第9話 守れなくてごめんね……
僕は唖然とした。それはユカちゃんが寂しくないということだ。声からも言葉からも嘘偽りのないように聞こえる。それに僕はすごく驚いた。どうして、寂しくないのかと。さらに言えばすごく心配してるのである。
「で、でも……ユカちゃんは本当に大丈夫なのかよ。」
「うん。先生や皆がいるから。平気だよ」
「そりゃ………そうだけど………」
突然に僕の口が篭ってしまい、顔を俯いてしまった。確かに僕がいなくてもユカちゃんは生きていける。それはユカちゃんの言う通り、皆がいるのもその一つだ。それに僕よりも先に一回り大人なんだ。見た目が子供でも中身は立派な大人なんだ。僕は悔しんだ。そして、改めて思う。ユカちゃんはもう立派な大人なんだと。
「それに……」
「え?」
何故か自然に俯いた顔がユカちゃんに向ける。僕にはもう、期待などはしてないのに。何せ、ユカちゃんは………先程と言う通りにユウ太やカナ子、皆がいる。それに先生もいる。でも、何故だろう。そのような過度な期待はないはずなのに……。けど、ユカちゃんの顔は笑みから悲しい表情に変わってた。涙が出てきそうな顔だった。
「どうしたの?」
と僕は顔を覗かせると、ユカちゃんの頬から涙が流れていた。なんとも言えない表情で。いや、悔しい顔だ。ユカちゃんは涙を流しながら訴えるように言った。
「ううん……、なんでもない………ぐずっ、本当に……なんでもないから……なのに……なのに……ずぅっ」
とユカちゃんは手で涙を拭った。何度も何度も涙を拭っても涙は止まることを知らずにそして、僕は自然とユカちゃんの背中を摩ってた。ユカちゃんは今日ずっと僕の転校を告げてから我慢してきたのだと。だから、ユウ太を貶すよりも先に悔しさを滲ませてしまったのだ。僕はなんて事をしてしまったのだろう。好きになった女の子を泣かしてしまったのだ。それにもしも、僕の転校が嘘であればユカちゃんは泣かずにすましたのに……。僕は悔しさを滲ませるように歯を食いしばった。そして、この選択に悔やんだ。もっと考えていればよかった。もっと父さんや母さんより先に行動しとけばよかった。でも、それは前の時間に戻ればの話だ。そんな都合のいい話なんてないのだ。僕が後悔の海に浸っていると
「……ありがとう。もう、平気だよ」
「あ、うん……」
と僕は背中を摩るのをやめた。ユカちゃんの顔は何か決心をしたかのような顔だった。すると、ユカちゃんは僕に数歩程度で離れて背を向ける。今にでも口が篭もりそうな声で秋田弁を使うことなく
「それに……ハヤテには、頑張ってほしい。私みたいに……きっと上手く行けるように!」
と悲しみを隠せられないくらいの笑みを僕に見せつけた。
__ああ、ユカちゃん……本当にお前は………
その顔を見て、僕は今にでも泣きそうになってしまった。この原因はユカちゃんのせいなんだから。ユカちゃんは自分の気持ちより先に僕の気持ちを優先したのだ。なんにも言えず。ただ黙って、誰にも自分の気持ちを言わずにここまで我慢したのだと……。僕がずっと籠もると。
「じゃあ、ハヤテ………。向こうでも………頑張ってね」
とユカちゃんは迷いのないようである、寂しそうな背を向けて歩こうとした。このままでは、何も言えなくなってしまう。しかし、
「ま、待って!」
僕の大声でユカちゃんは驚き、後ろを向いた。二度目だが、このまま言わないままなのは本当に嫌だ。言わないと、何も済まないと僕の気持ちが固まった。そんなんじゃ男が廃る。
