037. 枢機卿

「妖精様と言えば神話にも登場される神聖な存在。妖精様がこの街に滞在されると言うならば、やはり教会に滞在して頂くことが道理ではないでしょうか?」


 この国で最も若い枢機卿が発言する。


 ワシもこの国の枢機卿の1人として、他2人の枢機卿殿と協議を始めておった。教皇聖下は聖国におられるため、この3人がこの国での"橋"派の実質トップとなる。この国で起こる問題は我々が責任を持って対処せねばならない。



「何をおっしゃる、妖精など迎え入れるべきではありますまい。妖精信仰など異教、むしろ妖精は排除すべきですぞ!」



 2人の枢機卿殿の意見は真っ向から対立しておるようだ。ワシとしては積極的に関わりたいとは思わない。一昨日の街の騒ぎを見るに、あのような存在を制御するなど不可能だ。いらぬ混乱だけが募るだろう。


 ましてや排除などもってのほか。あの妖精が現れてから、既に様々な奇跡が起こされておる。今更排除などしようものなら反感を買うどころでは済まないであろう。なんとか2人を思いとどまらせ、教会としては静観の立場を取りたいところだが……。



「しかしですね、すでに妖精様が起こされた様々な奇跡。このような力は教会にこそ帰属すべきですよ」


「まぁまぁ、落ち着きましょうぞ。性急に動いても好転しますまい」

ワシは口を開く。2人の信念はかなり強いようだ。ワシがどちらにも付かないことで意見を纏まらせず、有耶無耶にしてしまう。静観を続けるにはそれしかないであろう。


「妖精殿は王女殿下のお客人とのこと、我々が下手に動けば王家との溝が深まりますぞ」

王家も無視できない。最悪なのは妖精と王家、両方を敵にまわしてしまうことだ。



 そんな折、少し荒々しいノックが我々3人がいる部屋に鳴り響く。


「なんだね? 何かあったか?」

問いかけると中年の司祭が慌ただしくドアを開けた。


「は、教会に妖精殿が来訪されまして……、教会内を飛び回っております!」



 静観を決め込もう、そう思っておったのに物事はそうそう上手くはいかないようだ。騒動はあちらからやってきたか……。



「なんだと!? 神聖な教会をなんだと思っておる? これだから異教の存在は!」


 まずいのぅ、こやつ頭に血が上りきっておるではないか……。しかし様子を見に行かないわけにもいくまいか。




 我々が礼拝堂まで移動すると、そこにはこの教会の者のほとんどが集まっていた。まずい、一部の者が妖精殿に祈りを捧げているではないか。


「お前達! なに異教の存在に祈りを捧げておる! 異端であるぞ!?」


「まぁまぁ、落ち着きましょうぞ」

胃が痛む。つい先ほども同じ発言をしたが、先ほどより状況は深刻だ。



「これが落ち着いておられますかな!? ええい、この異教の存在め! ここで成敗してくれようぞ!」


 うわぁ、こやつマジか。王女殿下のお客人のため丁重に扱えと城より通達があったというのに、杖を振り上げて妖精殿に殴りかかるとは。



「お待ちください、お待ちください!」

若い枢機卿殿が興奮した枢機卿殿を羽交い絞めにした。


 妖精殿に出口を指し示してお引き取り願う。このような状況で長居されれば、より失態が広がるだろう。もはや苦笑しかない。幸い妖精殿は素直に出て行かれたが……。このようなところ、下の者らに見られたのはマズいのぅ。



 ……ま、いっか。


 ワシは考えるのをやめた。


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