119. 鉄格子

「ここからだな」


「お気をつけください、殿下」

「ああ」


 12人が地下道に不自然に開けられた下水道への入り口に立つ。帝国侵入経路の調査2日目は、帰ってこない調査隊の救出と地下道制圧に目的が変わった。


 ガルム期に開戦されるのは目に見えている。そのときに帝国に地下道を抑えられていれば負けは確実だ。国境をどうやって抜けているかも疑問だが、最悪そちらは不明でもなんとかなる。スタンピードで余った妖精ポーションも半数を東に送ったからな。しかし、王城直通の地下道は何としてでも制圧しておかなければならない。



 先に照明の魔道具を持った2人が下水道に入り、周囲を確認する。ここは確実に帝国兵が通っていたのだから、この場所はまだ息ができるかなどの確認は必要ない。


「どうだ?」


「はい、周囲に敵影はなし。異常もありません。ただ、……捕虜が言っていたとおり綺麗ですね」


 捕虜にした帝国兵が言うには、地下道を確保しにきた以前は非常に汚い道だったらしい。しかし、スタンピードの日に王城を攻めたときは、以前からは信じられないほど清潔になっていたのだそうだ。


「これも妖精の効果か? 妖精が浄化した?」


「他に考えられないでしょう。やはり妖精様は素晴らしいですね」


「んー、案外何も考えてない気もするんだがなぁ」


 2日ほど妖精を観察する機会があったが、あまり利口なイメージは湧かなかった。俺に纏わり付いてきては捕まえられて逃げていくという行動の繰返しは、むしろアホの部類と思うんだが……。いや、今はどうでもいい。



「よし、まずは捕虜が言っていた最有力経路の確認だ。予定通りなら魔術師団長殿の隊が居る筈。できれば合流したい」


 先端に照明と鳥籠を取り付けた長めの棒を持つ兵が先頭を進み、その後ろに地図を持った兵が続く。鳥籠の鳥に異変があれば、毒ガスなどの疑いがあるというワケだ。棒は短めの筒を組み合わせて作られており、小回りが利くようにある程度伸縮する。


 下水道の幅は大人6人程度が並べる程度には広いが、その大部分は水路で歩ける幅は2人分程度しかない。自然と1列になって進むことになる。スムーズに後退できるように最後尾にも鳥籠を持たせた。配置を前後対称にすることで、どちらも先頭になれるのだ。しかし、12人での行動は多すぎたかもしれんな……。


 水の流れは緩く、水音が邪魔で何かを聞き逃すといったことはなさそうだ。妖精の浄化のためか、水路にありがちな床のぬめりや臭いもそれほど気にならない。これは助かった。




「おかしいですね」

ある程度進んだところで地図を持った兵が声をあげた。


「どうした?」

「地図ではこの先に進める筈なのですが……、ほら、鉄格子で遮られています」


「鉄格子まで記載されていないだけだろう? 妖精の地図がいくら高精度とは言え、城内からあんな棒まで把握できるとは思えん」


 聞いた話では今兵が持っている地図は、周囲の状況をリアルタイムで表示する妖精の地図を元に作ったらしい。その地図を作った際に、妖精は城内に居た。城内から地下のあんな細い棒まで把握できるものなのか?



「いえ、ここに至るまでの鉄格子は記載されていました。ここだけ記載が無いなんてことは……。どうしますか?」


「1つ前の分岐まで一旦戻ろう。戻りながら地形を地図と比較して、現在位置が間違っていないか確認するぞ」


「はい」


 先頭の兵が最後尾となり、最後尾だった兵が先頭となって後退し始める。1つ前の分岐はすぐそこだった。ついさっき、本当についさっき通り過ぎたばかりだ。だが……。



「おい、マジかよ」

分岐の前に鉄格子がある。元来た道を鉄格子が塞いでいるのだ。1本道だった。間違えようがない。


「帝国の工作か?」

「それ以外に考えられませんが……。こんな短時間に設置できるものですか?」


「現に鉄格子で塞がれてるからな。つまり閉じ込められたのか。気を付けろ、近くに居る筈だ」




 敵兵を警戒してそのまましばらく様子を窺っていたが、全く動きがない。足止め目的か? であれば長く留まっているだけ相手の思うつぼだ。


「……もう1度進むぞ」


「はっ」

「はい」

「了解です」




「おいおい、マジか。目的はなんだ?」

最初に行き詰った地点まで戻ると、今度は鉄格子が無くなっている。マジで意味わかんねぇぞ、閉じ込めておきたいワケじゃねぇのか?


「……進みますか?」

「ああ、進むしかない。乗せられているようで癪だがな」



 そのまま進むと何度か地図にない鉄格子に行く手を阻まれた。目を離した隙に鉄格子が現れたり消えたりする。絶対に鉄格子を設置・回収している帝国兵が居る筈なんだが、気配はねぇ。いつ現れるか分からん敵に、兵たちの緊張も限界だ。1度戻るか?


 そんなことを考えていると、それは突然鳴り響いた。


『ぐごおおおおおおおおお!!(ぐごおおおおおおおおお!!(ぐごおおおおおおおおお!!))』


「うるっせぇぇぇっ!!」

「な、なんだ!?」

「殿下、下がって!」


 くそ、耳がキンキンする! 帝国め、このまま俺達の精神を削るつもりか!?



「殿下、大丈夫ですか?」

「ああ。多少頭がフラつくけどな、問題ない。何の音か分かるか?」


「いえ、音が大きすぎたのと反響しすぎていて……」

「そうか。あっちから聞こえたよな?」


「まさか、行くのですか?」

「現状、何も進展がねぇ。行って何か確認しねぇと話が進まんからな」


「しかし……、いや、承知しました。行くぞ」

「おぅ」



 クソ、帝国め。意味不明な工作ばかりしてきやがって。


 マジで、何が目的なんだ?


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