「あ、あの……」
「どうしたの?」
__一体、何を言おうとしてるのだ?
僕は大声で出したせいか言う内容を忘れてしまった。だが、丁度に言える内容が、会話を繋げさせる、話せる内容があった。
「て、手紙!」
「え……」
「手紙、出すから!き、君が寂しくないように……」
また、口が篭ってしまった。僕はなんて事を……。と一人で思うと
「………本当?」
「え?」
僕は俯いた視線を上げた。ユカちゃんの顔は目を輝かせた。まるで希望が見えたかのようなそんな顔だった。ユカちゃんはゆっくりと僕に近づいてきて
「手紙出すの、本当?」
と真相を確かめようとした。僕は一瞬だけ迷った。だが、これは嘘じゃない。それだけだ。なのに何で迷ってた僕が悪いだろ。僕は俯かけた顔をユカちゃんに向けた。顔はゆっくりとユカちゃんの方に向いては頷いた。
「本当だよ。僕は君に……ユカちゃんに手紙出しとくよ」
と覚悟を決めて言った。聞いたユカちゃんは本当のことだと知っては、僕でも見えるくらい瞳孔が開いた。そして、
「~~~~っん!」
と僕から離れては嬉しみの舞を踊った。彼女の顔は頬が赤く、まるで嬉しさの頂上に登っているかのようだ。そして、息を荒らしながら
「
「は、はい!?」
と、怒涛の早口の秋田弁で何を言ってたか分からなかった。
「ちょ、落ち着いて……って、うわぁ!」
ユカちゃんは僕を両肩を揺らしながら、早口で秋田弁で言ってきたのだ
「ハヤテ、ハヤテ。ほんにどうも!おいが
「いや、落ち着けー!とりあえず落ち着けー!」
と僕は思わず、勢いよくユカちゃんの両肩を揺らした。
「あわあわあわわ……、はっ!私は何を…」
「いや、あれは無意識だったの!?」
と僕は突っ込んだ。だが、何故か安堵した。なんだか、いつものユカちゃんなんだなと思うとなんだか、ほっとする。
「そ、それに、ほんにありがとう」
「?それ、もう、聞いたよ」
「ううん、そうじゃないの」
「え?」
とユカちゃんはまた一歩、離れては優しさのある笑みを出し、
「ハヤテは本当に、おいのこと好きなんだって」
「え、まさか……」
僕は多分さっきよりも大きい声で言った。
「まさか、試したのか!?」
「ううん。全然違うよ。正しくは確認がしたかったの」
と笑みの顔のまま俯いた。両手を胸においては
「それだけで嬉しぇの……ハヤテが好きだってこと!」
「………!」
ユカちゃんはくるっと一回転しては僕にいっぱいの笑みを見せた。そのせいで僕の心が動いきまくった。さらに顔を赤くなった。
「じゃあ、手紙、待ってるね」
とユカちゃんは手を振って笑顔で走っていった。嬉しいさを変えた背を向けて。その後ろ姿に安堵したのか、僕は微笑ましく思えた。
また、改めて思う。言って……良かったなっと思ったのだった。
それから遠くに引っ越した直後に僕は手紙を出した。毎日、毎日、ユカちゃん達が心配しないように『元気にやっているよ』『今日はこんなことがあって……』とか面白い手紙を出し続けた。ユカちゃんもそれに応用するように『元気でやっているよ』と可愛らしい文字で描かれていた。ユカちゃんの手紙だけじゃない。ユウ太もカナ子も皆、僕に手紙に出してくれたのだ。僕って、こんなに愛されてたっけ?と思うくらいの字数に数枚の手紙が郵便箱に入ってたのだ。ユウ太の方からは明らかに強制に書かされているが。これには父さんも母さんも大賛成してくれた。
