038. 奮闘(前)

 鳥籠に入れた妖精様をお部屋にご案内差し上げている最中さなかわたくしは妖精様専属を命じられました。おそらくわたくしの家が中立派であることも都合がよろしかったのでしょう。


 鳥籠をお部屋に設置しましたところ、妖精様は吊るされた鳥籠を揺らしご満悦な様子。大変お可愛らしい。


 人以外のお世話など経験がございませんでしたから、非常に不安を感じておりましたが、これなら大丈夫そうです。このときはそう思ってしまいました。


 再び不安に感じましたのは、その後にお茶を出させて頂いたときです。まず、ティーカップが大きすぎました。しかし妖精様サイズのティーカップなど この城にはございませんから、仕方がなかったのです。


 驚いたことに、妖精様はご自身に合った小さなカップをお出しになられて、お茶をすくって飲まれようとなされました。しかしどうやら飲むことができない様子。よく見ればなんと、お茶がティーカップの中で丸まり出て来ないようでした。


 なんとかお茶を飲もうとされた妖精様は、なんと犬のようにティーカップにお顔を入れて、そして熱かったのでしょう、失敗されました。ここにきてわたくしは、人ではない方のお世話は非常に困難なのではと思い始めました。



 王女殿下から妖精様をおもてなしするよう仰せつかっております。しかしお茶の1つもお出しできないのでは、王城の沽券にかかわりましょう。わたくしは妖精様がご用意された小さなカップをさりげなく回収し、まずは妖精様サイズの身の回りの御品をご用意すべきだと決意しました。



「まずは、陛下に謁見するためのドレスが必要です」

王女殿下はおっしゃられます。


「それだけではなく、貴族たちにも牽制が必要でしょう。季節のドレスを数着用意しなさい。貴族たちに妖精様を大事にもてなしているとアピールしなければなりません」


 そうして、その日は採寸をして終わりとなりました。




 翌日、朝のお世話をどのように進めましょうかと思い悩みながら鳥籠の様子を窺いますと、すでに妖精様はおられませんでした。どのようにお世話するかなどといった以前の問題です。わたくしは至急、王女殿下へご報告に上がりました。



 王女殿下は捜索隊を街に放つとのことでしたが、わたくしは加わりません。わたくしにはわたくしのお役目がございます。捜索は専門の者に任せればいのです。


 わたくしは雨の中ドレスの仕立て屋を訪問しました。街は昨日から降り出した雨に喜び、まるで今日が祭かというほどの浮かれた状態でした。ずぶ濡れになりながら喜び踊る者も見て取れる始末です。


 仕立て屋に妖精様のドレスの依頼をしますと、すぐに無理との返事が来ました。


「いやぁ、嬢ちゃん、こいつぁ小さすぎるぜ。ウチじゃぁ無理だ」


「ではどこなら可能でしょうか?」


「んー、どこってなぁ。人形屋にでも頼んでみたらどうだ?」


「なるほど、ではそうさせて頂きましょう」




 ドールショップを訪れたわたくしは、ざっと店内を改め、そこに置かれたドールがどれもわたくしの膝上程度はあることに気付きました。大き過ぎます。妖精様は手の平サイズでした。


 交渉の結果、ドレスはできそう、しかしティーセットや食器類は小さすぎて無理、とのことでした。


「このサイズのカップなど、この王都では誰も作ることができないでしょう。こんなに薄くてはすぐに割れてしまいます。いやはや、このカップがどうして割れずにいるのか皆目見当がつきませんねぇ」

ドールショップのオーナーは、妖精様のティーカップを見てしみじみ感心しておりました。



 わたくしはティーカップの準備は諦め、至急ドレスを仕立てるよう依頼して王城に戻ることにしました。


 その帰り、中央広場で雨に打たれる銅像を見かけました。初代王の銅像で、非常に細かな装飾も再現されているように見えます。なるほど、何も陶磁器でなくて良いのです。わたくしはその足で彫刻家を訪ねました。



「この小さなカップを彫刻で再現しろってことかい?」


「左様でございます。やはり不可能でしょうか?」


「むむ、不可能かと訊かれると何としてでも再現したくなっちゃうねぇ」


「では、ティーセットと食器類一揃いをご用意して頂きたい。もちろんフォークやナイフなどカトラリーもです」


「うへぇ、欲張るねぇ。でもなんとかしてみせようじゃないか」


「それは有難い。よろしくお願いします」



 そうしてわたくしが王城に戻りますと、またもや王城内は大騒ぎの様相でした。昨日に引き続き、妖精様が王城内で飛び回っているとのこと。王城内の捜索であれば手をお貸しできると思い捜索に加わりますと、妖精様は非常に大きな水しぶきを上げて浴場を無邪気に泳がれていたのでした。


 その後も行方が分からなくなってしまわれた妖精様は、なんと自ら鳥籠にお戻りになられておりました。王女殿下は憤慨しておられましたが、わたくしはどこか安心したのです。


 妖精様はここを帰る場所と認識されておられる。


 人と違う方のお世話は大変なことではございますが、ここをホームと認識されておられるならば、なんとかやっていけるのではないでしょうか。


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