第8話 男が廃る!
【視点:アーシア・ライディン】
「ねぇ、この花ってなんて言うの?」
「え、なんて?」
「だから、この花ってなんて言うの?」
と僕の後ろを歩いてたユカちゃんが指で指していたのは木に咲いている花だ。木に咲いてるのは白く見える桃の花。これを見ると目の前にいるユカと同じ肌のような桃色だった。これは僕が小学四年生の冬頃の話。僕のクラスに新しい転校生がやってきた。可愛らしい女の子だった。その女の子が今、僕の目の前にいる女の子、佐藤ユカちゃんである。僕のクラスメイトの佐藤ユカちゃん。人形のような黒髪に頬が薄桃色に染まっていると見て分かるほどの肌で大きい体をした人がすっぽり覆い被されるほどの細い体型をした少女。秋田という田んぼだらけの田舎(と友達から聞いた街)からこの都会の街、東京にやってきたのだ。理由は両親の転勤らしい。ユカちゃんに対する僕から見る初対面の気持ちはすごく大人しい少女だった。誰よりも優しく接せる。まるで天使のような人だ最初はと思った。
だが、そんな細い体である外見からでは分からないぐらいの走りが早い運動系の少女だった。その影響のせいかクラスのみんなはもちろん近所の小さな子供達からは大人気。そこら辺の男よりも頼りになれる事で皆からは《ユカの姉御》と呼ばれ親しまれてた。それにはもちろんのユカちゃん本人も認めた呼び名であるのだ。この人気は五年生に変わった今でも衰えずに変わりはしなかった。僕は正直なところ人気者のユカちゃんの事が苦手である。それは僕達、男よりも頼りになる事はその一つでもあるが一番嫌だなと思ったのはユカちゃん自身が分からない事があればすぐに僕に聞くことだ。確かにユカちゃんは田舎から都会に転校したのだからまだ慣れないと思うのは確かなんだがそれにしては慣れなさすぎるのだ。例えば砂糖を食べたことがないとか跳び箱をしたことがない。そして、今指で指している木に咲いてる薄桃色の花、ソメイヨシノという桜を見たことがないなどと、どれくらい彼女が田舎暮らしの世間知らずなのかが僕やクラスの皆でも分かるほどだ。
「……見たことがないの?」
「うん」
とユカちゃんは桜を見つめる。
「ソメイヨシノと言う桜だよ。見たことがないの?」
「えーと、あー、あー。ソメイヨシノ!それだ!忘れてた!」
「……はぁ…」
まさかこんな花も忘れるとは。この子の忘れん坊もひどいな。これは誰もが知ってるユカちゃんが運動系以外に他のことがある。それはこのユカちゃんは僕が見た中で一番ひどい忘れん坊なのだ。
ユカちゃんはたまに忘れん坊な事がよく起きる。たまにだがすごく忘れん坊の少女なのだ。例えば、箸の持ち方とか鉛筆の使い方とか所々で忘れる事が多い事だ。なんといかにも天然的な要素部分はなんだろうか。これは演技なのかそれとも元々なのかも分かんない。そういうところでは男子が一番人気の秘訣でもあり彼女の虜になれる特徴の一つなのだ。一部の女子は恨まれるが。これで運動系であるのがもう彼女の事がもう訳が分からないよ。
するとユカちゃんが土にあった短い枝付きの桜を拾った。付いてた土を桜が吹かれないように手で払い、僕の方に近づいてきた。
「え、何なに!?」
「動かないで」
何が起きてる事が分からないまま硬直する僕はユカちゃんに何かされると思い目を思いっきり瞑った。だが、殴ることはなかった。蹴ることもなかった。一体何が起きたのかも分からないのだ。
「うん。似合ってる」
とユカちゃんの声が近くに耳元に聞こえた。やばい。マジでヤバい。これをクラスの男子に見かけたら地獄まっしぐらだ。すると後ろから気配がした。ユカちゃんだ。ユカちゃんが僕の髪を触っているのだ。
「このままゆっくり進んで。目はそのままつむるように!」
いや、この状況を分かって言っているの!?でも、進まないといけないよな……。僕はユカちゃんの従いに歩いた。一歩、一歩ずつ。ゆっくり歩く。ずっと目を瞑ったままだったからかどこに向かってるのかも分かんない。すると、目的の場所についたのかユカちゃんが僕の体を引き止めた。
「ほら、目開けて」
僕は目を開けた。開けたら先が眩しすぎたせいで僕は何度も瞬きをした。次第に眩しさに慣れたおかげか僕はゆっくりと目を開けた。開けてみるとそこには鏡があった。鏡を見るとなんと僕の髪が弄られてた。特に右の方が髪が耳にあげて土に落ちてた桜を髪留めのように添えていた。
「えへへ。どう?可愛いね」
「……」
「え?なんかあった?」
「何してんだよ、お前!」
と僕は思わずユカちゃんを突き放した。その時の僕は顔を真っ赤にしぷるぷると震えらせ、どんぐりを頬張った栗鼠のように頬を膨らました。こんなにも女の子を切らしたことはないのに……。
