とした爆発魔!! とたんに部隊が混乱に陥る、まずい。
「おい、落ち着け! アレは光と音が出るだけで殺傷能力はない! 脅威にはならない! 前衛、叩き落せ!」
「うおおおっ! この羽虫がぁ!」
キン……、ボシャン。
前衛の1人が剣で叩き落そうと斬りかかった次の瞬間、軽い金属音が鳴ったと思えば、直後に水音がした。妖精は健在だ。何だ? 何が水路に落ちた?
「お、おい……」
「剣が……」
よく見ると斬りかかった兵の剣は、半ばから先が無くなっていた。そして妖精の手には小さな剣が……。あの妖精が兵の剣を斬り飛ばしたのか!?
「ああああ! もうお終いだぁ!」
「に、逃げろぉ!!」
「あ、おい! 逃げるな! 落ち着け!」
駄目か、ここまで混乱すると立て直すのは難しい。城攻めのときも一早く逃げたことで捕虜にならずに済んだ奴らだ。何か起きればまず逃げようとする。不幸中の幸いは、妖精の移動が遅いことだろう。スピードを上げて追ってくるような動きは見せていない。
「仕方ない、後退だ! 後退! 焦るな、アレは遅い。後退して、走っていった奴らと合流するぞ」
「おわああ!」
「あああ!」
ええい、今度は何だ!? 次から次へと! 走っていった奴らが戻ってくる!?
「隊長、王国兵です! 前方!」
「なにっ!? まずい、魔術師がいる! 対魔盾、前へ出ろ!」
『ぐごおおおおおおおおお!!』
うるっせええ! 地獄の咆哮のような絶叫と共に火炎が飛びくる! 辛うじて対魔盾が間に合い被害は軽微だが……、無詠唱で絶叫による攻撃魔術! あれが悪名高い王国の悪魔か!
「魔術師団長殿、このような狭い空間で絶叫は控えてください!」
「無理じゃ! 絶叫せんと魔力が乗らん!!」
どうやら敵も混乱している。前は
「行け! 突撃だ! 後ろは妖精が居る、前しか道はないぞ!」
全員で走り出すと、王国兵が後退を始めた。
「離されるな! 魔術師相手に距離が開くと不利だ! 接近して畳み込め!」
幸い上り坂だ。老いぼれジジイ相手に走り負ける筈がない。
「うおおおお!」
「おおおお!」
「おおお……、お!?」
「隊長! 王国兵反転! こちらに走ってきます!」
「やり合う気か! 迎え撃……、なんだ? ……後退! 後退!」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロッ!
「わああああ!」
「おおおおお!」
「うぎゃあああ!」
王国兵の後ろから大きな丸い岩が転がってくる! アレに触れれば圧死は確実だ! 王国め、気でも狂ったか!? 敵味方入り乱れて坂を駆け降りる。脇道の無い1本道だ、逃げ場はない!
「た、隊長っ! 前っ! 前っ!!」
「鉄格子だぁあ!!」
畜生ッ! さっきまで無かった鉄格子が行く手を塞いでいる! しかし、この場には王国兵も居るんだぞ? 諸共死ぬ気か!?
ガスッ! ガンガンガン!
先頭が鉄格子にたどり着き、何とか鉄格子を外そうとする。しかし後ろから走ってきた敵味方に押され、とてもじゃないが鉄格子を外せるような状況ではない。そして大きな丸い岩が迫ってきて……、最早ここまでかッ!?
「うわあああああ!」
「いやだ、死にたくないいいい!」
「あああああ、お母さああああん!」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロッ、……ちょん。
「……?」
「なんだ?」
「か、軽いぞ、この岩」
「ほ、本当だ」
「……」
「…………」
「散開ッ! 魔術師を狙えッ!!」
『おじゃああああああああああああああああああッ!!』
「ぐ、耳がッ! 耳がぁ!」
「あああ!」
畜生ッ、
「た、隊長ぉ!」
「ええい、今度はどうした!?」
「よ、妖精ですぅ!」
「離脱だ! 逃げるぞ! ああもう、邪魔な岩だな! 畜生ッ!
それから俺たちは死に物狂いで走り続けたのだった。畜生ッ、踏んだり蹴ったりだ!
「はぁはぁはぁはぁ……、隊長」
「はぁはぁ……、なんだ?」
「はぁ……はぁ……、ふぅ、……箱が、あります」
「…………あるな」
「………………宝箱です」
「………………そうだな」
「……………………開けますか?」
「……………………開けてみろ」
「はい……」
ガチャ、ぴよ~ん♪
兵が宝箱を開けると、カエルのオモチャが飛び出した。
「なんなんだ!? なんなんだよホントに!?」
「落ち着いてください、隊長!」
王国はアホなのか!? アホばっかりなのか!?
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