第77話 戦場
この現代に於いて、
では、
だからこそこれまでの六家は、対立こそすれど表立った抗争に至ることはなかった。互いに意見の食い違いはあれど、実力行使に踏み切ることはなかった。裏で暗躍することはあっても、全戦力を投入しての正面衝突など一度も行われなかった。そのうえ、今回の一件の中心にいるのは『あの』天枷だ。つまり今の状況は、この国始まって以来の一大事と言えるだろう。
そんな六家同士の戦いは、一体どうすれば決着がつくのだろうか。答えは簡単、相手の頭を取ればそれで終わる。互いの所在は割れているのだから、本拠地に乗り込んで当主を捕縛するなり殺害すればいいだけだ。
しかしその単純な事が難しい。いくら戦争状態にあるとはいっても、国家間のそれとは違うのだ。一般市民を巻き込んでしまえば、それは家同士の争いの枠から逸脱する。そうなれば当然、他勢力の介入も免れないだろう。如何に六家といえど、所詮は国家の一組織でしかないのだ。相手の支配地域だからといって、無差別に街を攻撃するなど出来るはずがない。そうである以上、桂華本家の周囲にある山間部が主戦場になるのは、至極当然の結果であった。謂わば数ヶ月前に行われた対抗戦、その最終日に行われた『殲滅戦』の実戦版といったところだろうか。
「思っていた以上に、数も戦力も充実しているわねぇ」
「はい。押してはいますが、想定していた以上にしぶとく立ち回られています。こちら側にも負傷者が多数出ていますし、状況は見た目ほど良くありません」
「これが平地なら、話はもっと簡単だったのだけれど」
現場で指揮を執っているのは天枷神楽。当主である凪に代わり、天枷家の実務を一手に引き受けているS級
そんな彼女でさえも、桂華本邸の堅牢さには舌を巻いていた。相手方の
そうして天枷の者達が地形に苦戦している中、勝手知ったると言わんばかりに立ち回る桂華家の
個々の実力では上回っている筈なのに、数と立ち回りで拮抗に持ち込まれてしまう。そうしてのらりくらりと攻めの手を受け流され、戦況は膠着気味となっていた。山に火を放てれば楽なのだが、当然そんなわけにもいかない。唯一、一般市民に配慮する必要がないことだけが救いだった。
「戦力を集中して突破するのは如何でしょうか? 命じて頂けるのであれば、必ず抜いて見せます」
「あなたの実力を疑うわけじゃないけれど……あちらも主力は温存しているでしょうし、それはまだ早いわねぇ」
「ですが……このままでは我々のほうが先に潰れます」
「どうかしら。城を落とすには三倍の戦力が必要なんてよく言いますけれど、籠城している方もそれはそれで消耗するものよ?」
天然の要害とも言える山と森林、防御に徹してこちらの消耗を待っている敵。神楽の言う通り、今の状況は攻城戦に近かった。違う点があるとすれば、これは古の戦争ではなく
しかしそれと同時に、何かきっかけがひとつあるだけで今の状況は簡単に覆る。
「正直に言えば、もっと簡単に潰せると思っていたけれど……それでも、まだ焦る時じゃないわ」
そう言って部下を諭していた時だった。指揮を執る神楽の元へ、一人の
「報告します! B6地点にて、こちらの部隊が敵の奇襲を受けました! 手段は分かりませんが、またもこちらの探知を潜り抜けた模様です! 負傷者多数につき、応援を送られたしとのことです!」
こうして桂華本邸を取り囲んでから、もう何度目かになる負傷者の報告。その度、相手はどういうわけかこちらの探知を潜り抜けてくる。発現例は非常に少ないはずだが、もしかすると管理局には未登録の
「一体どういう絡繰なのかしらねぇ……いいわ、近くの部隊を回して頂戴。撤退を支援しつつ、そのまま持ち場を交代するように。新しく空いた穴にはC隊を回しなさい。そろそろ治療を終えた頃でしょうから」
「はっ!」
神楽の指示を受け、足早に去ってゆく部下。それを一瞥することもなく、神楽は戦場となっている森を睨みつける。その瞳は今までの優しげなものとは異なり、酷く鋭いものであった。それは対抗戦の折、娘をおざなりに扱った従者へと向けた瞳と同じ。まるでゴミでも見るかのように冷たい眼差しであった。
「この期に及んでまだ理解していないのか、それともあの子を甘く見ているのか。果たして、決着を急がなくてはならないのはどちらなのかしらね」
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