第65話 現界
「負傷者は医務室へ!重症者は八月さんのところに回せ!」
医療棟での戦闘後、モニカやメルヴィン達と各々のホテルで別れた樒の部隊は、現在日本校のホテルへと辿り着いた所であった。
『橙』の援護射撃によって事なきを得た彼女達だったが、ほぼ全員が少なからず負傷している。手を貸してくれた縹純麗嬢には傷ひとつなかったことだけが救いだろうか。
指示を出し終えた樒が、純白に抱きつかれたままロビーの隅にへたり込む純麗の元へと歩み寄る。憔悴した様子の純麗が樒に気づき、首に純白をぶら下げたまま慌てて起立してみせた。
蘇芳樒の部隊は『軍』の中でも精鋭中の精鋭だ。その存在は一般にもそれなりに知られているし、『軍』を目指す学園生達は当然彼女のことを知っている。中でも隊長である樒は現在の『軍』に於ける、いわばエースのような存在だ。純麗が緊張するのは無理もなかった。
「縹嬢、礼を言わせてくれ。手を貸してくれてありがとう」
「い、いえっ!私はそんな・・・」
「謙遜しなくていい。学生の身でありながら良い腕をしていた。君が居なければ死人が出ていたかも知れない。我々は君の勇気に救われたんだ」
「私は、その・・・何も出来ないのは、もう嫌だっただけ、ですから」
「ふむ・・・そうか。君は良い支援要員になりそうだ。『軍』に入った時は是非ウチに来てくれよ」
樒がにやりと笑いながら投げた言葉に、純麗は慌てた様子を見せた。普通に考えれば社交辞令のようなものであるが、緊張して余裕の無い純麗はそれを真に受け、ただ狼狽するばかりだった。
「え!?あ、あわわ!いえ、私はその、まだっ」
「フフッ、まぁ気が向いたら思い出してくれ給えよ。ではな」
そう言い残し、純麗に背を向け隊員達の元へと戻ってゆく樒。その後姿からは、数多の戦場を駆け抜けた者にか纏えない独特の気配が感じられた。残された純麗はといえば、すっかり弛緩してふにゃりと表情を崩している。
「・・・ふぁ~緊張したぁ。怖いというかなんというか、とにかく緊張したぁ」
「まぁ『軍』のエースですもの。無理もありませんわ」
「そういえば純白ちゃんは平気そうだったねぇ」
「純麗さんはお忘れかもしれませんけど、わたくし達はもっと凄い人に訓練してもらってましたわよ?」
「確かに・・・そういえば禊さんは?」
警報が鳴ってからこちら、純白と純麗は各々戦闘を行っていた。
短時間とは言え
「分かりませんわ。わたくしは朝から出かけていましたから、今日はまだ一度も姿を見ていませんわね」
「私も朝から医療棟に行っていたので会ってませんね・・・大丈夫かなぁ」
「純麗さん、一体誰の心配をしていますの?あの方が何と呼ばれているか忘れましたの?」
「・・・まぁそうだよねぇ」
思い直した純麗が
二人が思い描いたのは『災禍の緋』と呼ばれ、つい先日から巷では『魔王』などと呼ばれている彼女の姿。そんな彼女のことだ、自分達如きが心配などするだけ無駄だと、他でもない自分達が良く知っている。
「きっとそこらじゅうで
「あはは、確かに」
などと笑いながら想像を膨らませる純白と純麗。
もしもこの場に彼女がいれば『私を何だと思っているのかしら』等と言われているだろう。二人は本気で戦う彼女の姿を見たことが無かったが、それでもそんな光景が容易に想像出来てしまう。
そうして二人が、今は姿の見えない彼女に思いを馳せているときのことだった。ホテルのフロア内に再び警報が鳴り響き、樒の部隊が慌ただしく動き始める姿が見えた。ホテルに避難している学生や教員、大会スタッフ達が、一体何事かと彼等に注目する。樒の元へと報告に来た通信兵は気が動転しているのか、一般人が居ることも忘れ、周囲に聞こえる声で報告を始めてしまった。
「隊長!本局からの連絡です!会場北部の森林地帯にて新手の
「バカかお前は!周りを見ろ!それと報告は簡潔に!」
「も、申し訳ありません!!」
「はぁ・・・それで、何だというんだ。さっさと報告しろ!」
「はっ!!現界したのは
その報告を聞いた、否、聞いてしまった全ての者が言葉を失った。
『天魔』とは、過去にたった3体しか確認されていない
一度目はアメリカ北部で。二度目はイタリア南部で。そして直近となる三度目はオーストラリア東部で。現界すると同時に移動を開始した『天魔』は、都市に甚大な被害を与え世界中を恐怖に叩き落した。当時討伐に当たった『六色』の二人を犠牲にして漸く討伐することに成功したそれは、まさに災害だった。
ただでさえ圧倒的な身体能力とパワーを持つ
誰一人として声を上げることが出来ない中、蘇芳樒は大きな溜息を吐いて通信兵の頭頂へと拳骨を叩き込んだ。
* * *
壊すことに理由などなかった。
殺すことに目的などなかった。
ただそういう風に生まれただけで、生まれた時からそうだったと言うだけの話だ。
ただこの世に生まれた時から、胸の内に湧き上がる抑えられない衝動に突き動かされるのみだった。自分が何者なのか、何のために生まれたのか。それすらもどうでも良かった。
己の中の何かが『壊せ』と叫ぶのだ。己の中の何かが『殺せ』と叫ぶのだ。
生まれたその瞬間、『獲物』が何処にいるのかがすぐに理解った。何故それが獲物なのかも理解らぬまま、しかし本能に従って駆け出した。
自らの身体の動かし方など考えるまでもなく知っていた。どう動かせば物を壊す事が出来て、どう動かせば『獲物』を狩ることが出来るのか。その全てが最初から理解っていた。
生い茂る樹々を気にすること無く、飛ぶように地を駆ける。
都合のいいことに、すぐ近くで獲物が集まっていることを本能が教えてくれる。回りくどい方法など必要ない。ただ真っ直ぐ、そこに向かって疾走るだけだ。
木をなぎ倒し、大地を抉り、空気を切り裂き、ただ真っ直ぐに全速で。
もう少し、あとほんの少しで餌場へと届く。本能の赴くままに、衝動の叫ぶがままに。未だ経験したことのない事だというのに、何故か己は知っている。ヒトを壊し、殺すその感覚を。
日が傾き始めた頃に生まれた『ソレ』は、ただひたすらに森を駆け抜けた。
そうして餌場へと向かう途中、まるで試用とでもいうかのように、一匹の獲物が森の中に佇んでいるのを発見した。
丁度良い。まさに行きがけの駄賃だ。
まず手始めに、この独りはぐれたヒトから壊してみるとしようか。深く考えることもなくただ本能の導くままに、未だ己に気づかず背を向けたままの憐れな獲物へと『ソレ』は踊りかかった。
それが、『獲物』等ではないということに気づかぬままに。
それが、己と同類のモノであると知らぬままに。
「─────残念だったわね。ここは通行止めよ」
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