第31話 対抗戦前日
「禊さん!?どうしてここにいますの!?北海道旅行と聞いていますわよ!?」
へたり込んだと思った矢先、何故か頬を膨らませた純白は開口一番そう言った。
「別に旅行ではないのだけれど・・・私的な娯楽という意味では、まぁ似たようなものかしら?」
「絶対に違います」
自分の意志で好き好んで行っている気分転換、或いはリラックスの為、という意味ではそう違いは無いと思うのだけれど、社からは力強く否定されてしまった。
「そうそう、お湯、先に頂いたわ。眺めが良くてすっかり長湯してしまったけれど」
「それは別に構いませんけど・・・え、今ので説明終わりなんですの!?」
「他には特に何もないわね」
他に何を言えば良いのか。
私はただ、家業の皮を被った個人的な趣味で北海道に赴いて、そこでストレスを発散して来ただけだ。先に部屋で寛いでいた所為で驚かしてしまったことは多少悪いとは思うけれど、だからといって仔細を聞かされたところで別に楽しくもないだろう。
「そ、そうですの・・・出発の時間になっても禊さんの姿が見えなかったから、心配しましたわ」
「あら、それは悪かったわね」
「何事も無くて良かったですけど、ちゃんと選手としての自覚を持って欲しいですわ!」
「いいじゃない、私は補欠よ?私が居なくても、貴女達がしっかり勝てば問題ないわ。まさか後ろに私が居るから無茶しても構わない、なんて思っていないでしょうね?」
「ゔっ・・・」
「言っておくけれど、私は対抗戦がどうなろうと興味が無いの。貴女の姉とお父様に頼まれて渋々名前は貸しているけれど、出るつもりなんて無いんだから。折角ここまで特訓してきたのでしょう?駄目よ、ちゃんと最後までやりきらなくては」
「も、勿論分かっていますわ!純麗さんと一緒に、しっかり勝ってみせますわ!」
「そ。それは重畳ね」
勿論、形の上とはいえ約束は約束だ。
もしも何かしらの理由で欠員が出て、他にどうしようも無くなった場合は出場することになるだろう。けれど最初から私を当てにしているようでは、勝てる試合も勝てなくなる。
これは意識の問題だ。
保険があるからと甘えることに慣れてしまっては、いざという時に意志が揺らいでしまう。この先
そうでなくても、一度は彼女たちに稽古をつけた立場として、あれから彼女達がどれほど成長したのか見てみたい、という思いも少なからず持っている。
別に結果がどうなろうと知ったことではないけれど、あまり情けない試合を見せられても面白くない。
「あ、そうですわ。これから純麗さん達と一緒に、近辺を散策する予定ですの。勿論禊さんも一緒ですわ!」
「行かないわよ?」
「自由に行動出来るのは今日だけかもしれませんし、今のうちに全部行きますわぁ!外には湖や色んなお店があるらしいですし、ホテル内にはエステやマッサージもあるみたいですの。今から楽し・・・え!?行きませんの!?」
「少ししたら今日は休むわ。貴女達だけで行ってきなさい」
私を誘うのはきっと純白の好意なのだろうけれど、断る理由はいくつかある。
純麗達、ということは他にも何人か居るのだろう。
別にその者達と関わるのが嫌などという訳ではないけれど、大人数でぞろぞろと歩き回るのは面倒だし疲れる。好みではないのもあるけれど。
そして数時間前、まさにその散策の所為で予期せぬ人物と出会ってしまった。そうそう何度も同じような事があるとは思えないけれど、必要以上に出歩くのはリスクがあると思い知ったばかりだ。
そして一番の理由。
どうということはない、単純に疲れているのいうだけの話だ。
ほとんど丸一日以上寝ていないのだから当然といえば当然なのだけれど、北海道で
戦っている最中は楽しいものだけれど、ただの移動は何度も行えば退屈だし、私だって疲れもする。
気を使ってくれたであろう彼女には悪いけれど、汗も流したのだから出歩く気にはなれなかった。
「いやですわぁぁぁぁ!いっしょにいきたいですわぁぁぁ!!」
「・・・」
どうやら気を使っているわけではなかったらしい。
駄々をこねる純白が床でじたばたしているが、私はもうこの部屋から一歩も出るつもりはない。電話一本で各種サービスが受けられるというのに、何が悲しくてこの暑い中、もう一度汗をかかなければならないのか。
「暴れるのをやめなさい、下着が見えているわよ・・・あぁもう、わかったわ。それなら何か買ってきて頂戴。お遣いよ」
「!!」
パンツ丸出しで暴れていた純白が勢いよく飛び起きる。
お遣いを頼まれたことの何がそんなに嬉しいのか、任せろといわんばかりに笑みを浮かべていた。
「そういうことならわたくしにお任せですわ!一緒に行けないのは残念ですけど、わたくし達が禊さんの喜ぶ一品を探し当てて見せますわ!」
言うが早いか、自らの鞄を漁って財布を取り出した純白は、そのまま部屋を飛び出して行ってしまった。縦ロールを振り回しながら去っていった純白の後ろ姿を見送った私と社は、嵐をやり過ごせたことに安堵の息を漏らす。
「はぁ・・・あれは犬ね、大型の」
「随分と懐かれましたね。骨でも持って帰ってくるかもしれませんよ」
苦笑いで社が言う、その光景を想像する。
まるで尻尾を振るかのように縦ロールを揺らしながら、骨を咥えて部屋に乗り込んでくる純白。想像の中の彼女は、褒めろと言わんばかりにドヤ顔で胸を張っていた。
「・・・結構似合うわね」
今度、首輪でも買ってあげようかしら?
