第44話 祝勝会

純白達の試合が終わった後、私は例の如くすぐにその場を後にした。


この後の試合は特に興味を惹かれるものが無かったし、純白達を待とうにも、あの二人は現在メディアに捕まってインタビューを受けている。

そんなものをいちいち待ってなど居られない。下手をすれば、勝利とインタビューで高揚した二人の処理という、うんざりするような面倒事に巻き込まれかねない。


だから私は、考えられる面倒事を全て一ノ瀬さんに押し付けて、一足先にホテルへ戻ることにしたのだ。幸いなことに、二人の勝利をまるで自分の事のように喜んでいる一ノ瀬さんには、私の意図はバレてはいない。


そうしてホテルへと戻った私と社は、部屋で配信を眺めながら時間を潰し、夕刻には階下のレストランで食事を済ませ、少し外の空気を吸いに出ることにした。


夜の帳も降り始め、徐々に暗くなってきた遊歩道を、ここへ来た初日のように二人で歩く。


「良かったですね。無事に優勝することが出来て」


「そうね。危なっかしいところもあったけれど、概ね悪く無かったわ」


「怪我もほとんどしなかったようで何よりです」


「私が出るような事にならなくて安心したわ。純白が頭突きをした時はひやりとしたもの」


怪我などされては困る私にとって、あれは肝が冷えた。

別に頭でやる必要は無いのだから、素直に腕で受ければいいものを。もしも『勁』をズラすことが出来なければ、脳が揺さぶられて暫く立ち上がれなかっただろう。それで二日、三日と寝込まれては、本当に私の出番がやって来兼ねない。


「あれは禊様が攻略を伝えられたのですか?」


「まさか。きっと純麗が考えたのでしょう。私の言葉をしっかりと覚えていた証拠ね。戦闘中にも思考を止めなかったのは上出来だわ」


「本人たちにも、そう伝えて差し上げれば良いのでは?」


「嫌よ。褒めるとすぐに調子に乗るもの」


「そんなことばかり言っていては、また二人になんとも言えない顔をされますよ?」


「あら。嫌そうな顔を見るのが楽しいんじゃない」


そんな益体の無い会話をしながら森を歩き、身体の中の空気を入れ替えてから部屋へと戻る。今日はもうゆっくりとお湯に浸かって、早めに眠ろうか。そう考えながらドアを開けた私の視界には、すっかり上機嫌で大騒ぎをする純白と純麗、そして一ノ瀬さんの姿があった。


レストランでテイクアウトでもしたのだろうか、様々な料理が所狭しと並べられ、果ては菓子や飲み物まで用意されていた。


「あっ、禊さん戻ってきましたよ!」


「遅いですわ!もう先に初めてますの!」


「いえーい!天枷さんも座って座って!ハイハイこっちこっち!」


彼女たちは一体何を言っているのだろうか。

遅いですわ、等と言われても、そもそも私は今何に巻き込まれようとしているのか。今から私は、のんびりと入浴するつもりだったのだけど。


「・・・貴女達、ここで何をしているのかしら」


「勿論!」


「祝勝会!」


「ですわー!」


まぁ、そんなところだろうとは思っていた。

頭に響く鈍痛を無視して、とりあえずはソファへと腰掛ける。


「どうしてこの部屋でやるのよ・・・」


「他の部屋でやると禊さんが適当な理由を付けて逃げますからね!!」


「ここでやれば逃げ場は無し!」


「今夜は寝かせませんわー!」


どうやら私の平穏は、既に崩壊しているらしい。

飲酒をしているわけでもないのにすっかりと出来上がった様子の三人は、食べ物を片手に大騒ぎである。ちらりと横を見れば、社がいつものように微笑ましいものを見る表情で私を見つめていた。


「ふふ、今日くらいは宜しいのではないでしょうか?」


「貴女ね・・・はぁ、もういいわ。私は身体を洗って眠るから、好きにして頂戴」


確かに、社の言う通り今日くらいは水を差すこともないだろう。これまで必死に訓練を続けてきた二人だ、たまには息抜きも必要かも知れない。その会場にこの部屋を選んだことには文句の一つも言いたいけれど。


「え、禊さんお風呂入るんですか!?」


「お、良いじゃん良いじゃん!みんなで入ろうぜ!」


「わたくしは優勝のご褒美に背中を流して頂きますわ!!」


などと口にしながら、浴室へと向かおうとした私の後ろを三人がぞろぞろと着いてくる。この馬鹿三人は一体何を言っているのかしら。まさか本当に酔っているのかしら?


「ああもう、貴女達いい加減に───」


「いえーい!連行しろー!」


「───ちょっ、離しなさい!社!見ていないでなんとかしなさい!」


妙に力の強い三人に羽交い締めにされ、風呂場へと連行される。本気で外そうと思えば勿論可能だけれど、もしも怪我でもさせてしまったらそれこそ自分の首を絞めることになってしまう為、それは出来なかった。


けれど私には忠実な従者がいる。主の危機を前に、まさか見てみぬ振りなどする筈もない。

そう思い社の方へと顔を向ければ、そこには何時の間に取り出したのか、ヘッドホンを装着して端末を操作している姿が。

まるで私の言葉など聞こえていないとでも言うように、忙しなく端末を叩いている。


「このッ───裏切り者ッ!!」


調子に乗った三人は当然として、社にも必ずお仕置きをしよう。それもとびきり厳しいものを。そう固く誓った。

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