075. 決断

 朝起きていつものように専属侍女を呼んだが……、来ない。侍女が居なければ身だしなみも整えられない私は、寝巻の上から簡単に上着を羽織って部屋を出る。


 主が呼んでも専属侍女が来ない、これは異常だ。お母様からもあの侍女から目を離すなと言われていたが、ついに動き出したのか。あの侍女は私の目を盗んでよく城の地下へ行っていたらしい。であれば今回も行き先は地下だろう。私は地下へ走った。


 城の地下は迷路のようになっている。慣れていなければ迷う構造だ。簡単には見つけられないかと思った侍女だが、幸いなことに城の最下層で見つけることができた。しかし何をやっているのだろう? 1人で壁に向かってウンウンと唸っているように見える。



「あなた、何をやっているのです?」

「な、どうしてここに!」


「あなたが私の目を盗んで頻繁に地下へ足を運んでいたことなど、お見通しなのですよ」


「おほほほ、わたくしが今何をやっているのかも分からないのにお見通しとは、とっても有能ですのね。そんな有能なアナタがたですから、わたくしに妖精の地図を見せるような失態を犯すのですわ!」


 なに? 何を言っている? 妖精の地図と言えば、先日冒険者ギルドの者達がスタンピードの知らせに訪問して来た際に、妖精様が突然出した地図のことだろう。あの地図を見て……。待て、あの地図は最初、城が大きく表示されていた。緑色の半透明で立体的に、内部構造まで全て……。


「ふん、気付きましたの? でも、もう遅いですわ! アナタを殺して! 王家を皆殺しにして! そうすれば私の父が次の王です! 私が次の王女になるのですの、よッ!」


 侍女が壁を叩く。気でも狂ったのか?

しかしその一瞬後、ゴゴゴという音とともに壁が開いた!



「ふぅ、遅かったな。ようやく入れたぜ」


「ふん、時間通りでしてよ。それよりアレがターゲットの1人ですわ」


 帝国兵!? しまった、誰かを連れてくるべきだった。何故1人で来てしまったのだ、迂闊すぎた!


「おーほほほほほほっ! 日頃から護衛も付けられていない、国から何も期待されていない、居るだけ王女のアナタなのだからッ! せめて最後は私のために死んでくださいなッ!!」


 クソッ!


「我ティレスが求める……!」

「なっ、魔術!? 使えないはずでは!?」


「対魔隊、前へ! 構えッ!」


 対魔術用盾を構えた数人が通路を塞ぐ。馬鹿め、私の魔法の練習中ずっとそばを離れていたから、私が魔術など使えないということを断定できまい。私は踵を返して走り出した。敵は自ら盾で通路を塞いでいる。すぐには追ってこられないだろう。


 そうは言っても追いつかれるのは時間の問題だ。地上までは戻れない。どうすれば……。そうだ、地下には宝物庫があった。宝物庫の前には番をしている衛兵がいる筈、私1人よりはマシだろう。それに宝物庫の中に籠城する手もある。


「おーほほほほほほ! 逃げても無駄ですわよぉ!」


 ズザァッ、ドォン!!


 くそ、魔法が飛んできた。魔術師もいるのか。希少な魔術師を投入してくるとは本気さがうかがえる。当たったら1発でアウトだ。私は通路の角を曲がった。宝物庫へは遠回りになるが、直線通路では的にしかならない。


 敵が通路から顔を出しそうなタイミングで、持っていたランプを投げる。当たれば嬉しいが、当たらなくても時間稼ぎになれば良い。幸い通路は設置型魔道具で照らされており、地下とは言え真っ暗ではなかった。



「姫様!? どうされました?」


 迷路のような通路を走り回り、ようやく宝物庫へたどり着くことができた。番が2人居るが、侵入者に対処するにはやはり人数が少ないか。



「敵襲! 最下層の隠し通路から帝国兵が侵入しました!!」

「な、なんですって!?」


「はぁ、はぁ……、ふぅ、……この宝物庫は内側から鍵を掛けられますか?」


「え? それはまぁ、掛けられますが」


「なら籠城しますよ。敵は多数です。3人では抵抗できません」


「承知しました。おい、開けるぞ」


 2人の番が離れた鍵穴に同時に鍵を差し込む。なるほど、宝物庫は1人では開けられないようになっているのか。城の内情など、まだまだ私には知らされていないことが多いようだ。本当に私は、この国から何も期待されていないのかもしれない。