母さんがこう言った。
「手紙には人の思いが詰まっている。だから、字数が多ければ多いほど思いが詰まっている。さらに『愛』の文字をあると本当に思いがあるよ」と。
確かに母さんの言う通りだ。ユカちゃんには『いつも、あなたを想っているよ』とか『愛してる』
といつ覚えたかも分からない、とても恥ずかしい文字が、書き込まれてるのだ。誰だ、この純粋の子にでも、嬉しかった。
僕はこんなにもユカちゃんが好きでユカちゃんも僕の事が好きだと言うことを。だとすれば、これでは僕がユカちゃんのことを独り占めをしているではないか。僕はそう思いながら微笑ましく手紙を出してユカちゃんの手紙を待っていた。
だが、そんな時間はそうそうに長くは続かなかった。
それは、ある日の事だった。
「え?僕が……戦争に?」
「ええ……、あなた宛からよ」
と母さんは悲しそうに赤い紙を僕に渡してきた。これは月一に、いや、もう一方的に僕が手紙を出していた頃だ。その頃は、きっとユカちゃんと忙しいと思い丁度、今この手紙を最後にしようとした時の頃だった。赤い紙
「それで……いつ、出発するの?」
「明日に備えようにね……。本当に行くの?」
「当たり前だろう。それが日本の義務だろう。」
「そうだけど……」
母さんの気持ちは分かる……。数日前、父さんが死んだ。米国の航空機によって。その訃報で母さんは僕よりも悲しみ、以降は僕をより優しくしてくれた。ずっと前からも優しいのに。母さんはそれほど僕を戦争に行かせたくないのだろう。でも、これを無視したら違反として捕まえられる。それに父さんはこの日本のために戦ったんだ。だから
「母さん……僕は行くよ」
「え、でも……」
「気持ちは分かるよ。でも、僕は戦うよ」
それは男としての意義でもある。そのために僕は毎日に戦うための練習をしてきたのだ。
__それに、ユウ太やカナ子、そして、ユカちゃんも戦っている。
この今、この手紙が届かなくなったこの時代に、もう終止符を打てるのなら……
「僕は戦うよ。皆が幸せになれるように……」
「!……ハヤテ!」
母さんは僕をきつく抱きしめてくれた。これが最後になるかもしれないからだ。もう、離したくないように。離れないように。でも、今は甘えてはいけない。それがこの日本なのだから。
それからのこと、僕が戦争に出て、数ヶ月後のことだ。戦争が終わり数日が経った頃だった。ボロボロに疲れ果てて帰りである故郷に帰ろうとした僕は東京の駅で一休みをしてた。母さんが待っているのに足の力が入らないのだ。そして、青空を見ながら一言呟いた。
「父さんの言う通りだ。やはり戦争はしてはいけないことだったんだと」
ここを離れた直後、父さんが何度も言われた。
「戦争はしてない。人が悲しむだけの事をしまくる。そんなところで何度も人は行われた。戦争は悲しませることが出来る劇場だと」
と重たい背中で向かせながら言った。その時の父さんの顔は、憎しみと悲しみという複雑な顔に見えた。それは父さんの話を、重く聞き受け流した僕なら分かる。目の前で消えていく仲間と同僚、先輩の散り様。そして、目の前を通りかかった誰かの分からない方足を。
