031. 王

 その話を聞いたのは、娘のティレスが帰ってきた日であった。


 初めから滑稽だった報告は、それから日が経つにつれて異常さが際立っていく。



 最初は光の玉騒ぎであった。城中の者が光の玉を追いかけ右往左往し、日が落ちた時間とは言えほとんどの政務が止まってしまったという。すわ、帝国の攻撃かと思われたその騒動は、妖精が城に侵入して来ていたという。何をバカなことを、そんな御伽話のような夢物語でバカ騒ぎをしておったのかと、そのときは思ったものだった。


 次の報告はティレスからだった。夜更けにも関わらず急ぎ報告がしたいと言う。なんでも道中野盗に襲われた際に妖精に救われたという。妖精は非常に強力な癒しの力を持ちワシの妻の病も治せるかもしれないという報告だった。


 さらには妖精が通った後は萎れた作物が復活するという。そして妖精が来たおかげで雨が降り出したと。確かにその夜、珍しく今まで降らなかったしっかりとした雨が降っていた。


 娘を守り無事送り届けてくれたことには非常に感謝する。しかし話が美味すぎる。経験上、世の中そんなに美味いばかりの話は存在しない。


 その翌日はまた酷いものだった。朝から妖精がいないと大騒ぎしておったのだ。街中探しまわったあげく、結局城の大浴場で泳ぎまわり、最終的にもとの鳥籠に戻って寝ていたと言うではないか。逃げ出したという報告には、やはりなと納得したものだが、何故戻ってきたのかは理解できなかった。



 そこからもまた、信じられない話の連続だった。なんと妖精が泳いだ風呂が聖域となったという。そして妻がその風呂を利用すると病が治ったと。風呂の湯も、貯水槽からではなく妖精が魔法で出したと。とても喜ばしいことだが、報告はそれで終わらなかった。


 なんと妻の病は呪いであったという。前宰相も同様に呪われていたのだろうと。呪いが解かれれば、その効果は術者に返る。帝国の仕業であれば東へ返るその呪いは、なんと逆の西へ飛び去ったという。あれから呪いの元を調査させておるが、少なくとも王都内ではなく、遠方からの呪いであろうとのことだった。



 風呂は時間が経つにつれ効果が薄まると言う。ワシは、可能ならば妖精を毎日風呂に入れておけと指示を出した。



 また、西門からは妖精が通っただけで古傷が癒えたという報告があがった。そこまでの報告をまとめると、水不足、作物不良、戦争での負傷による人員不足までもが一気に解決する。そんな美味い話があろうか?



 妻が治ってからワシは、妖精が如何に素晴らしいか、如何に可愛らしいかを散々聞かされた。確かにここまでの効果を生む妖精は国にとっても得難い存在だ。しかし毎夜聞かされる妖精話に、ワシは食傷気味となったのだった。



 話はまだ終わらない。翌日には街で大騒ぎを引き起こしたという。ワシは急いでお触れを出した。放っておいたら何をされるか分かったものではない。特に薬師ギルドと商業ギルドは利用しようと躍起になるだろう、きつく言っておかねばならなかった。



 さらに話は続く。定期的に宝物庫の物品を確認している部署から、目録にない宝が増えているという報告が来た。また理解できない話が来た。減っていれば盗まれたのであろうと理解できるが、勝手に宝が増えるとはどういうことだ。


 増えていたのは宝剣だった。もともとあった宝剣と同じ形状の、性能はまったく別物の剣が4振り増えていたのだ。調査させたところ、柄の宝玉の色に合わせた属性が宿っているという。


 試し切りをさせたが、伝説級と言わざるを得ない異常な効果だった。騎士が青色の剣を振ると、なんと水の刃が飛び出したのだ。水の刃は指向性を持ち、狙った遠くの的を斬り付けることができた。


 緑は風の刃が、茶は石礫が、黄は光の刃が遠方の的を詠唱もなしに破壊する。これは戦い方が変わる。


 よほど力のある魔術師でないと無詠唱での攻撃魔法など撃てない。そういった者は生涯魔術に捧げているような者達だ。戦場で走り回るなどできはせず、前衛に守られ固定砲台が関の山なのだ。詠唱が必要な者ももちろん、魔術特化であれば前衛に守られながら戦う。


 剣を扱える者は、攻撃に使えるほど強力な魔術を使える者はそうそういない。それがどうだ、あれらの宝剣を前衛が使用すれば、動ける魔術師のできあがりだ。時代が変わるかもしれない。この剣も妖精の仕業なのだろうか?



 ここまででも議論すべき内容がいくつもあるが、まだまだ話は終わらない。なんと本館と西館の間にも聖域ができているという。しかもこちらはお湯が時間制限付きの聖水になっているといった程度の話ではなかった。場が神聖な魔力で満ち、霊薬や霊石の類が生えてきているという。


 霊薬や霊石は、力をもった神獣や精霊の住処にできるという。それらは一流の冒険者が険しい道程を経てようやくたどり着けるかといった魔境の奥地に存在し、滅多に市場に出回ることはない。それが城に生えているだと? それが本当なら、この国が陥っている財政難が一気に解決する。しかし安易に売り払えるモノでもない。下手に手放し敵国に流れようものなら、こちらが痛い目を見る羽目になる。これも協議が必要な案件であった。




 謁見の間の扉が開く。ティレスを先頭に鳥籠を抱えた侍女が進んできた。

さて、件の妖精とやらは……。鳥籠から出されてキョロキョロしておるな。こちらを見て、隣の妻を見て……、顔が小さいから視線が分かり辛い。


 ふむ、跪いたか……。これは驚異的なことではないか? 絵本はいざ知らず、神話に登場する妖精は人間社会の上下関係を考慮した行動を取るなどしていない。この妖精は人間社会にある程度精通しておるのか。しかしその上でこれまでの騒動だ。なるほどな。


 実を言うとこの謁見には大した意味はない。報告など事前に全て受けておるのだし、ワシが件の妖精を確認したかっただけだ。しかし実際に見てみて、意味はあった。ワシの考えは纏まった。



 放置で良い。あれこれ利用しようなどと考えずとも、その場におれば国益になるのだ。多少騒がしくなったところで益の方が遥かに大きい。


 かと言ってこの国に留めようと手を尽くしても、モノを透過するのでは物理的に留めておくことなどできぬであろう。地位や義務を与えたところで、それらを無視してしまえる存在でもある。


 このような存在、制御などできぬであろう。せいぜい、仲良くしてこちらを良く思ってもらうくらいしか、我々は取れる手段などないのだ。


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