026. 薬師ギルド

「だから、ポーションの在庫はないと言ったではないか」

地下から師匠の大声が聴こえる。


 何事かと地下倉庫に確認に行くと、薬師ギルドマスターであるボクの師匠と冒険者ギルドのサブマスターが話し合っていた。



「そのようですね。素材もないから生産もできないと?」


 薬師ギルドの建物は4階建てになっていて地下は倉庫だ。1階の表はロビーや受付、奥側に商談スペースなどがあり、2階が事務所、3階と4階が調合部屋や仮眠室になっている。この国は今ポーションが不足していて、王都の薬師ギルドの地下倉庫もすっからかんの状態だった。



「そう言っておるではないか。素材集めは冒険者の仕事だと思っていたがね」


「ははは、薬師ギルドのマスター様は手厳しいですね。こちらも採取依頼は出していましたが、雨不足で薬草も干上がってしまっていたのですよ」


 それも何度も聞いている話だった。ここ数年は薬師ギルドの裏手の薬草園もシナシナだ。


「でも昨日は雨が降りました。薬草も少しは採れるでしょう。調合の準備をしておいて欲しいのですよ。また、物流が動き出します。そちらでも可能な限りポーションや素材を確保しておいてください」


「あー、わかったわかった」


 冒険者ギルドのサブマスの言うとおり物流が動くのなら、ようやくまともな仕事ができるようになるのかな。でも師匠の気のない返事を聞いてると、まだまだ状況は思わしくないのかもしれないけれど。



 その後、その日は特に変わったこともなく終わった。だけど、変わったことがなかったのはボクの周りだけで、街には妖精が出て大騒ぎだったらしい。それをボクたちは翌日知った。



「あのサブマスめ! 冒険者ギルドにも現れていたというではないか、そんなこと一言も言っておらんかったぞ!」


 師匠はよっぽど妖精が見たかったらしい。街のウワサを聞きつけてからというもの、ずーっと愚痴をボクや周りのギルド員に垂れ流しているよ……。




「妖精を探そう。妖精なんぞこの機会を逃せば2度と接触できんぞ。捕えられれば薬師ギルド始まって以来の革命がおきる」


「師匠、それはダメですよ~。城からお触れです。妖精には手を出すなって」

ボクはついさっき届いたお触れを師匠に渡す。



「んん、なんだねこのペラ紙……。妖精は第一王女殿下の客人だから丁重に扱えぇ? はぁん?」

師匠の顔が乾燥させた薬草みたいな渋面になった。


「捕まえんかったら良いのだろう? 聞けばその妖精、光の粒子をバラ撒いておるとか。その粒子だけでも集めて研究すれば、ワシの時代が始まるやもしれん」


「本気ですか? 師匠が欲望丸出しのときって、だいたい悪いことになるんですよね……」


「ではお前はいらんのかね? 妖精の鱗粉と言えば様々な書物に伝説的な素材として出てくるほどだぞ。今までは眉唾と思っておったが、妖精が実在するとなると話は変わってくる。あれら架空の薬品が実現できるやもしれん」


「そりゃボクだって見たいですよ。でも王女様の客人に手を出したらマズいんじゃないですか?」


「何を言うておる。舞い散る鱗粉をそっと採取するだけだ、本体に手など出さんわい」


 何も問題ないだろうと師匠がふんぞり返る。でも、まあそうか、舞ってる粉を採取するだけなら文句も言われないのかな。



「でも何処にいるかわからないんでしょ? ボクは受付にいますから、見つけたらボクも呼んでくださいね」


 まさか妖精なんて本当に見られるとは思っていなかったボクは、いつもどおり業務を開始した。するとそこに妖精が出たんだ。


 うわ、本当に妖精だ! すごい、薬師からしたら妖精なんてもはや伝説だ。おっと、早く師匠を呼んでこないと、これで師匠が見られなかったら愚痴じゃすまされないよ!

ボクは急いで2階に駆け上がった。


「し、師匠っ! 妖精! 妖精が出ました!!」


「な、なにぃ~っ!? どこだね、ワシの素材はっ!?」

「ほ、本当なのかいっ?」

「私も見たいですっ」


ボクが師匠を呼ぶと、その場にいた全員が反応した。


「い、1階に、妖精がでました」


「よし、行くぞっ」



 でも、ぞろぞろと皆で1階に戻ったときには妖精は居なかったんだ。


「おらんではないか! どこだ、どこに行った?」

師匠に胸倉をつかまれた。


「し、師匠、落ち着いてください、苦しい……」


「マスター、落ち着いてください。とりあえずまだ街にいるということは分かりました」

「そうです、冷静に情報収集すべきです」


「う、うむ。そうだな。それに、まずは戻って準備をせねば」


 師匠はボクを解放し、2階へ上がっていく。皆もそれに続いた。

それからボクらは、妖精の鱗粉を採取する器具の準備や、捜索範囲の担当決め、その間の業務交替シフトなどを話し合った。そうして、よし動くぞってときに妖精が床から現れたんだ!


「あっ!」

「妖精!」

「おおっ、あれが!」

「ワシの素材!」



「皆さん、落ち着きましょう。ゆっくり、ゆっくり近づくんです」


 ボクの声に皆うなずいてくれた。よーし、ゆっくり……、ゆっくり……、あっ。


 ボクたちが近づいたことで妖精が飛びすさった。鱗粉が舞ってる!


「おおおおお、逃すな、1粒たりともっ」

「うひょひょひょ!」


 舞ってる鱗粉を慎重に採取瓶で確保していく。ああ、瓶を近づけるとその影響で鱗粉が追いやられるから……、なかなか難しいなっ。よし、採れた。まだある、よーし……。



 そうして舞っていた妖精の鱗粉を採取できた後、まだ妖精が飛んでいることに気付く。


「おい……、まだいるぞ」


 まだいける。舞っている鱗粉はしばらくすると自然に下に落ちてくるようだ。ボクたちは採集瓶を妖精の下で構えた。あ、動くなって。



「あーっ! ワシの素材がっ!」

そこそこ採集できたとき、妖精は外に飛び出して行ってしまった。



「くっ、まぁ良いだろう。だいぶ集まったからね」

「そうです、これだけあれば様々な研究ができますよ!」

「俺、妖精の鱗粉の記載がある文献を洗い出してきますね!」


 皆興奮状態だ。妖精の素材で調合できるんだ、ボクだって興奮していた。


 そして皆忘れていた。冒険者ギルドのサブマスターからの頼み事を……。


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