__まさかコイツ、分かっててやったな!
そう、僕は昔からよくみんなに顔、体つきから女の子ぽいと言われることがありまくったのだ。一応、男としての体力もついてるし勉強だそこそこの程度だ。男の子ならみんなやってる兵隊ごっこだってやってある。なのにそれに対してユカちゃんは僕にはやってはいけないことをしたのだ。
「僕が男だって分かってんのか!?」
「でも、あなたは可愛いよ。私より」
「それ、本気で言ってんのか!?」
「うん」
__コイツゥ……
僕のどんどんと顔を赤くする。そして、改めて分かったコイツはめちゃくちゃすごい世間知らずなのだと。さて、この世間知らずをどうすればいいのだろう。僕は一度冷静になって腕を組んで考えた、この世はそんな風に田舎で暮らしてたお前とは違うという格の違いを見せつけてやりたい。
「……だけど可愛いよ。君」
「え?」
やばい。全然聞き取れなかった。だけど、また、『可愛い』と言われたのも変わらない。僕は俯きまた頬を膨らました。
「だから」
とユカちゃんがタッタと足音を立てて僕の顔に近づかせて両手で僕の顔を強制に目の前に向けた。
「ふぇ、ふぁになに?」
と僕が戸惑うとユカちゃんが顔に近づかせてこう言った。
「私、すごく可愛くてかっこいい男子は見たことがないんだ。だからこの桜の髪留め、あげる」
と悪意のない笑みを見せた。そのせいで僕はまた赤くなった。これは怒りの赤ではない。惚れてる赤なんだと。そして、また新たなことが分かった。いや、確認した。ユカちゃんは本物の天然であること。
「あ、真っ赤だ。真っ赤」
ユカちゃんの悪意のないからかい上手の笑みが僕に撒き散らす。僕はさらに真っ赤になる。すぐに顔から湯気が出てきてそうだ。
「でも、本当のことだよ」
「え?」
と目の前を見ればユカちゃんはくるっと一回転して僕の方を見た。
「私は他の男の子よりも好きな人初めてなんだ。ずっと前から言ってみたかったんだ。「大好きです。」って」
「え…それって……」
「そう…」
とユカちゃんは両手を後ろに組んで僕に向かって言った。
「私はハヤテ君のことが大好きです!」
「……!」
僕の名前である《ハヤテ》を聞いて僕は目を開いた。ユカちゃんの声と顔からしても本当の事なんだと。桜はニヤニヤをするかのように花びらを参らせる。初めてだ。女の子に告白したのは。しかも、まるで父さんの書斎にある小説に出てきそうな告白だった。……ん?僕はある事に気づいた。ユカちゃんがよく口にする《ある事》を…
「ま、待って!」
「ん?」
「まさか、僕の告白のために東京弁を練習したの!?」
「うん。頑張ったことがあった!」
そう、秋田弁を言ってないこと。ユカちゃんはよく秋田弁らしい(?)分からない言葉を言う。例えば近所で飼っている鶏のひよこをみたら『ぴよご』を言ったり、
「だったら他の人でも…」
「んなのうだでぇ。おめだげがおべでほしぇ《君だけが知ってほしい》」
「え!?なんて?」
「教えね」
「はぁ!?」
「ほら、先さ行ぐよ《先に行くよ》」
「あ、待って」
とユカちゃんは走った。僕よりも早い足で走った。僕は早く走るユカちゃんを追いかけるように走った。これは本当の事が聞きたいことで追いかけてるのではない。ただ、嬉しかった。そりゃ確かに女の子に告白されるのは嬉しいのは男子にとっては嬉しいことだ。けど、ユカちゃんのようなクラスの人気者に告白されるのは普通の人に告白されるのと二倍ぐらい嬉しいの事なのだ。でも、告白されたことの無い僕にとってはそれはどうでもいい事なのだ。何故かすごく心が軽やかな気がするのだ。僕はユカちゃんの背中を見ながら走った。とても嬉しかった。告白されるのが。僕の気持ちは嬉しいの有頂天の気持ちだ。
