039. 奮闘(中)

 昨日さくじつに王妃様のご病気が快癒されました。呪いだったそうです。


 その翌早朝、妖精様が王城に来られてから3日目の朝、わたくしは王女殿下の命でまだ睡眠中の妖精様をサロンに運びました。王妃様主催のお茶会に参加して頂くためです。


 妖精様はお茶会で振舞われたクッキーに飛びつかれましたが、硬くて食べにくそうでした。妖精様に食べて頂くにはもっと柔らかく薄いモノを用意せねば。ただ単純に柔らかくするだけではモロモロとして粉々になってしまうでしょう。それでは薄くするなど困難です。わたくしは後程、厨房の者と相談せねばと心にメモしました。


 お茶会が終了しますと、妖精様はまたすぐにいなくなられました。王女殿下は妖精様が戻って来られるか非常に心配されておりますが、わたくしは心配しておりません。おそらく本日も、気付けば鳥籠にお戻りになられている筈です。


 しかし、妖精様の不在中にずっと待機は効率が悪くございます。妖精様のサイズに合わせた周辺環境を整えたいのですが、わたくし1人ではいつ妖精様が戻られるかわからず、部屋を離れることができません。よって、わたくしは補佐人員を要求させて頂きました。


 新たに補佐として付けられた侍女はまだ幼くありましたが、中立派かつフリーであり、ある程度の仕事を任せることができる者が、この子しかいなかったそうです。


 基本的にやってもらうことは少ないので問題ございませんでしょう。わたくしが不在の際の待機が主な仕事です。それだけでは何なので、妖精様の部屋の掃除やお風呂のお世話もさせることにしました。


 妖精様をお風呂に入れることは重要な任務です。今や王城の大浴場は聖域と化しているそうですが、時間経過で効果が薄まっていくとのこと。定期的に妖精様にお風呂に入って頂き、効果を持続させる狙いがあります。


 妖精様が入られた後にすぐ、王妃様がご利用される予定なのだそうです。1度のご入浴であれほどの効果、今後定期的にご入浴をお続けになられますと、どれほどの美貌となってしまわれるのでしょう。



 耳ざとい貴族のご婦人たちからも、利用できないかと問い合わせがきていると言います。昨日の今日という早さですので驚きですね。


 王城の大浴場はもともと城勤めの貴族用でもありますため、お断りすることは難しいでしょう。王家が王家用の浴場を使えばよいのだと言われかねません。まぁ、その際は妖精様にも王家用の浴場をご使用頂くことになるのですが。




 補佐人員である侍女にある程度の引継ぎを終え、わたくしは昨日依頼した妖精様用の食器を確認するために、彫刻家の工房に向かいました。


 工房の者を総動員してくださったようで、わずか1日で様々な食器類、ティーカップが形になっておりました。



「いやはや、頑張りましたよ。聞けば王城に妖精が訪れているそうじゃないか。これらの食器はやはり妖精用で?」


 工房主が問いかけてきます。妖精様は街でも大騒動を起こされているご様子、隠し通すのは不可能でしょう。


「左様でございます。ではさっそく、これらのカップを試してみましょう」


「試す? カップはやけに色々な形を要求されていたけど……。あまり見たことがない形もある。どういうことだい?」


「水を入れてみればわかるでしょう。妖精様がご使用できるかが問題なのです」



 わたくしは何種類か作らせていたカップに水を1滴入れていきます。どのカップも小さいため、1滴だけで適量となるのです。


 最も一般的な形状のカップを傾けてみました。なるほど、傾けても水はなかなか出て来ません。妖精様がお茶をお飲みになることができなかった あのときのように、水はカップの中で丸まっています。


 さらにカップを傾けますと、中の水は1度に全部流れ出てしまいました。これではカップ1杯分を一気に飲み干さなければ、全身にお茶がかかってしまうことでしょう。


「はぁ、なるほどね。これでは確かに使い辛いかもね」



 色々と試した結果、底が深く径が小さいほど水は出て来ないようでした。スープ皿のように浅く大きいカップほど水が出てきやすいようですが、それでも1滴が1度に全て流れ出てしまいます。


「残念ですね、この中には妖精様のご使用に耐えうる品はないようです」


「そうかぁ、難しい依頼だね……」



 わたくしは妖精様にお茶を飲んで頂けるティーカップの形状を研究して頂くように依頼し、それ以外のできあがっていた食器を回収しました。カトラリーはまだできていないとのことで、後日王城へ配送させる手続きを取ります。


 そうして回収した小さな食器類を、今度は食器職人のもとへ持ち込みました。これらの食器は割れ辛い柔軟な石から削り出したもので、見た目が石の質感そのままだったのです。わたくしは食器職人たちに、これらの小さな食器を白地にして頂き、金縁の装飾を施すように依頼しました。実用品であると念を押して。



 その夜、わたくしが心配していませんでしたとおり、妖精様はちゃんと戻って来られました。


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