* * *
純白ちゃんと合流した私達はひとまず昼食を摂ることにした。
朝方に学園を出発したとはいえ、時間はすっかりお昼時。ホテル中のいろんなところから届く良い匂いに、お腹が負けてしまった形だ。
今まで宿泊したことのないような高級ホテルで、目に映る全てに心が躍る。
名家の生まれのくせに、なんて言われてしまいそうだけど、家ではほとんど居ないような扱いだったのだから、気持ちが昂ぶってしまうのも仕方がないと思う。
折角だから普段は来られないようなお店に入ろう、という一ノ瀬さんの言葉で入ったレストランは、高級感あふれる鉄板焼のお店。コースが決まっていて目の前で焼いてくれる、たまに動画とかで見るやつだ。
純白ちゃんは日本に来てから、こういうお店には何度か来たことがあると言っていた。お店の雰囲気に飲まれて緊張しっぱなしの私と違って、普段通りの純白ちゃんだった。
意外というか、驚いたのは一ノ瀬さん。
『あたしみたいな一般市民が、こんなとこ来たことあるわけないじゃん!』なんて言っていたのに、純白ちゃんと話している姿はまるで物怖じした様子もない。
対抗戦の間は選手であれば無料だけど、本当なら最低でも一人数万円くらいするお店だ。その胆力は素直に羨ましかった。
「というわけで、禊さんはお休みになられましたわ」
「えー、ミソミソ来ないんかぁ。仲良くなるチャンスかと思ったんだけどなぁ・・・残念!」
「み、ミソミソ・・・本人の前では絶対に言わないほうがいいですよ」
禊さんをそう呼ぶ一ノ瀬さん。怖いもの知らずというかなんというか。
少し前に仲良くなった彼女だけど、私や純白ちゃんもいつの間にか名前で呼ばれている。随分距離を縮めるのが早いな、とも感じたけど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
誰にでも人懐っこい笑顔で接する事が出来て、気がつけば懐に入り込んでいる。
きっとこれが一ノ瀬さんの魅力なんだろう。
「駄目かな?ミソミソ怒ると怖いタイプ?」
「怒る・・・かどうかは微妙ですわね。ただ、面倒くさそうにクソデカため息を吐かれるのは間違いありませんわ」
「わはは、純白ちゃんお嬢様なのに結構クソとか言うよね!」
「向こうで覚えた日本語を、まだアジャスト出来ていないだけですわ!」
別段大きな声を出しているわけではないけど、私達の他にお客さんが居ない店内ではそれなりに声が響く。恐る恐るお店の人を見てみるけど、どうやら怒っていないようで一安心。それどころか微笑ましいものでも見るように笑っていた。
対抗戦は学園生が主役だ。その宿泊に利用されるということもあって、きっとこの辺りの施設の人達は全部承知の上なんだろう。一般のお客さんがいたら流石に注意されそうだけど。
「あ、ちなみに怒ると怖いのはその通りですよ」
始めて禊さんの家に行って稽古をつけてもらったときの事を思い出す。
今思い返しても、二度と御免だと言いたくなるような、そんな体験をした。その結果、私と純白ちゃんは短期間で飛躍的に強くなれたのだけど、もう一度やりたいかと言われれば、それとこれとは話が別だ。
「え゛、マジ?見た目的に『もう、仕方ないわね』とか言って上品に許してくれるタイプだと思ってたんだけど、怖いの?」
「普段は結構、一ノ瀬さんの言うような感じに近いですけど。いざ怒ると滅茶苦茶怖いですわ。あの時はわたくし、本気で殺されるかと思いましたわ」
実際には、あの時の禊さんは別に怒っていた訳では無いんだけど。
それでも、もし怒らせたらきっと似たような事になるのは間違いない。
「マジかー、ノリと勢いでイケるかと思ったけど、慎重に行かないとヤバい?ちなみになんだけど、どのくらいの怖さ?十段階で」
「うーん・・・十五くらいですね」
「わたくしは二十でも足りないと思いますわ。あの時の禊さんは本当に怖すぎて、上から下から全部の体液が出ましたわ」
「わははは!ヤバすぎでしょ!十段階って言ってるのに、二人とも越えてるじゃん!」
冗談だと思っているのか、一ノ瀬さんはけらけら笑っていた。