あの日までは……
その日は日が少し暮れた頃だ。僕は普通にいつも通りにユカちゃんと一緒に帰っていた。実は僕とユカちゃんは家が近いのだ。そのせいで僕に羨む男子が多々いる。例えば
「おい!お前!ユカちゃんと好きとか言ってねぇよな!?」
と他クラスの人に聞こえるぐらいに大声で怒鳴ったり。下駄箱から藁人形っぽい謎の草人形が置いてあったりとほとんどいじめらしい事をされてる。しかも、これがユカちゃんが僕の家近くと聞いて以来、毎日と。でも、それは仕方がないと他の人には思われるが僕にとっては嫌な事だ。
「もう、本当にしつこいなんだから」
「そう……ごめんね。私のせいで…」
「いいよ。これは運だから」
すると
「ハヤテ」
と女性の声が僕の名前を言われてるのが聞こえた。僕は前を向いた。そこには青の網代の柄を来た女性が僕達を待ち構えるように立っていた。しかも僕がよく見かける顔だった。
「お母さん…」
「ハヤテの母っちゃ…」
と、僕の声とユカちゃんの声が一致だった。ユカちゃんでも知ってる人だから。そう、僕のお母さんだった。いつも僕の食事のために日々家の庭にある畑の野菜を育ててるために目の前のような綺麗な着物は着替えずモンペという服装で着て畑を耕してトマトやサツマイモ、カボチャやニンジンなどを育てていたのだ。この日本が頑張ってアメリカという強い敵と戦って戦時中なのに何故かいつものモンペという服ではなかった。何故だろう違和感がくるのは。いつものでは無いと引くのは。
「ハヤテの母っちゃ」
「あ、おい……」
と僕より先にユカちゃんは母さんに近寄った。まぁ、僕以外に母さんに懐いてきたのはユカちゃんだしな。
友達からの風の噂だとユカちゃんの母さんはすごく危なくとんでもない商業をしているらしいとかしてないとか。その影響のせいかユカちゃんには母さんへの愛情がないとあるとか……。まぁ、これはあくまで噂だが。母さんはユカちゃんが走ってきたのが分かったのかユカちゃんの目線に合わせるように腰を下ろした。
「どうしたの?ハヤテの母っちゃ。何がえ事あった?」
「あ、うん。ちょっとね」
ん?僕は分からなかった。それは母さんの服装からも分かるがその表情からしても僕にとっては大変なのかが分かった。僕も近寄るように歩いた。
「何かあったの?」
と僕が質問した。僕が話しかけた途端にユカちゃんの頭を撫でた母さんは気づき僕の方に顔を向けた。母さんの顔はユカちゃんに微笑んだ笑顔とは真逆の悲しみの顔だった。僕はすぐに確信した。これは僕にとってとてもではないが只事ではないことを。母さんはユカちゃんの頭を軽く叩き僕の方に体ごと向け直した。
「おかえりなさい」
と腰を下ろしたままそっと優しく僕の頭を撫でた。すると
「お、やっと帰ってきたか」
と母さんの後ろから洋服姿のスーツでおしゃれな帽子を被った男の人が現れた。その男の人に僕は驚いた。
「と、父さん!?」
僕は男の人に向かって走った。
「父さん、父さんだよね!?」
「ああ、ただいま。ハヤテ」
と微笑み僕の頭を撫でたのだ。
「ハヤテ、この人、君の父っちゃ?」
「うん、そうだよ……僕の……父さんだ…!」
僕は嬉しさで涙が出そうなせいか目を擦りだした。そう、この人は僕の父さんだ。父さんは僕が幼い頃にこの日本のために世界へと戦いに行ったのだ。その父さんが今、生きている。この僕の目の前に。
