105. 期待
「――となります」
「ああ、分かった」
え、それだけ? サブマスがギルマスに「明日ギルマス辞めてね」と伝えた反応が思ったよりあっけなかったよ。いや、ここで怒りだしても困るんだけどね。
「なんだその顔は……」
ギルマスが私を見て言ってきた。ヤバい、思ったより顔に出てたかもしれない。
「ま、正直予想してたからな。今回の件は下手したら、帝国襲撃がなくてもスタンピードだけで王国が滅亡していた。冒険者ギルド側も誰かが責任を取る必要があって、ギルド的に誰が責任者かって話だ」
「そ、そうなんですね」
パレードに参列したままお城にまで入った私たちは、この後の謁見のために待機室で待機している。国王陛下に謁見する貴族の人とかが使う待機室だけあって、部屋はすごく豪華だよ。
そんな中、サブマスがギルマスにようやくギルマス交替の件を伝えた。ようやくと言っても今まで伝えられるタイミングなんてなかったし、最速みたいなもんだよね。ギルマスも納得してるみたいだし、これでようやくモヤモヤが1つ解決したよぉ。
「それで、ギルマスには新人育成教官になって頂こうかと思っております」
サブマスが隣の待機室の方を見ながら言う。この待機室には今、ギルマス、サブマス、ダスターさん、弓使いのインディさんに私だけだ。王都防衛の際に戦った新人や中堅の冒険者は隣の別室。内密な話もあるからと部屋を分けてもらったんだ。ベテランはほぼ辺境遠征組だったからここにはいない。
ちなみに、この部屋に通される前にみんな着替えさせられている。謁見用のドレスだって。これ破いたらヤバそうだよね。夜のパーティーはまた別のドレスが用意されてるって言うんだから、王国の財政も思ったより悪くないのかな。
「いや、それは辞退させてくれ」
「そうですか……」
ギルマスから新人教育教官の話を断られて、サブマスが残念そうにする。
「暗い顔すんなって。俺もな、妖精様のおかげで古傷が治ったからなぁ。現役復帰を考えてたんだ」
「え、ギルマス現役復帰するんです? じゃぁ私がサブマスで、ギルマスが一冒険者なんですねぇ」
サブマスになるの乗り気しなかったけど、明日からギルマスを顎で使えたりするのかなぁ。なんだか良いことのような気がしてきたよ?
「おまえ、めっちゃニコニコじゃねぇか。だいたい考えてることは分かるが、残念だったな。俺は西にでも行こうと思ってる。しばらく王都からはいなくなるぞ」
「え、どうしてです?」
今王国は長年の不作とかからようやく持ち直してきて、依頼がすごくいっぱいある状態なんだよね。しかも多くの冒険者が辺境に行っていたから、さらに溜まってるんだ。冒険者なら今の王都は稼ぎ時なんだけどなぁ。
「理由はどうあれ、ギルマス更迭なんざなめられるからな。冒険者はなめられたら終わりだ。ほとぼりが冷めるまでエネルギアにでも行ってるよ。魔術大国ってのがどんなのかも見てみたいしな」
「そうですかぁ」
存在感の塊だったギルマスが居なくなると、ちょっと寂しくなるかもなぁ。なんだかんだ言ってムードメーカーみたいなところもあったし。行先がエネルギアなのには疑問は無い。東は敵国で南が山越え必須、消去法で西のエネルギアしかないもんね。
「俺のことより、おまえらの方が大変になるんじゃないか? 冒険者ギルドは国家間の争いに不干渉とは言え、帝国側は冒険者を巻き込んできた。今後も全く無関係ではいられんだろ」
「確かに。今までは不干渉を貫いてきましたが、今回のスタンピードに冒険者の内通者の存在、否応なしに関わらされるでしょうね……。しかし、妖精様がおられる間はそれほど悲観した未来にはならないでしょう」
「それってぇ、もう妖精様にバーンって帝国をやっつけてもらったら良いんじゃないですかぁ?」
色んなことを事前に予測してバッチリ対策する策士なだけじゃなくて、すっごい魔法でいっきに2人やっつけた戦力でもあるんだよね。妖精様なら何でもできちゃうってことだよ。
「王城側も、それだけはしないでしょうね……」
「何故です? 妖精様が居れば辺境から1日で王都まで帰ってこられるんですよね? つまり国境から帝都も、精鋭小隊連れて1日で行けちゃうじゃないですか。奇襲し放題ですよ。しかも身体能力アップの魔法もあるんですよね」
少数とは言え、いきなり相手拠点に妖精様が強化した戦力を配置できるんだよ。いっきに帝都を攻め落とすとかできないのかなぁ?
