第3話

「そんなこんなで来てしまったな。ハイメルレ辺境伯の屋敷まで」


「びびっている暇はありませんよ。これで全部決まります。公爵様を倒す第一歩です。何も恐れる必要はありません。私にお任せあれ」


 驚天動地の策を思いついたフィリアに煽られてベルンハルトは現地の統治をほっぽり出してまで六鎮の一つ、ハイメルレ辺境伯の邸宅を訪れていた。名目は新領主の就任の挨拶回りーー領主自らというのはあまりないがーーということだったが、フィリアが腹に抱える考えは初対面に振る舞うにはいささかくどいものだ。


 当主カールは彼らを追い出したり邪険に扱う必要もないので面会を許し、屋敷まで通すと思いのほか賢そうな二人の少年少女に驚きを覚えた。


「貴公が男爵か。ラインハルト閣下の弟君であったな」


「はい。色々あってここを治めることになりました」


「今日は私に話があるということだったが、一体何を聞きたい。其方のような都生まれ都育ちには難しい風土だが、これも友誼の縁と思ってなんでも聞いてくれるといい」


 ベルンハルトはフィリアに目配せして戦端を開いた。六鎮の中でもわざわざこの男を最初に選んだのは領地が隣だからという偶然だけではない、比較的知的で話の通じる人間だったからだ。裏を返せば口達者を抑え込む必要があったが、切れるカードは何枚もある。


「其方は?」


「ベルンハルトさまの女中を務めておりましたフィリアと申します。かつては子爵の娘でしたが今では……」


「悪いことを聞いた。それでは話してくれ」


「承知しました。私が調べたところによりますと閣下はラインハルトさまをあまり快く思っておられないのではありませんか」


「どういうわけか。帝国第一の忠臣ビューロー家を疑うことなど私には……」


「昨年川の使用権をめぐって争いがあったそうではありませんか。日常茶飯事とはいえここではあの公爵様が実権を握ってからのことです」


「むぅ。其方、何者だ」


「しがない女中にございますれば」


 武闘派で帝国随一の軍事力を誇る六鎮の一角を相手にひけをとらない舌戦を繰り広げるフィリアは小さな体とは引き換えに大きな雰囲気を纏っている。カールは面倒な知り合いを思い出して、本腰を入れて聞かねばならないと気持ちを改めた。


「そういう関係だとご推察致しましたので本日は参上したのです。こちらにも友誼の品がございまして」


「見せてみよ」


「こちらです。先日執務室の引き出しで見つけたものです」


「こ、これはまさか!! 奴らが全面攻撃を仕掛けて来るではないか!!」


「そうです。公爵は自らの欲望のために閣下とベルンハルトさまを犠牲に、あまつさえ守るべき民さえも犠牲にしようとしているのです。なんたる悪党!」


 芝居じみたフィリアの台詞回しにベルンハルトは感嘆し、カールは焦りを覚える。六鎮の存在意義を知らないラインハルトの慣習破りには眉を顰めてきた彼らだが、こればかりは許せなかった。


 六鎮は旧アーセナル王国の軍事貴族の生き残りで、強大な武力の保持と引き換えに北方遊牧民との戦いを押し付けられた貴族の総称だ。互いに仲がいいというわけではないが、一度遊牧民が襲いかかれば団結して防衛戦を繰り広げるため、未だかつて大規模越境を許したことはない。


 だがそれも帝国という国の権威あってのこと。遊牧民が本気になって全軍を繰り出してくれば彼らとて勝つ自信はない。宮廷での影響力を増しているラインハルトはその気になれば本当に北方への無関心を貫けるだろう。そうなれば、彼の一人勝ちだ。


「其方の望みは何か。これほどの情報を我々にもたらすということは代償を必要としているのだろう」


 女神のような微笑み、悪魔のような要求を突きつける。


「ベルンハルトさまに力を貸していただきたいのです」


「力を貸す、とは?」


「この防衛戦での名声をベルンハルトさま一人に引き受けていただき、機会を待って公爵を討つことです。


「大それた計画だな。勝算はあるのか?」


「無論。勝つつもりしかありません。来年にも公爵は弟のことなど忘れて勢力維持に全力を注がねばならなくなるでしょう」


「なるほど……よろしい、私は力を貸そう。ここで奴を合法的に討てるのならこれほど良いことはない。人の庭を勝手に踏み荒らしたことを後悔させてやる」


 フィリアはその言葉を聞いてにやりとし、密かに作戦の成功を告げる。ぞっとするような笑みを受け取ったベルンハルトは自分の番が回ってきたと思い、ずっと黙っていた口を元気に開き、カールとの会話を続けた。


 彼らが聡明さを示せば示すほど利益にめざとい六鎮貴族たちはベルンハルトを信用するようになる。そう分析したのはフィリアだったが、当のベルンハルトも遊牧民を倒す一手を練っていた。戦いは彼女の領分ではないが、彼の領分ではある。兵法は貴族の一員として嗜むべきものだ。


「ベルンハルト殿、あとのことは私に任せたまえ。他の奴らは私が説得しておこう」


「ご助力感謝します。互いに、目的を果たせるように努めましょう」


「ああ、その通りだ」


 ベルンハルトは爵位と復讐を、カールは領地の保全と鬱憤晴らしを、である。

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