「ハヤテ、嬉しい?」
と後ろからユカちゃんが僕の顔を覗かせた。そのユカちゃんは姉かと思われるぐらいな微笑みだ。僕はそれを応答するように出てきた涙を拭い頷いた。
「うん、嬉しいよ…」
と僕は今日いっぱいの笑顔だと思う。家に帰るまでは。
「それじゃあね。父っちゃにいっぱい甘やがすんだよ」
「うん。さようなら」
とユカちゃんは暗くなる前の自分の帰る道に向かった。少し寂しそうな背中を見せながら。そういえば……僕は気がついた。今、ユカちゃんは帰っても一人なんだと。
父が幼い頃に亡くして母は…まぁ、お仕事をしていて朝まで居ないってユカちゃんが言ってたし。いるとしたら近所の強面顔のおばちゃんが何度も顔を覗かせたり、ユカちゃんのために煮物を持ってきてくれるだけでユカちゃんの家には入ってないのだ。確かユカちゃんは言ってた。おばちゃんが持ってきた煮物はすごく美味しいと。とある日の帰り道で。寂しさが隠れてない笑顔で。つまり、今まで何度もユカちゃんの寂しそうな背中を後ろ姿を僕は見ていたのかと改めて思ったのだった。
「そうだった…ユカちゃん……家に帰っても一人なんだよね。誘ってみる?今なら…間に合いそうだよ…」
「うん……。でも、それだとユカちゃんが迷惑になりそうだし……」
と僕と母さんが困った顔を合わせて話していると
「そんな事よりも飯だ。もう作ってあるのか?」
「でも…」
と父さんは脱いだコートを下に落とし僕達に顔を見せた。
「確かに母さんとハヤテの気持ちはすごく分かる。が、ユカちゃんもハヤテと同じ十一だ。一人で出来る事が多くなる時期でもある。一人でこの世の中を察せれる事も……多いからな……」
と、この主として威厳を発してた顔から俯きだし同情したような悲しそうな顔へと変わった。
「それよりも飯だ。飯」
と落としたコートをコート掛けに掛けて台所に向かった。と台所に向かう前に父さんの足が止まった。すると今でも苦しそうな声で言った。
「それに二人には話が……」
「?」
母さんが父さんの顔を覗かせようとしたが、それに気づいたのか父さんは自分の顔を見せないように顔を母さんとは別の方向に向けた。
「とにかく飯だ、飯。母さん、今日は何かな?」
「あ、待ってください」
と父さんの後ろ姿を追うように母さんは小刻みに足を歩かせ台所に向かった。僕はこの場所で立ち尽くしていた。そして、震えがした。すごく嫌な予感がした。何かが引き剥がれそうなそんな気分だった。
「ハヤテ?ご飯、冷めちゃうよー」
「あ、食べる、食べるー」
と僕は足を引つるように歩いた。すごく嫌な予感がしたのだから。
「………」
「………」
「………」
ああ、気まずい……。こんなにも、まずい空気の中で夕食を食べるのは初めてだ。今まで甘かったふかし芋が味がないのが口から感じる。そう僕達は今、居間で黙々とご飯を食べている。父さんは元から静かに食べることがある。それは父さんの父大阪のじいちゃんがよく教わったと父さんが言ってた。それにしては気まずすぎる。母さんも察して静かに食べているが僕はつまらない。いや、逃げたい気分だ。この場から食べた後にでも途中でも逃げたい。父さんの話が聞きたくない。母さんの話でも聞きたくない。そんな気分で逃げたかった。
「ご馳走様でした」
と僕は二人より早く食べた後に両手をパンッ!と大きい音で手を合わせた。頬に米粒が付いたまま即座に食器を片付けて即座に台所に向かった。すると
「ハヤテ」
