第30話 合流

 少し明るみ始めた遊歩道を社と歩きつつ、記憶を辿る。


 アメリカ、イギリス、フランス、日本、ドイツ、中国。

 現在、世界で大きな力を持つ6つの国の能力者達が競い合うのが"対抗戦"。

 何故この国々が力を持っているのかは説明するまでもない、要するに『七色』が所属しているからだ。


 初めて現界が確認されて以降、世界中で猛威を振るい続けている正体不明の敵性体、境界鬼テルミナリア。彼らに対する切り札を有している国が力を持つことは、今の世界情勢では当然といえば当然だ。


 そんな"対抗戦"が開催されるようになった表向きの理由は、境界鬼テルミナリアや境界問題に対抗するため、能力者の切磋琢磨を目的とした交流。


 けれどその実態は、各国が互いを牽制しあい、強い発言権を得る為の代理戦争。表立って争うわけにはいかないけれど、どうにか他国よりも上に立ちたいという、人間には捨てきれない欲が具現化したものが"対抗戦"だ。


 一方で、そんな裏側のことを知らない国民達は、学生達が切磋琢磨し、一所懸命に競技に望む姿を観戦し、純粋に応援する。要するに少々汚いオリンピックのようなものだ。


 以前に白雪聖から聞かされた概要を思い出せば、大凡こんな感じだった筈。

 つまりは世界中が注目する一大イベント、というわけだ。

 そういう背景もあって、彼女がここに居た事はそれほど不思議なことでも無いのかもしれない。


 青天の霹靂、という程でもないけれど、不意の遭遇にしては随分と大物だった。

 まさかこんな時間、こんな場所で、他の『七色』と出会うとは思ってもみなかった。


「驚きました。会場入りして最初に会うのがあの『金』とは」


「流石は世界が注目する"対抗戦"、といったところかしら?」


「そうですね・・・ですが、あちらからしても同じ様な気持ちかもしれませんね。禊様の情報が殆ど出ていないという点を踏まえれば、或いは彼女のほうが驚いているかもしれませんよ」


 社の言う通り、確かにあの時のソフィアは妙に動揺していたように思う。軍人だと言っていたし、予期せぬ出来事なんて慣れっこだと思うのだけれど。


「他の『七色』も来ているのかしら。もしそうだとしたら、面倒この上ないわね」


「『七色』全員が、ということは無いと思いますが、何人かは来ているかもしれません。過去の"対抗戦"でも、現地に足を運ぶ『七色』の姿は確認されていましたから」


「・・・ホテルに籠もって居ようかしら?」


 ソフィアが態々言いふらして回るようなことは無いと思うけれど、この先『七色』と出会うたびに先程のようなやりとりを繰り返すのは億劫だ。予定では一応会場で観戦するつもりだったけれど、よくよく考えれば私は補欠なのだから、出歩かずにホテルで観戦していても別に問題はない筈だ。


「いいえ、折角ですし近くで観戦しましょう。天枷の名でVIP観戦ルームを使わせて頂きましょうか」


「それこそ最悪よ。だったら一般席から見ている方が余程マシだわ」


 何故か観戦に乗り気な社の提案は一蹴する。

 大会パンフレットには軽く目を通していたけれど、何が悲しくてあんな場所で観戦しなければならないのか。


 俯瞰で見られるよう三階に作られているらしいその部屋は、前面が大きなガラス張りになっており、『我々は偉いです』とでもいいたげな部屋だった。実際に各国のお偉方が使うのだろうし、私も頼めばあっさり通されるのだろうけれど。

 外からは内部が見えない作りだといえど、私にはとても落ち着けるように見えなかった。


 そんな他愛のない話をしながらホテルへと私達が戻ってきた頃には、すっかり朝日が昇り始めていた。夏の日の出は早いというけれど、ほんの数十分で随分と景色が違って見える。湖が近いせいか、すこしひんやりとした風が気持ちいい。


