109. 一丸となり

 近年では珍しく王家主催のパーティーが開催されるということで、北部連合の一貴族である私も呼ばれた。


 スタンピード無血防衛という人類史上稀な偉業を成し遂げたパーティーとは言え、本心から浮かれている者などこの場には冒険者共しかいないだろう。


 今、我が家門は危機的状況にあると言える。



 北部連合。バスティーユ派とも呼ばれるその派閥は主に、王国を2分して南北に流れる大河川の河川沿いのバスティーユ領以北に分布している。


 バスティーユ公爵家は大河川の終端である港町と王都の間に関税を設けることで、バスティーユ領以北の河川沿いの領地貴族を纏めあげていた。バスティーユ公爵の寄子にならざるを得ない状況を作り出していたのだ。他派閥所属や中立を貫こうとした場合、その領地の河での物流はたちまちストップしてしまう仕組みであり、そうしてバスティーユ公爵家は北部一帯の寄親として幅を利かせていたのだった。


 しかし、バスティーユ公爵は捕らえられ、お家取り潰しが確定した。公式情報としては、あくまでもスタンピードを人為的に発生させた罪で捕らえられたとされている。しかし、帝国に繋がっていたという情報は、よほど情報に疎くない限りどの貴族も把握しているだろう。さらには、誰も口には出さないが帝国が直接王城に侵攻したことまで周知の事実だ。バスティーユ公爵家がなくなることで貴族間のバランスは崩れる。


 中央および西と南の一部は、妖精が訪れたことで豊作が見込まれているらしいが、それ以外の地域は不作のまま。雨が降り始めたことで去年よりは収穫が期待できるものの、この時点ですでに不和が生まれていた。東は帝国からの防衛ラインとして優遇措置が取られてきたため不満が出ているようなことはないが、全体の足並みが揃わない一因にもなっている。


 最もハズレを引いたのが北、それも大河の河川沿いの領土、つまり北部連合だ。妖精による豊作効果もなく、東のような優遇措置も取られていない。その上、数年ぶりに猛威を振るった双子神の逆流による被害も大きかった。そこに、バスティーユ公爵家の取り潰しである。


 バスティーユ領は2分され、第2騎士団から新たに爵位を得た2名がそれぞれ治めることになった。文官の多い北部連合の要所に武官を配置された形だ。



 北部連合の貴族に欠席者はいない。自分達も帝国に内通しているのではないかと疑われていることを自覚しているのだ。欠席などすれば怪しんでくれと言っているも同然である。しかし、私から見ても怪しいと思う者が居るため、実際に内通者はまだ残っているのだろう。


 王家もすぐに内通者を洗い出せる手段を持ってはいないだろうが、このパーティーを通して内通者が残っていないか洗い出しにかかるだろう。他派閥が妖精に近づくことを目的として集まっている中、北部連合は取り調べを受けに来たようなものだ。


 また、南部辺境伯は、今回陽動に使われたため北部連合に良い感情は抱いていないらしいという情報も得ている。



 北以外の連中では、近場の貴族は皆出席しているようだ。王家主催のパーティーなど、滅多な理由では断れないからな。ただ、開催連絡が急だったこともあり遠方の連中は欠席も多い。


 しかし、東は特殊で国境警備に大きな役割を持っている辺境伯と大物貴族は遠方とは言えだいたい参加している。帝国が大きく動いたのだ。防衛関連で話し合いが持たれるのだろう。



 このように複雑な思惑が絡み合っているパーティーに冒険者が参加している。しかも、貴族の動向を窺い問題を起こさないように行動できるようなベテランではなく、明らかに新人たちだ。


 普段見慣れぬものを前にして不躾な視線が目立つ。幸いにも無礼な行動を起こすような馬鹿はいないようだが。貴族側には不快感を隠さない者も少なくない。


 そのような混沌とした状況を、さらにひっかきまわす存在。妖精。今後王国でやっていくには、その存在を避けては通れないだろう。戦力面で見ても帝国やスタンピードを退けたその実力、実績、影響は計り知れない。


 さらには商業においても妖精関連商品はトレンドだ。流行りに敏感な貴族社会において、今や妖精関連商品を所持していない貴族は遅れているという扱いを受ける。正に金の生る木だ。王家の庇護下になければ連れ帰りたいと皆が思っているだろう。



 王族が入場してから王族への挨拶が始まる。貴族側は妖精に近づくために、王族側は内通者を洗い出すために……。



 西の辺境伯が挨拶に娘を同行させていた。数年前から盲目となり、原因不明で回復の見込みはないとされていた娘だ。西の辺境の出来事とは言え、その噂は私でも知っていた。妖精なら治せるかもしれないと藁にも縋る思いで連れてきたのだろう。


 そして、その娘が妖精の傍で祈りを捧げると目が見えるようになったらしい。遠目でよく分からないが、あの喜びよう。実際に回復したか、もしくは妖精の価値を上げたいがための王家が用意した茶番か……。確認しようにも、疑われている北部連合の貴族は下手に動けない。



 パーティーも終盤に差し掛かった頃、花弁の浮かべられた茶が全員に振舞われた。紅い茶はそれほど珍しくないが、嗅いだことのない香だ。花弁も見たことがない。照明に照らされて様々に色を変えるそれは、一般に出回っている花弁ではないのだろう。少なくとも北では流通していない花弁だ。このタイミングで出してきたということは、これも妖精が関わっているのか……。


 飲むと、なかなかクセの強いハーブの味がまず主張してくる。しかし浮かべられた花弁の効果か、どこか甘い香が口内を覆い、非常にリラックスした気分にさせてくれた。普段から飲む茶というよりは、薬湯に近い飲み物なのかもしれない。


 これを飲むと、今までの悩みが嘘のように晴れていくのが分かる。国の一大事なのだ。まずは国が一丸となって帝国に抗わねばならない。我が家門は帝国に加担していなかったのだ。何を悩む必要がある。まず疑いを晴らして、今後の対応をみなで練らねば。ガルム期に開戦されるのは目に見えているのだから。



 憑物が落ちたような爽やかな気分で顔を上げ周りを見渡すと、泣いている者がいた。みな、北部連合の貴族だ。私から見ても帝国への関与が疑わしい者が含まれている。まさかこの茶……、そういうことか。王家は内通者を炙り出す手段を持っていると、このタイミングで示してきたのか。


 なるほど、妖精の力は本物だ。帝国もとんだイレギュラーに対応する羽目になったものだ。敵ながら哀れに感じるよ。


 しかし、王国から見れば痛快だ。


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