歩こうとした足が止まった。後ろから声がした。父さんだ。父さんが僕の足を止めたのだ。僕は顔を後ろに向けた。僕から見た父さんの顔は何か覚悟を決めたような顔だった。
「話したいことがある。食器を片付いたらすぐにここに来なさい」
と言った。僕はそのまま受け入れるかのように
「分かった」
と言い、再び台所に向かった。
__………これだ僕は嫌いだ…。
これだから僕は……と僕は何度も責めた。実はこの性格が親にとってはいい事であり僕の嫌なところでもあった。僕は断れない性格であり受け入れるの得意な性格でもある。誰かが頼まれたらすぐに断れないそんな性格が嫌いだ。なんで頼まれたのだろう。断っとけばよかった。と、何度も悔しく責めたの事なのだろう。それに今でもそうだ。嫌な事が起きると思っていてもすぐに断れない。僕はどんだけ断れない性格なのかが分かった。いや、分かりやすいと思えた方が一番いいのか…。ともうこれ以上は考えるのをやめよう。時間の無駄だから。すると
「待って」
とまた後ろから声をかけられた。振り向くとそこには母さんが自分と父さんの食器を持ってきた。
「私も行くわ」
「そう……。父さんは?」
「居間にいるわ。自分でお茶を注いでた」
「昔はやらなかったのにね…」
「何かあったのかと思うけど……本当にあの人は変わった」
と言った直後に
「ブアックッション!」
と父さんが僕達にも聞こえるぐらいに大きなくしゃみをした。僕と母さんは「うふふ」と微笑んだ。なんだか心が軽やかになっていく。悩みもないように軽やかだ。そうだ。父さんは覚悟があるためにここに居るんだ。父さんも男だ。男でなければここに来ることはないんだと。それは男である僕なら分かる。そして、僕も覚悟をしなければいけない。これから父さんが言う言葉を。
食器を片付け終えて僕と母さんは揃って居間に向かった。居間を開けるとそこには父さんがあぐらをかいて座ってた。その姿勢とは真逆に父さんは顔はどこか真剣な顔だった。
「実は父さん、話があるんだ。これはハヤテに関係のある話なんだ」
と罪のある重い顔にした。
__ああ……
僕の嫌な予感が当たった。そして、悟った。父さんのこの命令のために僕達の所に来たのだと。父さんは何か言いたげなはずなのに口が詰まった。
「その……」
「父さん」
「?」
きっと父さんは僕や母さんに迷惑をかけたくないのだろう。だが、
「僕は分かってるよ」
「!」
これが僕が父さんの背中を押せる一言だと。
「僕は平気だよ。父さんも仕方がないと思っているし、それに……母さんも認めてくれるよ」
と微笑んで言った。父さんは母さんの方を見た。母さんの顔は普段の穏やかな顔とは分からないほどの覚悟を決めた顔だ。それを見た父さんはずっと黙秘してた。だが、覚悟を決めたかの顔で前を向いた。
「……本当に言ってもいいのか?」
と父さんは僕に向かって問いた。
「だから言ったよ。僕は、平気だよ…」
「……分かった。それじゃ」
父さんは項垂れるように話してくれた。その話には母さんは目を開いて動揺した。反論は無いが母さんはその悲しそうな目は僕に向けた。これは仕方がない。悲しいのは分かっていた上での覚悟なのだから。僕は受け入れるようにこくりと頷いた。
キーンコーンカーンコーン…
