104. 軋轢

「あの子がサブマスなんて、先輩は納得できるんですか?」


 後輩の受付嬢が、受付嬢の中では最も古株の私に問うてきました。


「本部からの強い推薦があるのです。私が納得するしないに関わらず、あの子のサブマス就任は確定ですよ。受付嬢の中で最も新人とは言え、あの子も2年頑張っていたのです。私達が足りない箇所を補って協力していくべきでしょう」


「それは分かってますが、ねぇ」


 冒険者の大部分とギルド職員の数人が辺境のスタンピード対策に移動していた間に、王都でもスタンピードが発生。ちょうどサブマスも不在だった中、新人受付嬢のリスティさんがあっという間に場をまとめ上げ、防衛体制を構築したといいます。新人とは言いますが、あの子の後に誰も採用されていないだけで、もう2年も続けているそれなりのベテランなのですけどね。


 そして、辺境でのスタンピードは偽情報だったことを知らされ、ベテラン揃いの辺境遠征組は何もなし。王都に残った新人達にのみ手柄が転がり込んだ形となりました。


 当然ベテラン勢からの不満が噴出します。自分達ならもっと上手くやってのけたという思いもあるのでしょう。スタンピード無血防衛という人類史上稀に見る偉業でも、新人達の功績と言うよりは妖精様の功績ではないか、という思いがあるようですね。その場に妖精様は居られなかったというのに。



「はいはい、少なくとも王都に残っていた人には不満を言う資格はありませんよ。王都残留組をまとめ上げたのはあの子なのですから」


 辺境遠征で居なかった者から不満が出るのは仕方がないでしょう。しかしそれに乗って、特に成果を出せなかった王都残留組からも不満が出ているのは理解できません。




「うぇーい、戻ったぜぇ!」

「長かったなぁ」

「でもま、船に乗ってただけで参加報酬がもらえるんだ。楽な仕事だったぜ」

「違ぇーねぇ!」


 遠征からそのままパレードに参加していた冒険者達がギルドに戻ってきたようです。辺境遠征は緊急依頼ということもあり参加報酬は前払いで、スタンピード自体が無かったため出来高による追加報酬もありません。つまり、ギルドに戻ってくる理由は全くないのですが、一種の習性でしょう。



「だがなぁ、ヒヨっ子どもだけで謁見たぁ、納得いかねぇなぁ」

「まったくだ!」


 今戻ってきている冒険者達は辺境遠征組、陛下に謁見しない者達です。職員だけでなく冒険者達の間でも不満は噴出しているようです。突然サブマスにさせられたあの子も、今後大変でしょうね。



「しかし、ダスターが英雄たぁなぁ」

「ああ、広場のダスター像見た瞬間、笑っちまいそうになったぜ!」


「はいはい、ギルドに戻ってきたということは無駄話しに来ただけじゃないでしょう? 多くの冒険者が不在だった間に依頼が溜まっています。スタンピードがなくて発散できなかった鬱憤を次の仕事に向けてくださいね」


 場の空気が悪くなりきる前に冒険者に仕事を促します。実際に依頼は溜まっているのですから。



「あー、花びらの回収ぅ?」

「パレードで舞ってた花びらか? 疲れ切った俺達に掃除までさせるたぁ酷いぜぇ」


 パレードで舞っていた花吹雪ですね。私も見ましたが非常に綺麗でした。舞い散る花びらが太陽光に当たると七色に色を変えるのです。落ちた花びらを確認すると薄桃色がベースでした。パレードで観衆が撒いた紙吹雪が何故か花びらになったそうですが、その不思議な現象からおそらく妖精様が原因だろうと思われています。


 王都では現在、不思議な現象があればだいたい妖精様のおかげと認識されるようになっています。妖精様由来のモノはだいたい良い効果を持っているようで、回収を商業ギルドから依頼されました。まだ魔物と戦うには装備が揃っていない新人には良い収入となるでしょう。



「こっちはトロールの体毛採取依頼か」

「トロールかぁ。ちょっと強すぎるなぁ」


 こちらも商業ギルドから依頼された案件ですね。なんでも妖精様を模したドールを大量生産したいとのことで、その頭髪に使用するトロールの体毛を大量に欲しているそうです。妖精様のドールの毛髪にするだけあって、その魔物は緑色の体毛に覆われています。高い防御力だけでなく再生能力もあるため、生半可な冒険者では太刀打ちできないでしょう。



「お、これで良いんじゃないか? また南に行く羽目になるけどな」

「野盗討伐か。おっし、スタンピードの代わりに薙ぎ払ってやるぜ!」

「調子に乗って薙ぎ払われんなよ」

「うるせー!」


 そちらは王城からの依頼です。辺境のスタンピードが偽情報と見破れなかったのも、王都と辺境を野盗が寸断していたことが一因だったそうです。その野盗を早めに排除したいのでしょう。



 それにしても、今回のスタンピードは納得のいかないことばかりです。北のバスティーユ元公爵が王権欲しさに企てたとのことでしたが、妖精様が居なければ王都は壊滅していた可能性が高いのです。


 王都が壊滅してしまえばすぐに帝国に攻められるでしょう。そのような状況でも王権が欲しかったのでしょうか。


 さらに、南に陽動したことも不可思議です。偽のスタンピードは北で発生したことにしておけば、わざわざ南に野盗を配置しなくても自身で情報遮断できた筈です。


 だいたい、スタンピードを人為的に発生させた手段が不明のままです。ですが、その調査依頼が未だ冒険者ギルドに出されていません。


 王城ではスタンピードの発生手段を把握している? もしくは、把握できていないものの、それを冒険者ギルドに知られる訳にはいかないと判断しているのでしょうか。


 おそらく本当の意味では、今回の1件はまだ終わっていないのでしょう。そんな気がしますね。


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