「ゔぅ!」
思い出した直後に吐きたくなり手で口を抑える。これはまずい、と思い、即座に駅から離れ家と家の隙間に入りそのまま吐いた。何度も何度も脳裏に焼き付けられた残酷な風景。落ち着けられる。ようやく深呼吸でも落ち着けられるようになると。
「あ、あれ……」
力が抜けたせいで、膝が一気に崩れかけた。逃げたい。怖くなり逃げたいのに、膝が、体が言うことが聞かない。これは、助けなかった僕への罰なのか?すると、
「だ、大丈夫か?」
と僕のせいで立ち止まったのか横に立ち止まった人がいた。立ち上がりを手伝うような手を出して。
「ああ……ありがとう」
僕は受け入れるように手を受けいれた。やっと力を入れて立ち上がることが出来た。すると
「も、もしかして……まさか……ハヤテか?」
「え?」
思わない言葉に僕は目を見開き、俯いた視線を上げた。よく見ると、見覚えのある目元のホクロがあった。そして、喉仏があるし。それに見覚えのある髪型だった。
「ま、まさか……ユウ太?ユウ太なのか?」
「あ、ああ……本当にハヤテか?」
僕は嬉しさのあまりに激しく頷いた。体は太みから細身になっているがユウ太がいたのだ。ほとんどのクラスの皆の訃報が聞く中、唯一全然聞いてないのがユウ太だった。
「まさか、生きていたなんて……」
「何だよ。この俺だぜぇ。それにしてもお前は何だ?相変わらずドヨドヨの顔だなぁ」
「悪いな、そのドヨドヨ顔で」
「なはははっ!」
言動も相変わらずだと思うと、なんだかほっとした。
「でも本当に心配したよ。お前何してたんだ?」
「俺もお前と同じ兵士やってたぜ。今は辞めて職を探してる」
「へぇ……そうなんだ」
直後に兵士を辞めるやついるんだ。僕が感心するとある事を思い出した。
「そうだ!カナ子とユカちゃんはどうしてるんだ?元気にしてる?」
「えっ」
とその言葉を言った直後に突然にユウ太の足が止まった。何故か意外な質問だったのだろう。いや、これは普通の質問なのに……。カナ子とユカちゃんの訃報は風の噂でも聞いてないし、しばらく手紙を出してもない。だが、ユウ太のその顔は戸惑っている。何かあったのか?と、首を傾げると
「あれ?ハヤテ?」
と後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。一番、聞きたかった声だった。僕は後ろを向いた。後ろを見ると黒く長髪の女性が立っていた。
「ま、まさか、ユカちゃん?」
「え、ええ……」
ユカちゃんだ。相変わらず、いや、より一層に美しくなっている。まるで窮地に現れた女神のようだった。僕は一歩近づいた。一歩ずつ、一歩ずつに、行った。だが、対するユカちゃんは何故か引きづってた。何で?こんな事はなかったのに……と僕はまた近づこうとしたら
「ま、まて、ハヤテ……」
と何故かユウ太が止めてきた。僕は何かあっただと感じ近づくことはなかった。
「何かあったのか?」
「そ、それが……」
ユウ太は何故か
「ユカ」
「?」
と僕はユカちゃんの名を呼んだ人をみる僕らよりも体格がいい人だった。しかも、その人は僕らが負けた白い肌をした外国人だった。だが、僕は理性を保った。これは冷静しなければいけないのだと。
