095. 青い点と赤い点
やらなければならないことが山積みですね。そのどれもが平時では最優先となる重要な事案ばかりです。疎かにすれば国が無くなる可能性すらある程で、王妃である私だけではなく国の主要人物の
しかし無理にでも時間を作り、妖精様にお会いして確認しておかなければなりません。帝国侵攻を防ぐキーは何と言ってもやはり妖精様以外にはあり得ないのです。少なくとも妖精様の地図だけは確認しておかねば。
妖精様がお戻りになられた昨夜の内に、妖精様付き侍女から辺境スタンピード対策先発隊の状況を確認することができました。妖精様は先発隊に紛れていた内通者を捕縛するために王都を離れざるを得なかったようです。
内通者が事を起こす前に、誰が内通者かを我々に伝えても信じないと判断されていたのでしょう。妖精様がスタンピード前に数人の冒険者を指して「その者が内通者である」と主張なされていたとしても、証拠のない当時の状況では我々も動けなかったことでしょう。そのため、妖精様は内通者が事を起こすまで監視しておく必要があったのかもしれません。
妖精様がこれほど完璧に状況を読めていた理由の一端も把握することができました。侍女の話では、妖精様の地図には敵対者や魔物が赤い点、それら以外の人物が青い点で表示されるそうです。妖精様はその地図で事前に内通者を知ることができたのでしょう。
それほどの地図です。一刻も早く確認しておかなければなりません。重要案件が山積みの現状であっても最優先事項です。
その地図は王城の地下構造をも詳細に知ることができると、ティレスからも報告を受けています。ティレス付きだったバスティーユ公爵の娘が地下道への隠し扉の位置を知ることができたのも、妖精様の地図を見たからとのことでした。
妖精様の地図は毒にも薬にもなるでしょう。その地図を確認することで、帝国兵の侵入経路である地下道の構造を知ることができます。そして地下道に赤い点、残存兵が居座っているかどうかも確認できるのです。
帝国の侵入経路確認と残存兵狩りを行う必要がありますが、状況も分からず戦力もない現状、やみくもに地下道へ兵を進めることはできません。しかし妖精様の地図があれば状況を把握した上で対処可能です。
それだけでなく、城内にまだ居るかもしれない内通者を洗い出すこともできるでしょう。
一目見ればそこまで把握できてしまう地図です。それをすでに内通者に見られている……。何が何処まで帝国に漏れてしまったのか明確にしておくべきです。
バスティーユ公爵の拘束は第2騎士団に命じましたが、バスティーユ公爵を捕えてから王都に連行するまで数日かかるでしょう。事情を聞き出せるのは数日先です。
先発隊に紛れていた内通者は辺境伯都に連行したそうです。こちらから事情を聞き出すには、連絡を走らせ王都に連行する往復で、どれほど急いでも15日は先。
正直なところ王都に連行してきて欲しかったのですが、一刻も早く王都に戻るべきと判断して内通者を王都に連行してこなかった判断は、当時の先発隊の状況では正しいと言わざるを得ません。
今現在、取調べさせているのは、大量に捕えた帝国兵と王冠を持ち出そうとした魔術師団員ですが、どちらにしても第2騎士団が戻るまで王都に戦力らしい戦力はありません。動くに動けない状況です。妖精様の地図を確認してから、その後の動きを検討しておくべきです。
そうして朝一で妖精様のもとを訪ね、地図を確認することができました。まずは地下道の構造を模写させます。
しかし驚きましたね。話に聞いていた時点ではいまいち想像できていませんでしたが、地図と言うよりは模型のようではないですか。紙の地図では表現しきることができない上下構造を、こうも分かりやすく表現することができるとは思いませんでした。
この地図が一般に普及してしまえば時代が変わるでしょう。現時点では人に見せるべきものではありませんね。妖精様には今後不用意に人前で地図を出さないようにお願いしておかなければなりません。これを内通者に見られたのは痛手でしたね。
地下道の模写が完了後、次は内通者の洗い出しです。地図には確かに赤と青の点が表示されています。兵を走らせ、城内の赤い点の位置にいる者を洗い出していきます。
近い場所に複数人居て誰が赤い点であるのか分からない場合は、対象者にそれぞれ作業を振って移動させます。そうして地図上の全ての赤い点と個人を紐付けていく地道な作業、完了するまで時間がかかるでしょう。
その間にもう1つ確認しておきましょう。持ってこさせていた瓶詰果物を妖精様の前に出します。これを調理場に置いていた意図は何でしょうか?