「よし。さぁ、姫様中へ」

「ありがとうございます」


 宝物庫の扉を閉めてようやく一息つけたが、ここからどうすれば良い? この中に食料があるとは思えない。籠城も長くはもたないだろう。



「おーほほほほほほ! 王家の娘が寝巻姿で密室に男性2人と籠るなどふしだらですわぁ! 有能なアナタですから今から未来の跡継ぎでもご用意なさるのかしら? でも、その跡継ぎごと末代にしてさしあげますわよ!」


 父親に似てベラベラとよく喋る。煩わしいが何か有用な情報を口走る可能性もあるため、聞き逃すことはできない。お母様もよく言っていた、相手の話はよく聞けと。



「おい、10名残れ。他は上の制圧だ。行けッ」


 まずい。まだ早朝、何も知らないままあの人数の帝国兵に攻められれば、スカスカの城などすぐに落とされてしまう。常から人不足であったのに、今はスタンピード対策で戦力が取られているのだ。クソ、スタンピードで城が手薄になるタイミングを狙われたのか。


 いや、それはおかしいのでは? スタンピード発生が判明したのは、たった2日前だ。そこから王城侵入の準備をしても間に合うとは思えない。あの侍女はいつから地下へ足を運んでいた? まさかスタンピードも帝国が起こしたと言うのか? じゃぁ、辺境のスタンピードは? クソ、私では何も分からない。本当に私は無能だ!



「姫様、どうか落ち着いてください。なんとかなるかもしれませんよ」


「この状況からなんとかできる手立てがあるのですか?」


 この様な状況下でも衛兵は落ち着いていた。宝物庫の番をするためには、どのような状況でも落ち着いて対処できる能力が必要なのかもしれない。焦らざるを得ない状況の中で落ち着いた者が居るのは素晴らしい。本当にどうにかできるのではないかと思わせてくれる。


「ええ、こちらをご覧ください」

「宝剣ファルシアン? なぜ5本も……、レプリカですか?」


 衛兵が示した壁際には、以前見たことがある宝剣が5本も存在していた。


「いえ、こちらは極秘のため一部の者しか知らされておりませんが、5本とも本物であり、5本とも以前の宝剣よりも強力な妖精剣であります」


「妖精剣? 妖精様の剣なのですか?」


「そうです。赤の剣を1振りすれば離れた敵を焼き尽くし、青の剣を1振りすれば水の刃が敵を切り裂く。緑は風の刃が敵を薙ぎ払い、茶は石礫いしつぶてが敵を穿ちます。そして、黄は光の線が敵を消し去るのです」


「振るだけで? 私は戦いに詳しくありませんが、それは異常なほど強力なのでは?」


「ええ、これらを使用すれば帝国兵など敵ではないでしょう。どうぞ」


「う、重っ。……私には振ることができそうにありませんね。しかし極秘なのでしょう? 勝手に使用しては……」


 いや、今は緊急時だ。使わなければ国がなくなるというときに何をためらう必要があるのか。1振りで離れた敵を倒せるという剣も、私には振ることさえできない。しかし私はこれでも王族なのだ。責任を取ることくらいできる筈。自分でできないのなら、できる人間にやってもらえば良い。


「いえ、使いましょう。アナタ達が使いなさい。責任は私が取ります。どの色を使うかは自分で決めなさい。それから、残りの3本も持っていきましょう」


「はっ!」

「承知しました!」


「まずは宝物庫を脱出し、最優先で国王陛下のもとへ向かいます。陛下さえ生きていれば国としては残りますから。もし、陛下と私が同時に危機となった場合、陛下をお守りするのですよ」


 そう、王太子でさえ第二王子という代わりが居るのだ。しかし陛下が討たれれば代替わりのタイミングを帝国が逃す筈がない。



「では、行きますよ!」


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