「ナニヲシテイル?」
「え、ええ……友達と話してた」
「ソウ……」
意外と無関心なんだな。と、僕はじっと見てみると外国人は視線に気づいてニヤリと笑った。すると外国人はいきなり突然にユカちゃんの腹を触ってきたのだ。
「んな!?」
「ちょ、何やってんですか!?」
と顔を赤くして腹を触った手を払い出す。対する外国人は
「
とカナ子は赤くしながら首を横に振ったのだった。
「い、今何て言ってたんだ?」
「さぁ、俺でも……」
「ああ、キミたちはシラナイヨナ。ボクタチ、フウフ、デス」
「え……」
僕は思わず声が出てしまった。
「な、なんと……」
「ボクはサイショ、カノジョにテイコウサレタノサ。ダガ、イマはコンナニ、アイをツクッタノサ。ハグクン、デル」
とまたユカちゃんの腹を触ったのだ。
__…………え?嘘?
一瞬で僕の頭が真っ白になった。僕は自然と視線をユカちゃんに合わせた。ユカちゃんは僕の視線に気づき、気まづそうに視線から外して頷いた。僕は思わず膝が崩れそうになりかけてた。本当だと言うことに信じたくなかった。例え、何かの予感に当たっても。これだから嫌な予感は当てまくられるのだ。
「お、おい。冗談だろ?な、なぁ、ユカちゃ……」
「本当だよ」
と僕は目を見開いた。そのユカちゃんの顔は惚れられた少女のようだった。とユカちゃんは普通に標準語で流暢に話し出した。
「彼に無理矢理やらされて、この
何故だろう。段々と嘘偽りのない言葉が聞こえてきた。
「ユ、ユカちゃん。何で……?僕は……」
と僕はユカちゃんに問うた。けどユカちゃんは悲しい顔をしては
「………ハヤテ。もう、遠回りしすぎだよ。もう、遅いよ……。もう、いいよ。あっちに行ってよ」
と冷たい声で無慈悲の言葉を放った。その言葉で僕の何かが壊れた。そんな気がする。しかも一瞬で。砂のように。
「さァ、ユカ。カゼにアタルダロウ?ソロソロ、モドロウ」
と外国人は優しい声でユカちゃんに上着を着させた。
「ええ、ありがとう……」
と僕に放った冷たい声とは裏腹に優しい声で言っていた。ユカちゃんは僕を見ないように振り返らず、ゆっくり歩いていった。
「そういえばカナ子は?」
「……死んだよ。空襲を受けて……な」
「そうなんだ………」
と俯き破られた手紙を見下ろした。
「結局、女はみんな強え男に惚れるんだよ。ユカちゃんのように、カナ子もそうだった」
と僕は視線をユウ太に向けるとユウ太は視線を気にせずに語り続ける。
「カナ子も中学時代にケンジという俺より強い男がいてさ、運動もいいわ頭もいいわでみんな惚れてたぜ。カナ子も。そして、ユカちゃんも……」
とユウ太はポケットにある煙草を取った。
「多分、その時だと思う。ユカちゃんがお前に手紙を書かなくなったのは……」
「……」
「悲しくないのか?」
僕は首を横に振った。ユウ太は察するように背を向けた。
「そっか……まぁ、お前、感情は顔に出さないよな」
「まぁね……悲しいのは悲しいよ…」
「そうなんだ……。」
僕は持ってた鞄を担ぎ直して駅に戻ろうとした。一新するように
「もういいのか?」
ユウ太が心配した。僕をこんなにも心配してくれるのはすごく嬉しいのだった。ユウ太もユカちゃんも元気で居られれば僕はそれだけで嬉しい。その心が何故か一線になったのだった。
「ああ、大丈夫だ。ユウ太もユカちゃんも元気で居られればそれだけ充分だ。それにもう諦めたし」
「そうなんだ……じゃあ、元気でな」
「ああ……お互い様な」
と僕とユウ太は手を振って互いの道を歩みだした。……これでいいんだ。僕は心の底から思いだした。ユカちゃんは僕よりもあの外国人の方が幸せになった方が充分だ。例え初恋の人と感動の再会を果たしても
『………ハヤテ。もう、遠回りしすぎだよ。もう、遅いよ』
__ああ、本当に………ユカちゃんの言う通りだ……。
どうやら僕はずっと遠回りしてきてしまったのだ。もし、あそこで反論しても、これではユカちゃんに我儘を言ったのと同じではないか。だから、僕は昔も今も、相変わらず子供だ。ただ単にまっすぐの愛を求めてきた子供ではないか。逆だ。この場合はユカちゃんが愛を求めるほうだろう。今を思えば僕は有頂天に上りすぎてしまったのかもしれない。それはユカちゃんがこんなにも苦しませたのだと。つまり、ユカちゃんからすれば僕はお荷物でいらない者なのだと。どうやらずっと想っているのだと思い込んでたのは、僕の方で対する、ユカちゃんはもう僕の恋心に飽きてしまったのだと。
__…………僕の気持ちが最優先しすぎたみたいだな。僕はきっと、疲れたんだ。この気持ちを先に言えなかったから。
『もう、あっちに行って……』
けど、あの言葉には嘘偽りのない言葉に聞こえてたのは何故だろう。悲しい顔なのに……。僕は劣ったのかな?
