第63話 医療棟での戦い

 どうしても倒せない敵が居たとして、それを最も簡単に倒す方法とは何か。


 倒せるようになるまで自分を鍛える?────否。

 綿密に戦略を練って有利に戦う?────否。

 戦う前に仕掛けた罠に相手を嵌める?────否。


 答えは頭数を揃える、だ。

 数は力だ。どれほど実力に差があろうとも、数はその差を簡単に埋めてしまう。一人で勝てないなら二人。二人で勝てないなら三人。勝てるまで人数を増やし続ければいいだけの話だ。損耗を無視するのならば、これほど単純で分かりやすい解決策は無いだろう。


 無論、数を揃えただけでは届かない域に到達した強者は存在する。しかしそんな例外を除けば、圧倒的な物量は時として個の暴力を上回る。戦いの場に於いて、『多い』ということはただそれだけで脅威なのだ。


「隊長!キリがありません!!なんなんですかコレは!?こんなの、見たことも聞いたことも無いですよ!?」


「いちいち言わんでも知っている!!喚いても状況は好転せん!!口を縫い付けられたくなかったら、いいから黙って手を動かせ阿呆が!!」


 対境界鬼テルミナリア特殊討伐部隊、通称『軍』。

 日本境界管理局内に於いて武力を司る彼等は、境界振及び境界鬼テルミナリアから国を守る為に存在している。全国に支部を持ち、境界振が発生する度に多くの隊員達が命をかけて境界鬼テルミナリアへ立ち向かう。


 そんな各支部に派遣されている一般の隊員達とは違い、いま此処で境界鬼テルミナリアの侵攻を押し留めているのは本局に所属する部隊だった。遊撃を主とし、各支部からの支援要請を受け戦場から戦場を飛び回る特殊即応部隊。隊員達は一人残らずエリート中のエリート。実力も経験も、その総てが『軍』の中でもトップクラス。それが彼等だ。


 朝比奈一尉の泣き言に、苛立ちを隠すことなく怒号を飛ばしたのは蘇芳樒すおうしきみ三佐だ。部下が泣き言を零す気持ちは痛いほど理解る。彼女とて、許されるのならばしこたま悪態を吐いてやりたいと思っている。


 境界振予測が外れたことを受けて急行した、ここ医療棟前の広場にて戦闘を始めること数十分。現在、彼等が置かれた状況は非常に厳しい。

 押し寄せる境界鬼テルミナリア一体毎の強さはD~C級程度と、バラつきもあって然程大したことは無かった。だが、徐々にB級やA級まで顔を見せ始めたことで押し込まれ始める。兎にも角にも敵の数が多すぎるのだ。その上減らしても減らしても追加でモリモリと湧いてくるときた。

 既に数体倒しているにも関わらずまるで終わりが見えない。それどころか、心なしか数が増えているような気さえする。如何にS級感応する者リアクターである蘇芳樒といえど、これだけの物量差は厳しかった。


「俺等最近こんなんばっかりスね!!前の京都でもそうだったスけど、地味な癖してクソキツい任務ばっかッスよ!!」


「討伐スコアが増えてなによりだな!!」


「死んだら意味ねンすよ!」


 隊員達が叱責されてもなお軽口を叩くのは、気持ちを奮い立たせる為でもある。苦しい戦いの時ほど軽口は増える。歴戦の感応する者リアクターである彼等だが、絶体絶命の状況など別段珍しいことではなかった。その部隊の特性上、基本的には厳しい戦況の地域に放り込まれることが殆どであるからだ。つまりはいつもの事というわけだ。そんな彼等ですら見たことのない程の数で押し寄せる境界鬼テルミナリアの群れ。視界には常に十体程の境界鬼テルミナリアが映っている。