王都スタンピードの状況も冒険者ギルドから報告を受けています。そちらが解決できたのも妖精様の事前対策のおかげだったそうですが、一見何の理由もないと思われていた行動がスタンピード対策だったようです。
まさかとは思いますが、この瓶詰果物が今後の帝国侵攻対策で重要な意味を持つ可能性もあります。そうであれば、事前に把握しておきたいところですが、はたして……。
瓶詰果物を前にして妖精様は首を傾げられました。まだ使用するタイミングではない今、何故ここに持ってきたのかと疑問に思われているようですね。
すかさず妖精様付き侍女が筆談用に羽根ペンと紙を妖精様に差し出しました。それを受けて、妖精様は羽根ペンを浮かせて紙に何かを描き始めます。
当然のようにインクを付けて紙に書く、羽根ペンの使い方を知っている者の迷いない動きですね。もともと知っておられたのか、王城に来られてから学ばれたのか。王城に来られてから60日程度は経っていますから、どこかで羽根ペンが使用されている場面を見られていたとしても不思議ではありませんが……。
妖精様はすぐに絵を描き終えられました。その絵を皆で確認します。まず分かりやすいのは瓶詰果物ですね。かなりデフォルメされた図ですが、この状況でこれが瓶詰果物以外を表しているようなことは、まずあり得ないでしょう。
その瓶詰果物の絵から、となりに描かれた円に向かって矢印が伸びています。その円の内側にあるいくつかの点。はたしてこれは何を意味するのでしょう。さりげなく周りを確認しますが、誰1人として理解できた者は居ませんか。これは後で協議することにしましょう。
その後はこちらからの連絡やお願いです。まずは今も表示してくださっている地図。これを人前で出さないようにお願いしておきます。
……妖精様はノーリアクションですが、聡明な妖精様であればこれほどの地図を人前で出す危険性も把握されておりますでしょう。バスティーユ公爵の娘の前で出されたのは、危険をおかしてでも内通者を炙り出して、我々に決定的証拠を示しておきたかったのかもしれません。
辺境スタンピード対策会議のあのタイミングで妖精様が地図を出してくださっていなければ、我々は未だこの地図の存在すら知らなかった筈です。
この地図の存在を知らずに帝国兵侵入経路の把握や内通者洗い出しをしなければならないとなると、かなり状況は宜しくありません。
あのタイミングで危険をおかしてでも地図を表示することには、我々に地図の存在を認知させる、そして内通者を炙り出した実績でこの地図を信用させる、といった様々な意味があったと分かります。
次に、数日後に予定しているパレードに参加して頂けるようお願いしました。妖精様は考える素振りをされています。
奔放な行動から考えると意外ではありますが、妖精様は謙虚なお方です。あれほど完璧に帝国の侵攻を防いだにも関わらず、驕ることなく逆に謝罪されるほどでした。そのような謙虚なお方であれば、パレード参加を渋るものなのかもしれませんね。
しかし、この不安定な状況で、できる限り民に不安感や不信感を持たれたくありません。妖精様が参加されることで民の気を不安感から逸らすことができますが、逆に妖精様が参加されないとなると民の不信感を煽ることになりかねません。
妖精様は周りを見渡して熟考後、最後には参加を決めて頷かれました。
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