082. 妖精剣
「お、案外早く出てきたな」
宝物庫を飛び出した私たちが見たモノは、通路を塞ぐ対魔術用盾と、その横に転がっている私専属侍女だった。
「な、し、死んで…… うぷっ」
「姫様! お気を確かに!」
「あまり見ない方が宜しいでしょう」
「殺した……のですか? なぜ?」
確かに途中から、あの甲高い笑い声が聞こえてこないと思ってはいたが、まさか殺されているなんて……。敵国兵を城内に引き入れたのだから、外患誘致で結局は死罪を免れなかったと思うが、それでも見知った者が目の前で死んでいるのを見るのは堪えた。
敵だったとは言え私の世話をしばらくまかせていた人間だ。野盗の死体などは散々見たというのに、これほどまで胸が気持ち悪くなるものなのか。朝食をとっていなかったのは幸いだったかもしれない。そうでなければ今頃、私の朝食はスープとなって床に付着していただろう。
「何故って? 用済みだからに決まってるじゃないか。そいつの役目は俺達を城の中に入れることだ。上への道も聞いた。もういらん」
なるほど、自分が王女になるなどと言っていたが、帝国に踊らされていただけということか。ここで とどまっていては、私達も踊らされただけで終わってしまう。動かなくては。
「その妖精剣、対魔術盾にも有効なのですか?」
「分かりません。しかし使いようです。おい、茶色で盾を牽制してくれ」
「分かった」
衛兵の1人が茶色の剣を振ると
「な!? なんだその剣は! そんな情報無かったぞ!? やめ……ぐぁ!」
「ひ、うぁー!」
「げふ……」
すごい、一瞬で敵が瓦解した。対魔術盾は魔力的な威力は抑えるようだが、そこに固形物が混ざるとそのまま衝撃を受けるのか。風の刃は防がれているが、
「おのれ、よくもやりやがったな!」
「自分たちも殺しておいて、反撃されたらその言い様ですか? その程度の覚悟の者にこの国を取らせはしません。殲滅してください!」
「はッ」
「承知ッ!」
私もこの国を守ると誓ったのだ。直接私の力で守ることができないのは残念だが、ここで立ち止まってはいられない。早く地上へと出て敵襲を知らせなければ、国が滅んでしまう。
「今は下手に捕虜など取っている余裕はありません。とどめを刺して上に向かいましょう」
人が死ぬのを見るのは気持ち悪い、などと軟弱なことは言っていられない。殺さなければ殺されるのだ。
私達が地上に出ると、そこは想定していた状況とは大きく違っていた。帝国兵が爆発に巻き込まれている。いや、爆発? 吹き飛んだり負傷したりはしていないようだ。音と光だけ?
何か小さいモノが帝国兵の一団に突っ込んで行く。あれは妖精様? いえ、それにしては動きが変だ。それに妖精様は現在辺境のスタンピード対策で遠征されている筈。もしかして妖精様ドール? どういう状況?
暴れているのは1体だけのようだが、妖精様ドールは妖精様の部屋とお母様の部屋の計2体あった筈だ。今暴れているドールはボロボロ、もう1体は既に討たれた後なのかもしれない。しかし、何故ドールが動いて爆発しているのだろう。
妖精様ドールの頭を帝国兵が剣で振り斬った。しかし斬れていない。妖精様の綺麗な緑色の髪を再現しようにも緑髪の人間などはいない。そのため妖精様ドールの頭髪には、トロールという防御力が非常に高い魔物の体毛を使用しているとお母様が自慢していた。空中に浮かんで不安定なドールに防御力の高い毛髪が相まって、多少の剣戟では壊れないということか。
いや、馬鹿正直に見ている場合ではない。
「あの集団を殲滅」
「ハッ」
衛兵が飛ばした風と水の刃が帝国兵を切り刻む。2撃3撃と追撃を飛ばし、ほぼ殲滅しきったところで歓声が上がった。なるほど、隠れて包囲していたのか。
「状況は!?」
私が問うと、隠れていた衛兵の1人が出てきて報告してくれる。
「はッ、現在非戦闘員は第一ホールに避難済み。王妃様も王太子殿下もご無事であります。戦闘員はホールの防衛中ですが、敵は今しがた殲滅されたこちらの者達でほぼ全てです。しかし、一部の敵が国王陛下のもとへ向かったとのこと」
「陛下はご無事なのですか?」
「不明です」
クソ、陛下が討たれれば他が無事でも痛手だ。代替わりの隙を帝国に見せる訳にはいかない。
「陛下のもとへ急ぎますよ!」
残り3本の妖精剣を兵に配布すれば戦力になるかもと思ったが、極秘情報だったため存在を知らない可能性が高い。いきなりあれほどの威力の剣を使いこなすには説明が必要だろう。しかし今は時間がない。私は地下から共に行動してきた宝物庫番の衛兵のみを連れて、陛下の執務室に向かった。
「陛下! ご無事ですかッ!?」
「お? ティレス。無事だったか」
切羽詰まっていた私とは違い、陛下はやけに軽く答えられた。力が抜ける。安心した私は床にへたり込んでしまった。
こうして、前代未聞の王城襲撃事件は幕を下ろしたのだった、となれば幸いだったのだが……。
――この後私達は、暴走していた妖精様ドールを止めるために右往左往する羽目になるのだった。
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