 彼等が辛うじて戦線を維持する事が出来ているのは、学園の生徒が後方から支援を行ってくれているおかげだ。

 樒は当初、協力を申し出た彼女に対して、要救助対象は大人しくしていろなどと言って拒んでいた。しかし、徐々に悪化する戦況に四の五の言っていられなくなった彼女は手のひらを返した。無論、樒の部隊水準からすれば力不足は否めない。だが猫の手も借りたい今の状況では、それでも大いに助かっていた。


(・・・縹純麗と言ったか。出力は凡庸だが支援の切り替えが上手い。状況がよく見えている。足を震わせていたというのに、存外よくやる)


 部隊に与えられた任務は一つ。医療棟に残った人員の避難支援である。

 こうして境界鬼テルミナリアを抑えている間にも退避は進んでいるが、そのペースは芳しいとは言えない。怪我人や患者も含まれている為仕方のないことだが、戦況を考えればやはりもどかしい。


 そんな時、樒から見て右方に展開していた隊員からの通信が届いた。


『こちらβ!負傷一、支援を要請!』


狐坂こさか!行け!」


「了解」


 簡潔な指示が飛び、狐坂こさかと呼ばれた隊員が中央を離れる。その分負担は増えるものの、右翼が破られ押し込まれるようなことは避けたい。対応しなければならない方向が一つ増えるよりは、一人を右翼へ送ったほうが余程マシというものだ。


「・・・チッ、学生にまで協力してもらってこのザマか。もしもこのまま押し込まれるようなことになったら、我々は減俸確定だぞ」


「その時はそもそも死んでると思いますけどね!!」


「やかましい!」


 樒がそう叫んだ、その時だった。

 左方から爆発音と土煙が舞い上がり、C級境界鬼テルミナリアが一体弾け飛ぶ。その直後には一筋の雷光が轟き、二体のC級境界鬼テルミナリアを焼き焦がした。


「今度は何だ!?」


 樒が視線を向けた先、森の中から土煙を切り裂くように飛び出したのは二つの影だった。一つは金の髪を靡かせて空を疾走するメルヴィン・ペンフォード。もう一つは稲光を従え大地を焦がすモニカ・ラブレット。対抗戦を賑わせた二人の感応する者リアクターが、勢いよく広場に躍り出る。


「助太刀します!」


「ちょ!私の台詞でしょ!?ていうかなんでアンタがここにいるのよ!?」


「お見舞いに向かう途中だったんだよ!君こそ何でここに居るんだ!?」


「一番敵が多い場所を聞いたら医療棟だって言われたのよ!!」


「ただの脳筋じゃないか!!」


「はー!?私に負けたの忘れたワケ!?アンタこそ馬鹿みたいに突っ込むしか脳が無いんだから引っ込んでなさい!」


「アレは・・・!!自分でも気にしてるんだから言わないでくれ!!ていうか君そんな感じだったっけ!?」


「私はコッチが素なの!!アンタ同い年でしょ!敬語なんて使わないわよ!」


「猫被ってたのか!?最悪だよ!!」


 現れるなり、まるで痴話喧嘩のような言い合いを始めるメルヴィンとモニカの二人。樒はズキズキと痛む頭を抑えずにはいられなかった。

 とはいえ、メルヴィンの言葉を信じるのならば彼等は得難い戦力であった。二人の実力は樒も見聞きしている。ここは戦場で、今の戦況は非常に悪い。多少喧しかろうとも、彼等が学生であろうとも。

 彼等の助力を拒む余裕を、樒は既に持ち合わせては居なかった。


「助力に感謝する!とは言え君らの指揮権は持ち合わせていない!射線に出ないよう好きにやってくれ!!」


 彼等二人は英国と米国、それぞれで将来を嘱望された感応する者リアクターだ。下手にこちらの指揮下に置こうものなら後々問題になりかねない。

 そう考えた樒は、二人に指示を出すことはせず好きにやらせることにした。伝え聞く彼等の話を聞く限り、それでも十分にやってくれるだろうと期待して。


 二人が加勢に来たことで、ジリジリと後退させられていた不利な戦況はどうにか持ち直すことが出来た。押し返す程ではなく現状維持に過ぎなかったが、怪我人達が避難する時間さえ稼げれば任務は完了となる樒の部隊からすれば、二人の参戦は非常に大きな助けとなった。


