010. 犬と紅茶
私が鳥籠に入れられてすぐに銀髪ちゃんが走ってきた。
そしてなにやら騒いだ後、メイドさんは鳥籠の扉を開けてそのまま胸の高さあたりまで鳥籠を掲げた。
これはどういうこと? 鳥籠は銀髪ちゃんの方へ差し出されている。
つまりアレか? ペットからご主人様へのアピールタイム? なるほどこうしてはいられない。私はちんちんのポーズで従順さを精一杯アピールした。銀髪ちゃんを見つめ瞳うるうる攻撃を発動する。仰向けに寝転んだ方が良いだろうか?
銀髪ちゃんは私に指を出してきた。これはアレですね、分かります!
お手! 私は右手を銀髪ちゃんの指に元気よく乗せた。
どうだ……、伝わったか? 私の渾身のペットアピールが。これほど忠実な犬はなかなかおりませんよ、わんわん。周りに集まっていた人たちも固唾を呑んで見守っている。
首を傾げられた! 通じてない!? おかしい、おかしいぞ。こんなに可愛い妖精さんの涙目うるうる攻撃を食らって平静でいられる筈がない。
……いや、待って。私は自信満々に自分が可愛いと思っていたけど、よく考えたら自分の顔がどんなか知らないぞ? もしかしてブサイクなの!? いやまて落ち着け、たとえ不細工でも ぶちゃカワ枠を狙える筈だ。諦めるな。
銀髪ちゃんの指がわずかに左に動く。分かりますよ! おかわりですね!
私はすかさず左手を乗せた。
しばらくの沈黙、私は判決を待つ……。
すると周りにいた人たちが、どんどんこの場を去っていった。これはどういう判定!? 成功? 失敗!?
銀髪ちゃんと近くにいた金髪兄さんが話し合いを始めた。この金髪兄さん、銀髪ちゃんによく似てるね。兄妹かな?
金髪兄さんは突然叫んだり窓辺に走ったり戻ってきたりと情緒不安定だ。ヤバい、あんまり関わり合いにならない方が良いかもしれない。
鳥籠を掲げたままのメイドさんや、私に魔法をぶつけたおじゃーさんも、たまに発言している。
そうして鳥籠メイドさんの腕が限界にきたとき、ようやく話し合いが終わった。
プルプルしていて鳥籠ごと私も揺れるから大変だったよ……。
金髪兄さんや、おじゃーさんたち魔法使いと別れ、銀髪ちゃんと鳥籠メイドさんと他の数人のメイドさんとで、豪華だけど質素といった矛盾しているようでしていない絶妙な部屋に移動した。
この部屋に到着するまでの廊下での会話で、アシェールラという単語がよく出てきていた。ははぁん、これはあれだ、ペットの名前相談だね! たぶん新しくペットになった私の名前を考えていたんだろう。私に向かって話しかけるような仕草をするとき、言葉の先頭にアシェールラと付くことが多い。きっと私の名前はアシェールラに決まったのだ。王家ペットの地位獲得である。最早将来安泰と言っても過言ではない。
ところでこの鳥籠、下側の床部分はふわふわの座布団が敷いてありなかなか居心地が良い。和風じゃないから座布団じゃないんだけど、西洋風の座布団、何て言うんだろ。
上からは止まり木として輪っかが吊られていた。この鳥籠に入っているのが小鳥なら、小鳥がオシャレな輪っかに止まって可愛く見えるだろう。しかし入っているのが私だと、まるで首吊りロープだ。これは後で撤去しよう。
鳥籠メイドさんは鳥籠をテーブルの上に設置した。そのまま鳥籠を置くんじゃなく、この鳥籠を吊るす台のフックに掛けた。きっとこの鳥籠専用の設置フックなんだろう、材質が同じで装飾も花が付いており似た雰囲気となっている。
揺れる。私がちょっと動くと揺れるよこれ……。そのまま鳥籠をテーブルに置くだけで良かったんじゃないかな。でもあれか、王家のペットだ。ゴージャスさが必要なのかもしれない。王家の忠実なペットである私は甘んじて受け入れる他ないね。
そんなことを考えていると、鳥籠メイドさんは紅茶を2つ淹れてきた。1つは銀髪ちゃんの前に、もう1つは……、む、これ私用か? アシェールラと私の名前を呼んでいるから私のなのだろう。
ようやく! ようやく私は甘味にありつけるのだ! ひゃっほい! 私はテーブルのティーカップまで飛んで行った。
しかしここで問題が発生する。でけぇ、でけぇよティーカップ……。どうやって飲めと言うの? おそらく私のことを考慮して小さ目のカップを用意してくれたんだろう。人間サイズとしてはかなり小さめな白い陶器の金縁柄のカップだ。取っ手が付いているけど持ち上げられる筈も……、あ、持ち上げられる、というかモノを浮かせることができるわ私。すご。
よしよし、これでやっと飲めるぞとティーカップを浮かせて傾かせ始めた時点で私は気づく。これこのまま傾けたら滝になんじゃん! きっと私は紅茶を全身で浴びることになる。やば、気づいて良かった。
私は自分サイズの小さなティーカップを作り、人間サイズのティーカップから紅茶をすくった。
……? なんだこのティーカップ、無意識に作っちゃったぞ? どうやら私は様々なモノが作れるらしい。なるほどなるほど、でも今はいいや。そんなことより紅茶なのだ。
私は自分サイズのティーカップを作ったことでようやく紅茶を飲めなかった。
ティーカップを普通に傾けても紅茶が出て来ないのだ。というか丸くなってる。なんだこれ、まさか表面張力か? おのれ物理法則、どこまで私を愚弄するのだ! しかたなく私はティーカップに顔をつっこみ紅茶にクチビルを付けて吸い取ることにした。
熱っつ! いやいやいやいや、紅茶に顔つっこんだら普通に熱いわ! 銀髪ちゃんやメイドさんたちが残念なモノを見る顔で苦笑している。この世界にSNSがあったら、私はおバカペットとして拡散されていたかもしれない。よかった中世、愛してるよ中世。……ないよねSNS?
その後私は服を脱がされ採寸された。なになに? 服でも作ってくれるの? さすが王家、ペットにも服を用意するってことね。
結局私は紅茶を飲めないまま、1日を終えるのだった。
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