実際に体験した私達からすれば冗談では済まないレベルの恥ずかしい思いをした。
幸いにも私はなんとかなったけど、純白ちゃんは本当に全部出てたし。
「てかさ、あのコ実際何者なの?あんまり目立ちたくないんだろうなーってのは分かるし、別に言いふらしたりしないからさ。どういう知り合いなん?ちょっと言ってみ?」
移動中、バスの中でもちらりと出た話題。
隠している訳では無いけど、だからといって広まるのは好ましくないという、なんとも微妙な話題だ。
一ノ瀬さんから見れば、私達が隠していると言うか、勿体ぶっているようにも見えるのだろう。そのせいで余計に気になるというのは理解るし、大雑把そうな態度とは裏腹に、彼女は案外こういう部分がキッチリしている。言葉通り、言いふらしたりはしないだろう。
「・・・他では言わないで下さいよ?」
「もちもち。ただ気になるだけで、別に嫌がらせしたいわけじゃないから」
「どういう知り合いか、といえばなんというか・・・」
「私も純麗さんも、禊さんのファンですわ」
関係性という意味では純白ちゃんの言う通り、ファンということになる。
そもそも私が禊さんと仲良く(?)なったきっかけは入学式のあの日、助けてもらった後に車内でファンだと打ち明けたことだ。
それで禊さんが気を良くした訳では無いし、なんなら意味が分からないとまで言われたけど、話の取っ掛かりとしてはやっぱり私が"難民"だったことだろう。もしそうでなかったら、きっと車内で何も話すことなく静かに縮こまっていただけだろうから。
「そうですね。私も純白ちゃんも、禊さんのファンクラブ会員なんです」
「マジ!?ファンクラブあんの!?おいおいおい盛り上がって来たぜ」
「そうだ、この際一ノ瀬さんも会員になればいいんですよ!」
自分が好きなものを他人にも勧めたくなるのはオタクの性だ。
災禍オタクの私が、難民を増やすために布教をするのは義務とすら言える。
そうとなれば話は早い。まずは公式サイトへ彼女を誘導するべく、私はスマートフォンを取り出す。何度も閲覧したおかげですっかり慣れたその操作は、僅かな淀みもなく素早くページを表示した。
そこで私はあることに気づいた。
「・・・あれ?」
「なになに?どしたん?」
「なんれふの?」
一ノ瀬さんと、大きな海老を口いっぱいに頬張った純白ちゃんが私の顔を覗き込む。
もう一度画面に目を落とすと、やっぱり見間違いではなかった。普段は会報以外に更新されることのない、公式サイトのニュース欄。そこには確かに『更新』の赤い文字が表示されていた。
「更新されてる。月一の会報にはまだ早い筈なのに」
そもそも会報と言っても、そう大した情報があるわけではない。
誰がどうやって仕入れているのか、その月に『緋』が
近況報告といえばそうなのだろうけれど、ファンクラブとしてはほとんど意味を為していない。もちろん会員に通知が届くような事もない。その割にページ自体はやたらと凝ったデザイン。それが災禍ファンクラブだ。
「ほんとうれふの!?」
純白ちゃんが慌てて自分のスマートフォンを取り出した。
口の中の海老を飲み込み、じっと画面を見つめる純白ちゃん。でも私と同じように、すぐに怪訝そうな表情になる。
私と純白ちゃんのスマートフォンの画面には全く同じ映像が流れていた。
真っ黒な背景に、緋色の文字で描かれた『COMING SOON』の文字。にも関わらず動画時間は10分近く。何かあるのかもしれないとシークバーを動かしてみるけれど、結局最初から最後までただ文字が写っているだけの不思議な動画だった。
「ん・・・。なんですの、これ?」
「なんだろう・・・今までこんなことなかったよね」
「なになに?なんなのこれ!怪しすぎて逆にワクワクしてきたんだけど!面白いからあたしも会員なろっと」
結果的には難民を一人増やすことに成功した。
でも私と純白ちゃんは、ともすればちょっと怖い、この不思議な出来事に困惑するばかりだった。
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