 そうして敵を押し止めること更に十数分程。

 長時間に渡る遅滞戦闘によって、既に隊員達は精神的にも肉体的にも疲弊していた。特に、学生の身でありながらここまで支援を続けていた縹純麗の疲弊が激しい。少しでも戦力が欲しかったこの戦闘に於いて、彼女が居なければもっと早くに崩れていたかもしれない。それを考えれば、最も死力を尽くしてくれたのは彼女かもしれなかった。


 これ以上は無理だと、樒がいよいよそう感じた時。

 漸く医療棟内の全ての人員が避難したという通信が、彼等に付き添わせていた隊員から届けられた。随分と待たせてくれたが、これで後顧の憂いは無くなった。


 しかし、それでも最低限の任務が完了しただけだ。彼女達はまだ退くわけにはいかなかった。目の前に居る数十体の境界鬼テルミナリアを放置してしまったら、野放しとなった奴等が一体どれほどの被害を齎すのかは想像に難くない。

 だが、助太刀に来たメルヴィンとモニカの動きも徐々に精彩を欠き始めている。今、負傷する前に縹純麗と合わせて先に撤退させるしかなかった。


 そうなれば当然、ここからの掃討は疲弊しきった自らの部隊のみで行わなければならなくなる。今の部隊の状況を考えれば、それは自殺とそう変わらないだろう。

 それでも彼等は未来ある学生で、自分達は正規の軍人だ。樒が決断するまでの時間は然程もかからなかった。

 そうして彼女が隊員達へと命令を下そうとしたその時、樒の耳を再度通信が叩いた。聞こえてきた声は、まるで聞き覚えのないものだった。


『あーあー。医療棟前で戦闘を行っている部隊の指揮官様でありますか?こちらアメリカ境界管理局所属のフィオナ・グレンであります』


「・・・なんだ?」


『時間が無いので手短に要件をお伝えするであります。これより医療棟前の境界鬼テルミナリアを掃討します。十秒以内に医療棟内への退避をお願いするであります』


「・・・何?」


 今ひとつ要領を得ない通信に困惑する樒。そんな彼女を他所に、半ば一方的に告げられた退避勧告。数々の理不尽や、情報不足の中での戦闘を熟してきた樒であったが、その彼女を持ってしても即座には動くことが出来なかった。

 この場でフィオナの意図を正しく理解していたのは、モニカ唯一人であった。


『カウントを始めるであります。ten...nine』


「ちょ!?本気!?ああああ!退避退避!!急いで!!」


「・・・!?総員退避!!よくわからんがヤバそうだ!走れ走れ!!」


「隊長!?なんですかこの通信!!」


「知らん!朝比奈!お前が縹嬢を抱えろ!」


「了解!!」


 感応力リアクトを長時間発動していた所為で疲労の激しい純麗を、朝比奈一尉が肩に抱える。純麗の軽い体重など、鍛え抜かれた彼の身体には負担にもならない。

 まるで速度を落とすこと無くスムーズに純麗を抱えた朝比奈一尉を先頭に、全員が一目散に医療棟へ向かって全力疾走する。


「狐坂!!急げ!!」


『four...three...two...one』


「うぉぉぉぉ!セーーフ!!」


 最後に狐坂が医療棟へと滑り込み、どうにか全員が退避する。

 息を切らして必死に撤退した彼等の気持ちを知ってか知らずか、次の瞬間に通信の向こうから聞こえてきたのは、先程通信を送ってきたフィオナのものとは違う、あまりにも呑気で心底楽しそうな女の声であった。


『いきマース!!Fire発射!!』

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