112. 西へ東へ
「いやー、寂しくなりますねぇ。ハンカチ持ちました?
「おまえは俺の母親か。俺より新人からサブマスになったおまえの方が大変だろうよ。がんばれよ」
引継ぎも終わったようでギルマス……、前ギルマスは今日西に旅立つって。昨日は送別会とか言って盛大にみんなで飲んでたっぽいけど、特に二日酔いもなさそうだね。
私? 私は不参加だよ。ベテラン組の新人への盛大な愚痴大会になってたらしいし、私なんかが参加してたら揉みくちゃにされてたって。
「ありがとうございます。これ、餞別です」
「おう、ありがとさん。何だこれ?」
「妖精茶ですよ。今貴族に大人気、一般にはほぼ出回っていないレアモノです!」
少し前のパレードで妖精様が出された花びらを冒険者、商業ギルド職員、薬師ギルド員の総出で集めたんだよね。そしてそれを乾燥させてハーブティーにしたら貴族に大ウケ、綺麗な状態で収集できた花弁は貴族用にほとんど全部予約が入っているんだって。一般には汚れた花びらを洗ったモノが多少出回るかもしれない程度で、それでもお金持ちの人しか手に入れられないらしい。
王城のパーティーで最後に出されたハーブティーは花びらがそのまま上に浮かべられてただけだったけど、妖精茶は乾燥させた花びらそのもので淹れるお茶なんだ。今回私が用意した妖精茶は、薬師ギルドに無理言って分けてもらったもので、乾燥作業も最優先でやってもらった。結構迷惑かけられたし、これくらいのリターンがあっても良いよね。
「おぅ、これが噂の妖精茶か。向こうに着いたら飲んでみるわ」
「はいー、なんでも精神安定効果があってとってもリラックスできるらしいですよ。向こうで寂しくて泣きそうになったら飲んで下さいね!」
「……おまえ、本当に一言余計だよな。よし、じゃぁな」
「はいー、お元気で~」
見送りは私1人だ。現ギルマスは引継ぎ直後で忙しそうだし、前ギルマスにお世話になってたベテラン勢は昨夜の送別会の後ずっと酔いつぶれている。
西門へ向けて歩いていく前ギルマスの大きい背中が、人ごみに紛れて見えなくなる。あれだけ大きくても人ごみに紛れたら見えなくなるんだなぁ。西かぁ、友好国だけどあんまり良いウワサは聞かないんだよねぇ。ま、あの人なら大丈夫でしょ。
「サブマス、こちらの書類お願いします」
「はい~」
「本部から、今期の目標達成率報告と来期の目標提出の要請が来ています」
「はい~、目標依頼達成数、冒険者1人当たりトータル報酬目標額……。なるほどぉ、まずは今期の情報を整理してから来期の目標を作れば……。締めはガルム期ね。ふーん、纏めるので今季の依頼書を時系列順に集めておいてくださーい。あ、達成と未達、未受注はそれぞれ分けてくださいねぇ」
「サブマス、トロールの体毛採取依頼が、誰も受けなくて溜まっているのですが……」
「あー、トロール強いらしいですもんねぇ。大丈夫、当てはあります」
やっぱり、意外にサブマス業務も苦じゃない気がするなぁ。今までだと複数の先輩から違う指示とか来て、どうすれば良いのってことが多かった。今は意思決定がほぼ自分だし、自分の考えで色々進められるって思ったより楽かも? でもその分、責任がくっついてくるんだけどねぇ。勤務時間も増えたし!
いやいや、ちょっと前の仕事もなく生きてればラッキーみたいなドン底の期間に比べたら、仕事があるって良いことなんだけどね……。
それはそうと……。やっぱりいた。
「ダスターさ~ん」
「……?」
「駄目ですよほら、英雄なんですから新人たちのお手本になってもらわないと。スタンピード後もほとんど飲んだくれてるじゃないですかぁ」
「いや……、3日に1度は働いてるんだが……」
ダスターさんは英雄になってからも、薬草採取とか軽い依頼を数日おきにやってる程度でほぼ飲んだくれてるんだよ。王様からもらった妖精様のすごい剣も、まだ1度も使ってないらしいし。
「討伐依頼でもない軽い依頼の度に2日も休まないですよ普通は。というワケではい、これ。討伐依頼じゃないですけど、トロールの素材採取依頼。オークキングも1人で倒したダスターさんなら余裕ですよね?」
「……遠くないか? 南東の森、国境付近なんだが……」
「確かに遠いですねぇ。でも、向こうの街のギルドにも依頼は出してるんですけど、誰も受けてくれないんですよぉ。東はどうしても生活必需依頼が優先されて、趣味娯楽が目的の依頼は後回しにされますからねぇ」
「……あぁ、まぁ、そうだろうな。でも、趣味娯楽目的なら放っておいても……」
「駄目ですよぉ! 商業ギルドからの依頼ですけど、後ろに王家が付いてる依頼です。受けてくれないと私が困ります。新人サブマスを助けると思って! ね、お願いします!」
「……わかった」
ふ、ちょろい。
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