 先程見たときよりも数の増えた、忙しそうなスタッフの一人を社が捕まえる。昨晩から戦闘と移動が続いて居たせいか少し汗ばんでいるのが自分でも理解る。いい加減にシャワーを浴びたかった。否、出来ることならゆっくりとお湯に浸かりたい。


「すみません。日本校のホテルはどちらでしょうか?」


「はい?・・・え?メ、メイド?ええっと・・・ああ!選手の付き添いの方ですか?」


「はい。ですが先程到着したばかりでホテルの場所が理解らずに困っておりまして」


「いや、でも日本校の選手はまだ到着してない筈じゃ・・・」


「少々事情がありまして」


「・・・ええっと、困ったなぁ。そう言われても、簡単に分かりましたとは言えないんですよねぇ。セキュリティの問題がありますので」


 彼の言うことは至極真っ当な話だ。

 こんな朝方にいきなり現れて『日本校の選手だからホテルに案内しろ』と言われても、はいそうですか、とはいかないだろう。


 だからといって、学生証を提示すれば案内してくれるのか、といえばそう簡単な話でもないだろう。仮に学生証を提示したとして、その後は学園に確認を取る必要もあるし、そもそも目の前の彼はその判断を下せる立場にない。


 では何故そこまで理解っていながら彼に声をかけたのかといえば、要するに上の人間に指示を仰いでもらうためだ。いきなり『責任者を呼べ』だなんて言えばそこらのクレーマーと代わらない。つまみ出されて終わりだろう。


 よく考えればやっていることは同じなのだけれど、だからといって日本校のバスが到着するまで待ってなんて居られない。彼らが到着する時間までは、まだまだ数時間あるのだから。


 そんな目論見で始めた問答だったけれど、スタッフの彼は思った以上に粘り強かった。本来ならセキュリティ意識の高さを褒めるべきなのだろうけれど、ゆっくり休みたい私にとってはなんとも難しい問題だった。


 何か別の手段を考えようか。そう考えていた時だった。

 交渉する社と、それに抵抗するスタッフの元へ、一人の女性が声を掛けてきた。


「どうしました?」


「あ、白糸さん。こちらの方が、日本校のホテルへ案内して欲しいと」


「分かりました。私が代わりましょう。貴方は作業に戻って下さい」


 その女性はスタッフと対応を代わり、社の話を聞き始めた。

 白糸と呼ばれた彼女はスーツを着用しており、細身の眼鏡をかけたボブカットの女性だった。スーツは着崩され、胸元を開けているせいで谷間が見えている。如何に裏方の責任者といえど、その服装は明らかにこの場にそぐわない。恐らく痴女だろう。


 そんな様子を少し離れた場所から見ていた私の元へと、社が戻ってくる。

 やはり駄目だったのだろうか?


「禊様、学生証と管理局のIDカードがあれば案内して頂けるそうです」


 どうやら妥協案を引き出すことに成功したらしい。さすが社というべきか。

 管理局IDというのは、読んで字のごとく管理局に登録されているIDのことで、感応する者リアクターであれば誰もが所持している。


 能力者は皆、感応する者リアクターとして覚醒した際、管理局へと届け出を出す義務がある。そうして新たに感応する者リアクターとして登録され、IDカードが発行されるのだ。管理局へ届けを出さずに感応力リアクトを使用することは違法とされており、謂わばIDカードは感応する者リアクターの免許証のようなものだ。当然私も所持している。


 身分証としても使用出来る他、定期的に更新の必要があり、そこで感応する者リアクターとしての階級が認定されるとか。私の場合は、私の情報を隠蔽したい天枷家が手を加えているせいもあって、自分で足を運んだ事がない。だから詳しくは知らないのだけれど。


「はじめまして、お嬢さん。私は会場内の宿泊施設全般の運営を取り仕切っている、白糸細芽しらいとささめです。ま、対抗戦中だけの期間限定なんだけどね。普段は軍医をしているのよ?」


 社に続いて私の元へとやって来た彼女は、ウィンクしながらそう名乗った。

 普段は一般に開放されているホテルを、選手の滞在用に取り纏める役職、といったところだろうか。


「で、日本校のホテルに案内して欲しい、だったよね?正直に言えば、制服着てるし、嘘を言っているようにも見えないし、案内してあげてもいいんだけどね。私も日本校に勝って欲しいからゆっくり休んで欲しいし。でもホラ、一応規則なのよ。後で問題があったら私の首が飛んじゃうじゃない?」


 先程のスタッフよりも意識が低くないかしら?