学校のてっぺんにある鐘が寂しさのある僕に容赦なく鳴りまくる。強い音が何度も何度も打ち出すように鳴りまくる。そんな強い音に僕はつまらなそうに腕に机を伏せた。普段はこんなにもうざくなったはずなのに……。だが、これが本当の最後になるとなれば別だ。段々と見れなくて寂しいかのように少し切なくなるように鐘の音が小さく、小さく、小さく、鳴り響いた。この小さくなっていく鐘の音でも僕はうるさいと思えてきたのに……。けど、何故か今日だけは切なくなるのは僕はここを、この東京という都会から、出ていくのを知っていたのかな。
そう、僕は父さんの転勤でここを東京を出ていくのだ。
それには父さんが僕達の家に帰ってきた理由が父さんの利き手である右手、右腕が動かせないこと。そして、これ以上の戦場に行くのは無理だと、上の方から判断が下されたからだ。つまりこれは、父の転勤と同時に、僕の転校も決まったのだ。上からも家族と一緒に行ってもいいだとか。それからは父さんの独断で僕の転校が決まったのだ。
「母さん、ハヤテ、本当にすまない……。俺がもっと伝えたい事を伝えていれば…」
と土下座をしてる父さんは悔しがりそうに歯を食いしばってる。すると、母さんは立ち上がった。威厳の強い顔で
「こぅんの、ど阿呆!これだからあんたは、気が弱いんだ!」
と別の怒りっぽい母さんが乗り込んだかように怒りの眼差しで父さんを見た。これまでに見た母さんの怒り顔とは一線違う。まるで別人のような顔だ。
「本当に申し訳ない。俺だって言うべきだった。だが、これは上の命令で……」
「馬鹿もん!そんなんじゃ、男が廃る!このままだとあんたは、男としての名誉が無くなるんだよ!そして、ハヤテを見習え!ハヤテは今後は戦争として送り込むために毎日、薙刀の練習をしてんだよ!それなのにあんたは何だい!?そんなんじゃ、本当に、男が廃る!」
と母さんがギャンギャンと吠えまくる犬のように喚いた。もう、二時間ぐらいは説教が始まったが結局のこと、呆然とした僕が母さんを抑えてなければ母さんはもっと説教をしまくるのだろう。さらには暴力を振るうことになるだろう。
あれからのこと僕は考えた。昨夜の事を思えば、確かに母さんの言う通りだ。男なら戦場に行け。女はその男を守れるように強い意志を持てと、それがこの日本の状況ですごく一番お似合いな言葉だ。でもまぁ、これは父さんの都合だし、これは仕方がないと思うし、そろそろ草人形をうざくなってきたし、いいかな〜?と思っている自分がいた。「これ以上入れないでくれ」と言ってもそんな願いを聞き入れずに、今度は、草人形と石人形と一緒にを入れるという、どんな神経してんだと聞きたいというほどの、完全にいじめに変化したのだ。これがしてこないのが何よりもの幸運だ。面倒にならなくて済む。
__だけどな………
僕の頭の中ではすでユカちゃんの事でいっぱいだった。ユカちゃん……僕が転校したら、いなくなったらどうなるのかな?学校にはクラスメイトがいるし、その周辺にはユカちゃんを知っている人がいっぱいいるし。ユカちゃんの家近くには強面のおばちゃんがいる。だが、おばちゃんもあれで七十は超えている。これに、たかが近いだけだ。おばちゃんが守れるのかも分かんない。
「どうした?ハヤテ〜。今日は何か気に入らねぇのかよ」
と目の前が白一色になった。驚いて目を開いた僕が目を擦った。するとと目の前に立っていたのは腹がでかくて、目がにやにやしてる少年は、野原ユウ太。この学校一番のガキ大将だ。そして、こいつが僕をいじめる、いじめ組のリーダーである。理由は簡単だ。それはユウ太がユカちゃんの事が好きだからだ。ユウ太にとってユカちゃんはまさに女神のような存在だ。(それって、外見からの影響なのでは……?)