「それに水も出せるって聞きました、王城の広いお風呂をいっぱいにできるほどドバーって。それって、飲み水持たずに大軍を動かせるんじゃないですか? さらに、いざとなったら妖精様自身も超強力な攻撃魔術を撃てるそうですし」
少数精鋭が無理でも、正攻法の軍隊に妖精様が参加されるだけで凄いことになるって。魔術師団長様とダスターさんのほぼ2人でスタンピードすら対処できたんだもん。
「しかもしかも、妖精様に剣とかポーションを量産してもらえば怖いものなしですよ!」
「強過ぎるのですよ。国家間のパワーバランスが崩れます。仮に妖精様のお力で帝国を討ち取ったとします。そうすると、どうなると思いますか?」
「え? 平和になって良かったね、おしまいおしまい。じゃないんですか?」
「いいえ。周辺国が次は自国が攻められるのではないかと王国に疑惑の目を向け続けることになるのです。周辺国から結託して攻められたとき、妖精様がまだ王国の味方でいてくださる保証はありません」
なるほど、妖精様も王国大好きって訳じゃないかもしれないんだね。よく考えたら妖精様の目的とか全く分かってないもんなぁ。どうして王国の味方をしてるんだろう。
「帝国よりさらに東には、西へ勢力を伸ばそうとする国々が多くありますから、帝国がなくなれば次に狙われるのは王国だということもありますね。さらに帝国がこれまで侵略により広げてきた領土の原住民たちが紛争を起こす可能性も非常に高い」
「そうなんですねぇ」
帝国を討ち取っても次があるんだね。下手に帝国を滅ぼすのも悪手なのかぁ。難しいねぇ。
「ところで、この後の謁見て何かもらえるんです?」
「おまえなぁ……。いや、おまえらしいな」
ずっと気になってたんだよ。何かもらえるのかなーって。聞くタイミングなんて今しかないと思ったんだけど、すごく呆れた顔で見られてしまった……。
「あー、俺は……、事前に意見を訊かれたな……」
ダスターさんが珍しくしゃべった!
「さすが本日の主役ですね! なんて訊かれて、なんて答えたんです?」
「……爵位か宝剣か。宝剣と答えた」
「うわぁ、究極の2択感ありますね! そこで宝剣と答えるなんて冒険者の鑑!」
普通に考えたら爵位一択、その後の人生ウハウハ生活なのに、やっぱり冒険者はすごい剣とかに興味があるんだなぁ。
「王城側も相当悩んだそうですよ、今回の褒賞」
サブマスが補足説明してくれるみたいだ。サブマスっていつもどこから情報仕入れてくるんだろう。私にそのポジションが務まるのか心配だよ。
「ダスターさんの偉業は人類史上稀にみるレベルですからね、生半可な褒賞にはできません。かと言って今の王城に今回の功績に見合った下賜できる
「え!? あの帝国兵を薙ぎ払ったっていう妖精剣!? うわー、すごい!」
「5本中1番地味な効果の土属性ですけどね。効果は剣を振れば石礫が飛ぶそうです。他の剣と違い投石器などで代用可能なこともあり、下賜しても良いと判断されたのでしょう。それでも断腸の思いだったのでしょうが」
「はー、すごいですねぇ」
「それから、魔術師団長は功績を上げましたが、魔術師団に帝国の内通者が潜伏していたことを長年見逃していたため、功績と失態を相殺して褒賞も処罰もなしだそうです」
「はー、ちょっと可哀そうですねぇ。尊厳までかけたのに……」
「ははは、そこには触れないであげてくださいね」
「で、私達には?」
「冒険者ギルド全体を代表して、ギルマスに叙勲です」
あ……。
「冒険者ギルド本部がギルマスに処罰のみ与えましたからね、その辺のバランスも加味してくれたのでしょう。何もなしだとベテラン勢が納得しませんし。それから、冒険者ギルドの税も少し割安にしてくれるそうですよ?」
「ソウナンデスネー」
あー、分かってたけど私個人には何もないんだなぁ。パレードでワーワー言われたりすごく綺麗なドレスを着せられたりで、ちょっと期待しちゃってたよ……。
分かってたけどね?
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