 そう思わなくもないけれど、どうあれ私としては願ったり叶ったりだ。


「ええ、理解しているわ。学生証とIDを見せればいいのかしら?」


「そそ、話が早くて助かるわぁ。形だけでもやっておかないと都合が悪いのよ。照会はすぐ終わるから、ね?」


 そういって笑う彼女は、茶目っ気たっぷりに両手を合わせて上目遣いでこちらをみていた。ノリの良いお姉さん、といったところか。


「社、出して頂戴」


「畏まりました」


 そうして、社の持っていた私の鞄から取り出されたのは二枚のカード。

 二枚とも顔写真付きで、我ながら不機嫌そうにムスっと映る顔が並んでいる。

 自分で管理局に足を運んだことのない私の写真は、全てお父様が撮影したものだ。

 やたらとテンションの高いお父様に『笑って笑って』だの『いいよ、いい表情だよぉ』だのと言われながら家で撮影した結果がこれである。


「どうぞ」


「うん。ありがとー、すぐに照会す・・・る・・・え?」


 社から手渡された二枚のカード。それを手にした白糸細芽の声が徐々に窄んでいった。見れば顔には驚愕が張り付いており、何か信じられない物を見たとでも言うかのように、しきりにカードと私の顔を見比べていた。


 彼女が見ているのは学生証ではなく、IDカードのほうだ。

 まるで血のような真紅で表裏を染めあげられた、どこか高級感のある質感のカード。

 裏面には管理局の紋章が金で装飾されている。


 そういえば、お父様からカードを受け取った時『随分と金額をかけて作っているな』なんて思った記憶がある。所詮は能力者全員に交付するIDカード。一枚一枚をこんなに精巧に作っていてはコストが馬鹿にならない筈だ。


「・・・何か問題でもあったかしら?」


「え?あ、ううん!な、何でもない!問題ない!───違、問題無いです!直ちにホテルへご案内させて頂きます!」


「・・・?まだ照会していないみたいだけれど?」


「はい!いえ、大丈夫ですので!」


「・・・そう?ところで口調が随分変わっていないかしら」


「はい!いえ、大丈夫ですので!」


「・・・まぁいいわ。それじゃ、お願いできるかしら?」


「はい!こちらへどうぞ!!」


 どう見たって先程とは口調も態度も変わっている、そんな彼女の様子は腑に落ちないけれど、案内してくれるというのであれば否やはない。

 彼女から二枚のカードを返却してもらい、社に預けてそのまま白糸細芽の後に続く。

 妙にきびきびと歩く彼女は、どこか緊張しているようにも見えた。


 歩き始めて数分、傍目にみても分かるほどびっしょりと汗をかいている白糸細芽。

 流石に何かおかしいと思い、私と社を先導し歩く彼女の後ろ姿を見つめながら、社へと声をかける。


「・・・彼女、どうしたのかしら?」


「さもありなん、といったところでしょうか」


 怪しむ私の隣、なにやら訳知り顔で頷く社。

 社以外が同じことをしていれば、手が出ていたかも知れない。


「何よそれ。どういう意味かしら?」


「禊様は自身以外のIDカードを見たことが御座いますか?」


「ん・・・そういえば無いわね。というよりも、自分のカードですら久しぶりに見たわね」


 ずっと一人で戦ってきた私だ。当然、感応する者リアクターの知り合いなど居ない。近頃は純麗と純白という二人の知り合いが出来たけれど、IDカードを見る理由なんて無かった。