そのせいで、たまたまユカちゃんと同じ住所である僕に近づかせないように、このようにからかい上手の煽りを言ったり、藁人形を似して作った謎の草人形を僕の下駄箱に入れるという謎の行動をしていたのだ。さらには、放課後に僕を強制に空き教室を連れていき、僕に教科書に書いてるやつ全部読ませるという、完全に僕をユカちゃんに近づかせない気、満々といういじめをされている。そのお陰で、この前の国語のテストが百点とれましたが。とりあえずこの太っちょユウ太の野郎が、うざいのは確かだ。
「別に………まぁ、ちょっとな」
と僕がユウ太の目線に合わせずに別の方向を向いた。
「なんだよ、なんか言えよ。それとも、俺達になんか隠し事をしてんじゃねぇの?」
「してない」
「嘘つけ。本当は隠し事してるんだろ?顔に書いてあるぞ〜」
と手を僕の肩において顔を近づけた。本当にこいつは、勘が鋭い。ユウ太は、物事や近所の世間に敏感な奴だ。例えば、もうすぐお米やお砂糖が無くなるとか、僕らの近くでアメリカの攻撃を受けられたという広いところから、近所でお互いに愛し合ってた夫婦が離婚したとか、学校近くの八百屋の大根が、安いという狭いところまでと、とにかく、物事に敏感な奴だ。
「………」
「おい、どうしたのよ」
このユウ太の敏感はその事実を知るためにはどんなことがあっても絶対に聞きに行くのがユウ太の敏感流儀だ。この場合だと人の隠し事だろうがなんだろうが放置が効きやしない。こいつの頭、どうなってんだろうか?一度、頭を穿ろか。だが、そんな事よりもこの状況が先だ。本当のことでも言おうのか。いや……
「別に。ただ今朝、学校近くの子猫が元気になったって聞いて、少し微笑ましかったが誰かさんのせいで憂鬱になっただけだ」
「嘘つけ。子猫が元気になったのは二日前だ。今じゃ、そこら辺の家を歩き回ってるぞ」
「ゔ」
__まじで鋭い!
本当にユウ太は勘が鋭いと改めて思った。これは……本当の事を言わなければいけないな……。
「……転校」
「え、何て?聞こえない」
「………転校だ。」
「は?誰が」
「僕がだ。親の都合で僕は転校だ。」
「え?まじ?」
「ああ、そうだ。昨日、父が戦争から帰ってきてな、そのため別んとこで良かったな、これで恋の邪魔者がいなくなったぞ」
「嘘……」
とユウ太は信じられないほどなのだろう。僕も同じだ。でも、これは事実だ。ていうか、なんだその態度は?愛しのユカちゃんのために家が近い僕を虐めたくせに
「何があったのよ。馬鹿ども達」
とつり目の少女が現れた。僕達を蔑むような目で見つめて。
「なんだよカナ子。おめぇに関係ねぇだろ?」
「だって気になるわよ。二人の話が気になっているもん」
彼女は 水島 カナ子。口や目は悪いが根はいい子な女の子だ。彼女の両親はすでに共に他界して、今は親戚の家で住んでいる。その親戚は老いてるじじばばしかいないからカナ子、一人で家事をしているらしい。だから、そのせいで母のような優しい性格をされている。それに僕がされているいじめを全力で庇ってくれる子でもある。本当に優しい子だ。見知らぬ僕に庇ってくれたのだから。
「ねぇ、ハヤテ君どうしたの?この馬鹿にいじめて無いんでしょうね」
「こ、今回はやってねぇよ。それにハヤテが……」
「僕、転校になったの」
「え…」
「……ほーら、だから言ったでしょ。これ以上いじめてたら、ハヤテが転校になるって!」
「だって本当になるとは思わなかったし……」
「それでも、いじめはいけないんだから!」
「まぁまぁ、」
どうやらユウ太はカナ子の注意事がまさか本当になるとは思わなかったのだろう。だから僕が転校だって聞いたとき動揺したのか。これは納得した。そりゃそうだ。本当の事だから。それをユウ太は全然気にせず、いじめてしまったのだから。
「これは親の都合で転校になってしまったんさ。だからいじめのせいじゃないから……」
「でも一番、不憫になるのはあなたよ。ハヤテ。そんなんだと後悔しちゃうんだから!」
確かにここで一番不憫なのは僕だ。でも、この場合は……。僕は鋭い目を動揺するユウ太に向けた。僕を見たユウ太はビクッと驚いて
「あ、あ……」
とこの光景で察して謝るのだろうと思った。その時
「申し訳ありませんでしたぁぁ!」