「………あ、あれ?」
目が痒いのか手を拭うと手には水が付いてた。そのせいで立ち止まった。そうか、僕は泣いてんだ。でも、これは僕のせい。僕のせいなんだ。僕がユカちゃんを守りきれなかった。僕はまた後悔の海に浸った。そして、帰り際に何度も何度も心の底から謝った。負けて、ごめんね。助けなれなくて、ごめんね。守れなくて……ごめんね。
「う、うう……ん?」
僕は目を何度も瞬かせた。目の前に見えたのは薄汚い天井だった。
__ああ、これは夢か…。
僕はむくりと起きた。今日はなんだか気持ちがいい。昨日、人を殺したのに……。通りで複雑な気持ちだ。複雑な心境とも言える。そして、改めて僕は思った。ここは戦争があった後の日本ではない。あの世界とは全く異なる世界なのだ。そう思うとなんだか複雑だ。僕はため息をつくと扉を開ける音が聞こえた。開けた人を見ると、血を浴びられたせいで乾燥で髪がボサボサの少女……いや、今水で浴びて、髪が水浸しの黒髪の少女がいた。
「たしか……君は……」
「お、おう、起きてたか」
と床に落とされてた布を取り、髪を雑に拭いた。あーあ、美しい髪がもったいない。と思っていると
「もう、大丈夫か?」
と少女は心配そうに言った。
「うん。大丈夫だよ」
僕が頷くと少女は意外そうな顔になり
「そうか……」
と気まづそうになっていた。
「それじゃ、俺……私、下にいるから……」
と少女が扉を閉めようとしたとき一瞬、あの姿が重なった。
「ユカちゃん!」
「は、ファイ!?」
と思わない大声に少女は反応して振り返った。驚いた顔で僕を見た。
「ど、どうした?しかも、泣いてるぞ?」
「え……ほんとだ」
と手に水らしき痕があった。すると少女は察してその辺の毛布を僕に巻いた。
「な、何を…」
「いやぁ、何か………そんな、気がして…」
「別に泣いた後だし、泣いても平気だし」
「そんなんじゃダメだ」
「え」
と僕が首を傾げると少女は自慢げに言った。
「父ちゃんに言われたんだよ。前世の方の父ちゃんで『泣いた後は大丈夫なように毛布か何かを被せとけ』ってな。まぁ、その毛布かどうかは分からんが……それでも、泣いた後は一旦落ち着けってことだ。まぁ、要するにだけど」
と安心するようかのようにニカッと笑った。何故だろう。笑顔が何故かあの子に似ている。何度も人を殺してでも助けられてばかりなのに。前世で裏切られ、もう見たくない笑顔なのに。何故か安堵がする。
「さてと……」
と少女は立ち上がった。
「私、これから下で外に行くための準備するけど……あんたはどうする?」
「僕も行きます。気になるので……」
「おお、即答。じゃあ、一旦落ち着かせたら下に来いよ。」
少女は扉を手に置いて行こうとした寸前。
「あ、そうだ。そうだ。」
少女は僕の方に視線に向けると
「今後は君じゃなくて、シェリアって呼んでいいよ」
と少女…いや、シェリアはそれを言った直後に扉を開けたまま、下に向かって走り出した。そのシェリアを見送った僕は一度落ち着かせるために三角座りをした。
「何でだ?何でだろう?」
僕は疑問に思った。昨日、会ったばかりの少女であるシェリアを惚れてるのは。馬鹿か僕は。これが強いものに惹かれると言うのか?僕は男なのに……。けど、彼女はユカちゃんに似ている。でも、あれはもう思い出したくないのに……。本当に。黒歴史なのに……。もう、女を恋しないと誓ったのに……。でも、心臓の音がすこし早くなっている気がする。
それにしても、彼女に羽織ってくれた毛布がこんなにも………暖かいのは何でだろう。
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