108. それは草

 捕まりました、はい。


 でも決して負けたワケじゃないよ。あのまま追いかけっこが続いてたら事故りそうだったからね。ぶっちゃけ本気で逃げるだけなら空に逃げれば良いんだけど、それだとお祭りを楽しめないし。


 というワケで、お城に連れ戻された私はまたドレスを着せられた。青を基調とした落ち着いた色合いで、大きく広がったスカート部分は黄色っぽい白になっている。しかも帽子とネックレス付きだ。すご。この国の文化レベルでこの小さなネックレスを作るのは大変だっただろうな。



 そしてパーティー会場に。なんだパーティーかー、だったら先に言っといてくれたら逃げずに出席したのにー! 先に言ってもらっても何言っているか分からんけど。


 立食形式かな。中央の大き目のテーブルから料理を取って、まわりにある丸テーブルを囲んで食べる感じっぽい。中央をテーブルが占拠してるからダンスパーティーじゃないだろうね。



 天井にはスーパーでかいシャンデリアもどき。他の部屋のシャンデリアもだいたいそうなんだけど、魔法で光ってるからロウソクは付いてないんだよね。だからなのか、地球にあったシャンデリアとはだいぶ形状が違う。この会場のスパでかデリアはシャンデリアと言うよりは、シャンデリア風クラシックモダンミラーボール光優しめとでも言った方が良いくらいシャンデリアではない。吊り下げられてる超豪華なただの天井照明だ。


 光源はスパでかデリアだけじゃなくて、廊下に設置されてるような照明の魔道具が壁際に設置されている。横からの光源があるおかげか、テーブルの下が真っ暗なんてことはないみたいだ。ただまぁ、現代日本の明るい部屋に比べればやっぱり薄暗いけど。



 室内の飾り付けも豪華でオシャレだ。花とかも飾られてるけど、どちらかというと金属パーツ多めで全体的にキラキラしている。料理のお皿もただ並べられているだけじゃなくて、ティースタンドみたいなのに乗ってたり階段状になってたりと機能性よりも見た目重視な感じがするな。乗ってる料理も彩度強めな色合い重視系だね。美味しそうと言うよりは、綺麗といった感想が先に出てくるよ。



 参加者は結構多い。全体の1割強は冒険者だろうね。立派な服を着せられてても挙動不審さで慣れてないのが分かる。もう1割は騎士かな。あとはほとんど貴族で、子連れで参加している貴族も多いようだ。


 壁際には呼ばれたらすぐ対応できるようになのか、執事やメイドさんがズラっと並んでいる。壁際に設置された照明の灯りを遮らないように並んでいるから、メイド、照明、メイド、照明、執事、照明、メイド、照明……って感じの配置だね。


 見逃してはならないのはケーキだ。ケーキがある! 生クリーム的なケーキじゃなくてスポンジケーキだけど、ケーキはケーキだ。今まで見たことなかったから、この国にはケーキなんてないのかと思ってたよ。



 さて、じゃぁパーティー楽しみますか! と思ったらパーティー会場には入らずそのまま別室に連行された。見せるだけ見せて参加させないとかあるぅ!? なに? 地図? またぁ?


 いつもの王族たちとお偉いさんたちが地図を見て話し合いだした。また青赤判定するのか。つまり貴族の中にも盗人ぬすっとがいる? 貴族なのに? うーん、分からん。手癖の悪い貴族がいて、パーティー開催する度に何かなくなってくなんてことがあるのかもしれない。それはそうと、いつも王様と一緒にいる人って結構若いけど大臣とかなんかな。



 そしてようやくパーティー会場へ! 私は王族と一緒に入場した。エスコート? こんな小さい私をエスコートできる人間なんていないでしょ。当然1人でふわふわ飛んで入ったよ。


 王族のテーブルの隅っこに小さなテーブルとイスが用意されていた。テーブルの上にテーブルがあるって、ちょっと変な感じだよね。ここに座っとけって? 料理は? 取りに行って良い? ダメ? ダメかー。



 そのまま座っていると、貴族たちが順番に挨拶にやってくる。何を言われても基本笑顔だ。決して頷いてはいけない。貴族相手に頷いたが最後、何をむしり取られるか分かったもんじゃないからね。


