113. 第二王子

「あークソ、また逃げられた」


 逃げていく小さな背を目で追う。まるでヌルヌルの魚のようにすぐに手からすり抜けていくな、あいつ。


「クレスト、妖精様を乱暴に扱うのではありません。会議の場にお連れするのも大変なのですよ」


「承知しました。しかし母上、本当に若返りましたね。今なら姉と紹介しても信じる奴が出てきそうですよ」


 俺が東の国境に詰めている数年、徐々に衰えが見えてくるだけで代わり映えのなかった王都は、ここ四半期でいっきに色々と起きていたようだ。


 まず、妖精が王都に来訪して母上の病を治したという一報。そして、実は病ではなく前宰相も含め呪いだったという報せ。その一報には王都もついにオカルトに縋り付くほど落ちぶれたのかと思ったものだ。


 さらに怒涛のように、雨の到来、不作の解消、流通の再開、辺境スタンピード、王都スタンピード、帝国による王城襲撃、それらの無血解決、祝勝パーティーへの参加要請と報せが雪崩れ込んできた。そのどれもに妖精が関わっていると言う。クソ、こんな面白そうな時期に蚊帳の外だったなんてどうかしてるぜ。


 詳しく聞いてみればさらに面白い。振るだけで魔法を飛ばせる妖精剣に、かければ瀕死からでも全快するポーション。魔術演習場をぶっ飛ばせるようになるネックレスに、食べれば超人になる果物。そんな都合の良い代物、絵本でも登場しないぜ。爆音を轟かせながら光って帝国兵に突っ込む人形とか、発想がぶっ飛んでる。さすが妖精、人間にはない思考だ。


 本当はもっと早く王城に戻りたかったんだが、東部の要である大貴族がパーティーに参加するってんで、その間は国境警備隊から抜けられなかったんだよな。



「兄上は妖精様に嫌われたようですね」

「そうか? 確かに捕まえようとすると逃げられるが、結構付き纏われてるから好かれてるんじゃないか? さっきもずっとこっち見てたしな」


「いえ、それは警戒されていただけかと」

「ふーん、猫みたいなヤツだな」


 そういや、あの妖精はティレスが連れてきたんだったか。どこでどうやって拾ってきたのか詳しく訊いてみたいが……、今は無理そうだな。



「そろそろ控えなさい。本題に入りますよ」

「承知」


「では……」


 母上の言葉を受けて1人の男が動き出す。ふーん、こいつが新しい宰相ね。評判としては可もなく不可もなくってところらしいが、激動の今をやりくりできてんだ。前宰相である父親の才能は引き継いでんだろう。その彼が複数枚の図を広げる。これは……、設計図か? いや、地図?


「これは、妖精様の地図を模写させた地下道の地図でございます。この大きな紙が全体を上から見た図。黒線が地下道、薄い青線が主要な地上建造物です。地下道の上下構造を表すために、重なっている箇所は下側が破線で描かれており、下のもの程広めの破線となっています」


 宰相がひときわ大きな紙を広げて説明する。通常の羊皮紙ではなく、大型の魔物の皮で作られた皮紙ひしだ。結構貴重なもんだが、それを使う価値があるんだろう。かなり精巧な地図だな。オリジナルの妖精の地図ってのはどんななんだ?



「こちらの地図を使用して、3日後から地下道の全面調査を実施します。目的は残存帝国兵の炙り出し、および侵入経路の確認です」


 事前に受けていた連絡では、地下道から帝国兵が王城に侵入してきたそうだ。その地下道の壁が一部崩され、王都地下の下水道に繋げられていたらしい。帝国兵はおそらく下水道側から侵入してきたと思われているが、地下道も下水道も古い時代の物で全体構造が把握できていないらしい。なので調査隊を派遣すると。もちろん俺も参加する。面白そうだしな!



「こちらの紙は部分的な地図となります。調査隊は数人ずつで6編成で、それぞれの担当区画の地図をお渡しします」


 宰相が地図を各隊のリーダーとなる人間に地図を配る。俺も1枚受け取った。



「2部隊は王城地下から調査を開始して、地下道調査と下水道調査に分かれて頂きます。3部隊は王都地下下水道から調査開始。残りの1部隊は直接下水道には入らず王都内および王都周辺を調査して見逃されている入り口がないか確認して頂きます」


 各隊の動きを説明されるが、事前に連絡を受けているからな。再確認みたいなもんだ。誰も疑問を投げかけない。



「調査期間は5日間、ずっと地下に潜って頂く必要はなく、適度に戻って休んでください。タイミングは各隊にお任せします。ただし、定期報告は怠らず」


 事前に聞いていたとは言え5日間下水に潜るのは結構キツイ。今は風呂も結構自由に使えるとは言え、終わったら匂いがこびり付いてそうだぜ。



「なお、帝国襲撃の翌日時点では、この地図の範囲内に残存兵は居ない模様。そのため、本格的な調査は地図の範囲外ということになります」


「なぜ地図の範囲内に帝国兵が居ないと分かるんだ?」


「妖精様の地図には、ある一定以上の大きさの生物が点で表示されるようです。しかし、襲撃翌日の地図にはそのような点の表示はありませんでした」


「マジか……」


 便利すぎんだろ、その地図。戦争が変わる、いや、何もかもが変わるじゃねぇか。あらゆる治政に利用できるぞ。しかし、なぜ襲撃翌日時点でしか分かってないんだ?


「現時点で帝国兵が居るかは分からないのか?」


「確認予定でしたが、先ほど殿下が妖精様を逃がしてしまいましたので……」


「マジか」


 視線が痛いぜ!


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