第4話
六鎮貴族たちが予測したウンガル人の侵攻時期は年明け。小麦が育つ頃に襲いかかってくるとのことだ。
それに備えてベルンハルトは動き出していた。これまでにない敵の大軍を相手とるにあたっては往年の戦術はほぼほぼ意味をなさないだろう。だから彼はリーダーシップをとってある作戦の立案に忙しく働いていた。
「よし、クロスボウの性能は十分だな」
「ははっ、何挺ほど必要なのでしょうか」
「千はいる。あればあるだけいい」
「えっ……もう三ヶ月もありません。無理です! そんなには作れません」
「死にたくないならやれッ!!」
「ひぃぃ!!」
ある技術者に怒鳴りつけるベルンハルトはとても公爵家の子息とは思えないほど粗野に染まっている。だが辺境も辺境のまつろわぬ人々を一つの権力の下従わせるにはこれくらい勢いがなければならない。ただでさえ子供だとみくびられているのだから。
そんな様子をフィリアは温かい視線で眺めていた。工廠に響く金槌の音はすべて敬愛するご主人の手によって生まれたものだと知ると喜びが止まらない。信じられないほどの成長に改めて忠誠心を自らの胸に植え込むのである。
ところで、あれをやれこれをやれだのと口汚く騒いでいる理由はなぜか。ここで職人たちが作っているのは歯車やハンドル、精緻な技術を必要とする製品だ。組み合わせるとクロスボウという兵器が出来上がる。ベルンハルトが思うに最強の対騎馬兵器だ。
兵法家が言うには騎兵が強いのは機動力が高く、さまざまな方面からの打撃を加えられるからだと言う。その上遊牧民が強いのは一番速い乗り物に乗って一番遠くから攻撃できるからだと言う。
ならばその動きを止め、より遠くから攻撃をし続ければ遊牧民はただのかかしである。六鎮貴族との会合でそのように主張したのは他ならぬベルンハルトである。半農半牧の騎馬軍団を有する彼らにとって正面から戦うことは誇り高い行為であって受け入れ難いところがあったが、それが故に彼らは受け入れたのだ。
ウンガル人の強さを血脈に刻み、弓の強さを思い知っているからこそいたいけな少年の提案はとても魅力的だった。フィリアの思惑としても追い返すだけでいい戦いで無用な血を流し、ベルンハルトの目的を果たせなくなるのは本末転倒であるから直接戦闘は避けねばならないことだった。
昼夜を徹して行われるクロスボウ製作の監督の一方、彼は実際の戦場の整備も監督していた。現地民の経験をもとに最も適切であろう場所に砦を築き、兵力差をものともしない防衛線を作ろうとしている。
「この川を渡れる場所はいくつある。」
「下流と、上流の方に一つずつございます。まあ、大体は下の方を使うことが多いですがね。」
「そうか……橋がなくても渡れる川なのか?」
「いいえ。冬は雨が降ります。春先であれば問題なく渡れますが、水量が増えると苦しいでしょう。ましてや軍隊が何千騎も渡るとなれば無理ですなあ。」
「ではのちに橋を落としてしまおうか。フィリア! この旨伝えておいてくれ。」
「はい!」
「ああ、それでだな、まだ続きが……」
地理詳しい商人の言葉を信じてベルンハルトは山や丘、川や谷の情報を集める。主戦場にはすでに塹壕と土塁の建設が始まっており、既存の弓兵も合わせれば十分勝算のある戦いだと考えている。
この建設計画は意外なところで六鎮貴族を驚かせた。騎馬兵を防ぐのには逆茂木や一番有効なのは城壁を築くことだ。何かしらの障害物をおいてやることで機動力を削ぐことができる。ただそれには時間と金がかかりすぎるし、やはり現実的ではない。
というのでベルンハルトが採ったのは壁を高くするのではなく堀を深くすることだった。積み上げるよりかは掘り下げる方が楽であろう、と。その上掘り出した土は土塁として設置すれば二倍の防衛効果をもたらすことができる。
こういうことは素人から見ると少しのことではあったが、プロフェッショナルを驚かせるには大きく、幼いと侮られていたベルンハルトに対する評価を改めさせるに十分な打撃を与えたのだ。これで後腐れなく戦功を分捕ることができる。一兵も一銭たりとも出さずに彼は栄光を手にしようとしていた。
職人たちの作るクロスボウは次々と選りすぐりの兵士のもとに渡り、日夜猛訓練が施されていった。同様に六鎮は独自の情報網がウンガル人の大侵攻の情報をキャッチしたため、徴兵と防衛軍の編成を急ピッチで進めていた。総勢四万の軍隊がベルンハルトとその同志のもとに集結することになった。
かくして因縁深き遊牧民との覇権を決する戦いの幕が開けたのである。
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