 子連れ相手は楽だ。お子さんに愛想振りまいとけばタイムアップで引き下がっていくし。お子さんもニコニコ満足でウィンウィンの関係だね。面倒なのは男性1人きりのソロ構成相手だ。こちらのリアクションを求めてくる系は特に面倒くさい。


 でも途中から良いあしらい方を編み出せたよ。ドアップ様をチラッと見れば良いのだ。するとドアップ様が笑顔なのに笑顔に見えない迫力ドアップの表情で相手を見つめてくれる。そうなると相手はすごすごと引き下がらざるを得ないのだ。


 チラッ、ドアップ! すごすご。チラッ、ドアップ! すごすご。



 挨拶した後異様にハイテンションになった子連れ貴族がいたけど、たぶん妖精みたいなファンシーものが好きだったんだろうな。目をつぶったまま祈られたときは必死さにビビったけど、その後泣いて喜んでたし。



 そうしてようやく貴族たちの挨拶を終え、料理タイム。さすがに冒険者が数人ずつ挨拶に来ることはなかったよ。


 あ、普通の料理はいいです。ケーキくださいケーキ。それはいらない、許容量少ないのでケーキが入らなくなるよ。それそれ、その横! そう、それ!


 鳥籠メイドさんが小さめに切り分けたケーキを持ってきてくれた。よっし……、む……、これは……。たしかにスポンジケーキで、私が人間サイズなら美味しく頂けたんだろうな……。


 気泡の穴でけぇ! ダメだ、ふわふわ感が微塵も感じられないよ! ケーキの食感がふわふわなのって気泡の穴のおかげだったんだなぁ。人間サイズなら噛んだときに穴が潰れて、それがクッション的な役割を果たしてたんだ。私サイズだと気泡の壁面を齧ることになってクッション性ゼロ。


 うーん。薄々気付いてはいたけど、人間が作り出した食べ物って人間くらいの大きさの生物が楽しめる構造になってるよね。少なくとも食感に関しては、大きすぎる生物も小さすぎる生物も楽しめない構造の料理って多い気がするよ。


 2層になってて間に果物が挟まれてるのもいただけない。人間なら上下合わせて果物ごとパクー、うまーなんだろうけど、私サイズだとどうしても上下中央別々に食べざるを得ないよ。もはやそれは果物入りケーキじゃなくて、果物とケーキなんだって。


 ただ、味は良いね。甘い。スポンジ生地に不思議な甘さが付けられてて美味しいよ。ふわふわ感ゼロだけど、ソフトクッキーと思って食べれば全然ありだ。間の果物は変に薄くカットされてるから食べにくいものの、ベリー系の味がして美味しい。全然ありだ。ありヨシべり今そかり。



 そんなことを思いつつケーキをムシャムシャしていたら、参加者全員にお茶が配られはじめた。花びらの浮いたハーブティーみたいだね。花びらは光の加減で色が変わるのかな。ピンクっぽいけどたまに紫色に見えたりする。


 うーん? もしかしてそれ、パレードで紙吹雪から変えた花びらじゃないよね? まさかね。あんな元は紙で飲めるか分からない未知の花びらを、いきなりその日の晩に王族含めて飲んでみようぜ!とはならんよね。普通にこの世界のハーブティーなんだよね? 知らないよ? お腹壊しても。


 お、私にもくれるの? ありがとう。私のカップには花びら浮いてないんだけど? いや、そうだよね。カップ小さすぎて花びら入らないよね。


 色は紅い。ローズヒップとかこんな色だったような気がする。香りはカモミールとかこんなんだっけ。カモミールのようなミントのようなハッカのような……、そっち系の香りをもっと甘くした感じかな。


 どれ、お味の方は……。草の味する。うん、草だこれ。真夏の真昼間まっぴるまに公園の草むらでこけた味。紅い高貴な色からは想像できないヨモギ色の土の味がする。冒険者的にはありなのかもしれないけど、こんなん貴族や王族に出して大丈夫か? そう思って顔を上げると……


 うわー、泣いてる貴族いるぅ!


 やっぱ草汁だめじゃん!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る