と土下座で謝ってきた。まさかのことに僕は驚いた。普通はお辞儀のように頭を下げるのかと思いきやまさかの土下座。これは笑い物になると思うがこれは違う。多分、僕達を蔑む罠だと僕は思った。
「あんた、ふざけてんの!?ハヤテ君がどれだけ悲しんでるのか分かる!?」
「分かってるよ!でも、本当になるとは思わねぇだろ?それにこれは嘘だと思うだろう。なぁ、ハヤテ…」
とこれはカナ子の言う通りだ。まぁ、予想はしてたがやはり、これはおふざけであった。そのようか嘲笑う目をしても無駄だ。僕は首を横に振った。これは冗談ではないと。僕の素振りを見たユウ太の顔は段々と青ざめていく。本当の事だと知り今までのおふざけが本当には出来ないと絶望したのだろう。同時に取り返しのつかないことをしたのだから。すると
キーンコーンカーンコーン……
と僕がユウ太に、改めてお灸を据えようと思えばそれを無視するかのように、予鈴が鳴り始めた。僕は何事も無かったかのよう顔を机に伏せた。寝たふりをしたのだ。何事も無かったかのように。それを見たカナ子は「はぁ……」とため息をついて。自分の席に座った。ユウ太も立ち上がり自分の席に座ったのだ。そして、教室の玄関から先生が入ってきた。
「えー、日直は……」
先生は黒板を見た。今日の日直が「起立!」と僕達を席を立たせる。これまでの当たり前の日常が今日で終わる。これが終わるというのになんだか寂しい気になる。僕は俯いては傍にある窓を見つめた。
夕方の帰り道だ。僕はいつも通りに誰にも邪魔されなずに一人で帰ろうとしてると
「ハヤテー」
と後ろから女の子の声がした。ユカちゃんだ。ユカちゃんが僕を追いかけてこっちに走ってきたのだ。「はぁ、はぁ……」と息を切らしては立ち直りすぐに手で持ってた鞄を担ぎ
「行こっか」
と笑顔で歩き出した。
「あ、ユカちゃん……」
「ん?」
「いや、なんでも……」
そのユカちゃんの行動に僕は心配した。それは今日の朝会のことだ。先生が僕の転校を伝えた事でみんなはびっくりはしたが同時にユウ太への痛い視線を浴びた。
そんな中、ユウ太への痛い視線を浴びてなかったのは、ユカちゃんなのだ。ユカちゃんはユウ太に視線を浴びせることをせず、ただただじっと俯いて寂しそうに悔しそうに手をぎゅっと拳にしながら座ってたのだ。そして、今でもユカちゃんはきっと悲しんでる。まだ、そう思ってるのかな?と僕が後ろからユカちゃんの様子を伺うと
「ハヤテ、
「あ、いや、なんでもない……」
何を言ってんだ僕。ユカちゃんが後ろを向いて本当の事を言える絶好の機会なのに……。それ以来、無言のまま歩いてとうとう僕の家の前に着いてしまった。僕は家の前でそのまま立ち止まった。これが最後だから。これ以降にユカちゃんと一緒に行けるのが最後なんだから。
「それじゃあ、ハヤテ、
とユカちゃんはハッとする。僕と一緒に行けるのがこれが最後だとのこと。ユカちゃんは気まずそうに挙げてた手を下ろした。僕の顔を見ずに顔を俯きだした。……これは、むしろ機会があるのでは?と僕は勇気を出すように手で拳を作った。
「あ、あのさ……」
「ん?」
僕の呼びかけにユカちゃんの顔が俯いた顔が一気に前を向いた。僕はビクッとした。こいつ、意外と表情を次から次へと変えまくってると、改めて思う。そして、本当にこの子がこの後にやっていけるのかが心配になってきたのだ。
「ねぇ……」
「ん?」
どうしよう。思ったより言葉が全然出てこない。言え、言えよ……僕!と何度も何度も責めても言いたい言葉が出てこない。すると
「なんか言いたいことあるなら早く言ってみて」
僕はハッとした。横を見るといつの間にかユカちゃんがいた。ユカちゃんが心配そうに様子を伺ってた。これが最後の機会だ。
「あ、あの……!」
「うん……」
「さ、寂しくないか……?」
「………え?」
「僕がいなくなったら寂しくないのか?」
「!」
ああ……やっと言えた……。僕は第一に安堵した。何せ本当に伝えたいのが言えたのだから。それにそれに対するユカちゃんの反応が見てみたかった。これは、単なる興味ではない。ユカちゃんの本当の気持ちを知るためであるのだから。ユカちゃんの反応に困ったのか一時的に俯いた。何故か首を横に振った。そして、
「ううん。平気だよ」
「え……」
と笑顔で言った。少し寂しそうな笑顔で。
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