 そんな機会が無かったというのもあるけれど、仮に機会があったとして興味を抱いていたかと言われれば、答えはノーだろう。


「それがどうかした?」


「ちなみにですが、これが私のIDカードです」


 そういって社が取り出したのは、真顔で正面を見つめる彼女の顔写真付きIDカードだった。私のものと違って表も裏も白地で、裏面の装飾もない、よく言えばシンプル、悪く言えば地味。これぞまさに免許証、といった様子の、そんなカードだった。

 私の持つ、やたらと派手で真っ赤なものよりもずっと好ましい。


「あら?私のものと随分違うのね。正直どうでもいいのだけれど、どちらかといえば、私はこっちのほうが好みね」


「これが一般的なIDカードです。感応する者リアクターに交付されるIDカードは、唯ひとつの例外を除き全てがこれと同じものです」


「・・・」


 まるで興味の無かった私でも、ここまで言われれば流石に理解できる。

 要するに社は『貴女のカードがその例外だ』と言いたいのだろう。それで白糸細芽は急に態度を変え、今なお緊張しているのだろう。

 一例しか見たことか無かったのだから、不可抗力だと思いたい。


「もうお分かりかと思いますが、『七色』に対して交付されるIDカードのみ、特別な仕様となっています。各々に付けられた色をモチーフとして、デザインや外装加工まで、全てが特注の一点物です」


「・・・はぁ、知っていたのなら教えなさいよ」


「言っても変わりませんからね。どのみち提示することになって───いはいれすいたいですひそひはまみそぎさま


 確かに社の言う通りだし、今更どうすることも出来ない。

 そんなやり場のない思いを社の頬に込めながら、私達は黙って白糸細芽に続いて歩くことになった。




 * * *




「こちらが日本校の宿泊するホテルです。天枷様の部屋を問い合わせますので、少々お待ち下さい」


「そ。ありがとう」


「い、いえっ!こちらこそ有難うございます!」


 などと訳の分からない言葉を発しながら、白糸細芽が小走りでフロントへと向かう。

 何がどう有り難いのかまるで理解らなかったけれど、本人はどこか嬉しそうな表情をしていたので気にしないでおく。


 そうして数分後、私達はホテルの部屋へと辿り着くことが出来た。

 紆余曲折はあったものの、これでようやくシャワーを浴びることが出来る。純白と同部屋だったと記憶しているけれど、学園のバスでこちらへ向かっている彼女はまだ到着しては居ない。


 一足先に荷物を置いて脱衣所へ。

 といっても荷物は車内に積んでいるので、いつも学園で使用している鞄以外には無いのだけれど。私が入浴している間に、社が取りに戻ってくれるそうだ。


 服を脱いで浴室へと足を踏み入れる。さすがの高級ホテルというべきか、ガラス張りの窓から見える景色も相まって、とても落ち着く空間だった。

 シャワーで汗を流し、身体を洗ってから湯船に浸かる。

 思いの外疲れていたのか、数時間ぶりの湯船はとても気分の良いものだった。


 もともとシャワーや入浴が好きな私だけれど、気がつけば二時間近くも湯船に浸かっていた。流石に長過ぎる。


 浴室を出てまず目に入ったのは、社が用意してくれたのであろうバスローブ。

 わざわざいつも家で使用している物を持ってきてくれていたらしい。


 軽く身体を拭いて、用意されたバスローブに身を包んで部屋に戻れば、社が飲み物を準備して待っていた。手元には髪の手入れ用具一式。ソファの前で『こちらへどうぞ』とでも言わんばかりに私へ手招きしている。


 彼女に全て任せのんびりと寛いでいたところで、何やら部屋の前から物音が聞こえてきた。どうやらあの喧しい少女が到着したらしい。勢いよく部屋に飛び込み、臨戦態勢をとったまま目を白黒とさせている彼女。


 ともあれ、まずは目の前で固まっている彼女を再起動させるところからかしら。ソファから上体を起こして、足を組み替えて声をかける。


「あら、随分遅かったじゃない」


 白雪家からの依頼もあって同室になっているけれど、これから数日は賑やかなことになりそうだ。

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