第一章

第1話 始まりの話

そもそもの発端は40年ほど前のことだ。


アメリカの考古学チームが、とある遺跡から発掘した物。

何かの形を模した石像のようにも見えるそれが全ての始まり。


大きさは普通自動車と同程度、緩やかな曲線を描くように曲がったそれは、細部に渡って細やかな凹凸があった。恐らくは顔の一部だろうと言われていた。

一見すれば何か、或いは誰かの石像。

それだけならば発掘されることもそう珍しくはない、ままある話であった。


しかしそれは全く未知の材質で作られていた。

アメリカのみならず、世界中の研究者達を集めても誰も材質に心当たりがなかった。

考えうる全ての方法で、何をしてもどうやっても傷が付かず、変形もしない。

当時はもちろんのこと、過去に遡っても例は無く、現代に至っても未だ解明されていない。遥か未来のオーパーツ、などと言われたりもしているほどだ。


劣化が殆ど見られず、恐らくは作成された当時のままの状態をいまなお保っているのではないかと考えられていた。


その後も研究は続けられたが、殆ど何も解明されなかった。

解ったことと言えば、およそひと月に一度の周期で何か波動のようなものを放っているということと、その波動の届く範囲がとんでもなく広いということだけ。それすらもただの偶然で解ったことだった。

その波動の正体すら一体なんなのか、誰にも説明できなかった。強いていうのであれば空間の揺れ、などというひどく曖昧なものだ。


『M』と呼ばれるようになったそれは、放たれる波動に人体への悪影響が無いことから、引き続き研究を行う為に保管されることとなった。


最初の異変が起こったのはその同年のことだ。

人口500人ほどの小さな村で、そこに住む全員が殺害される事件が起こった。

たった一晩のうちに、老若男女を問わず、一人残らずであった。


しかし事件の原因が分からなかった。

病やウィルスなどではなかった。被害者全員に誰がどう見ても致命傷であることが明らかな外傷が残っていたからだ。

だが何かしらの動物による獣害とは考えにくかった。

食われてはいないことと、周囲一帯には足跡や糞などが残っていなかったこと、そして物によっては人体が二つになるほどの大きな外傷があったせいだ。切り裂いたような鋭いもの、噛まれたような荒い傷もあった。共通することは獣ではあり得ないほどの大きな傷口。

そもそも500人の住人を一夜にして皆殺しにするほどの獣など想像もつかない。


そして建造物への被害。

2階建ての建物はおろか、3階以上の高さのものまで倒壊、あるいは部分的な崩壊。

藁や木の建物ならばまだわかる。だが石やコンクリート、果ては鉄筋のものさえ破壊されていた。


結局この事件は『凡そ3~5メートルほど、像と同程度かそれ以上の大きさで、鋭い爪と牙を持ち、コンクリートを破壊するほどの力を持つ獣』によって引き起こされた獣害として処理された。そんな獣など、居るはずがなかった。


そしてこの事件と全く同じような事件が数件立て続けに起こったが、そのどれもが原因不明、監視カメラなどあるはずもない田舎の村ばかりであったため、犯人の姿はまるで分からないままであった。


その半年ほど後、世界の各地から『M』と同じものが発掘された。

形こそ違えど材質は同じもので、謎の波動を放つ点も同じであった。

このことから『M』は、もともと一つだった石像が、いくつかに分かたれたものであると推測された。

各国は当然『M』の研究を始めた。そして、やはり同じ様に異変が起こった。


ようやくその犯人の姿が判明したのは世界で14件目の事件であった。

現場に残されていた、被害者が撮影したであろうビデオカメラに映像が残されていた。その後撮影者がどうなったかなど言うまでもないだろう。


彼らは前触れ無く現れた。

空間を引き裂き、何処かからこちら側へと、境界を越えて現れることから境界鬼テルミナリアと名付けられた。これが世界で初めて、人類が境界鬼テルミナリアを認識した瞬間である。


しかし犯人が解ったところで、彼らを捕捉することは困難を極めた。

何時、何処に現れるかまるで見当がつかない。それ以前に人を襲う理由も不明。

そして何より、補足したところで重火器が通用しなかった。

境界鬼テルミナリアの皮膚、その周囲が不可視の薄い膜のようなもので覆われていて、銃弾が届かないのだ。幾度撃てども彼らの周囲が揺らぐばかりで、何の痛痒を与えることもできなかった。それは爆発物でさえも同じだった。というよりも、物理的な攻撃の一切を受け付けなかった。


重火器が通用せず、爆撃すら効果がない上、そもそも出現地点や時期が不明。

もはやお手上げであった。


そんな時、彼ら境界鬼テルミナリアの出現と時を同じくするように、人類の中から特殊な力を持った者が現れるようになった。

彼らはそれぞれが異なる力を持っていた。


炎や風を操り、まるで創作物であるところの魔法使いのような力を持つ者。

身体能力を向上させ、普通の人間ではありえないほどの力を発揮する者。

理屈はまるでわからないが、怪我や病を回復させてしまう者。

周囲の人間の能力を向上させる者。或いは低下させる者。

手にした武器の威力や速度を向上させる者や、武器そのものを生み出す者もいた。


そしてそのどれもが、あれほど強固であった境界鬼テルミナリアの膜を打ち破ることが出来たのだ。


彼らは通常の人間には無い小さな器官が体内に生成されていた。後に『感応器』と呼ばれるようになるその器官は以前には無かったもので、力を使えるようになったのはこの1年以内だった。

そして彼らは皆一様に、『自分の中から、自分の声が聞こえた』と証言した。


偶然の一言では済まされない一致。

『M』が発掘されたのは1年以内のこと。 

境界鬼テルミナリアが現れるようになったのもこの1年。

そして彼らが力を得たのも、1年以内だった。

となれば、原因が『M』にあることは想像に難くなかった。


その後の研究により、『M』から放たれた波動に共鳴し、体内に感応器が生成され不思議な能力が芽生えた者達の事を、『感応する者リアクター』と呼ぶようになり、力の事を『感応力リアクト』と呼んだ。


そして初めて境界鬼テルミナリアが確認されてから3年後、各国が協力して研究を行った成果である『境界針』が開発された。

これは境界鬼テルミナリア達が出現する際の僅かな空間の揺れ、境界の軋みを捉え、ついに彼らの出現地点と時刻を大まかに把握することを可能にした。


感応する者リアクター』と『境界針』。

この2つが、今まで境界鬼テルミナリアに対して打つ手がなかった人類にとっての希望となった。


その後、徐々に数を増やした『感応する者リアクター』を効果的に運用するために、主要各国は同盟を結び、手を取って境界鬼テルミナリアへと対抗することを決めた。

各国は境界管理局を設立し、その下にそれぞれ支部と支局を置き、各地の『感応する者リアクター』への支援を行うと共に、その支部の管理下に『感応する者リアクター』によって構成された対応部隊を置いた。

世界各国の管理局は数年に一度会議を開くことで連携を強め、さらには新たに生まれた『感応する者リアクター』を養成、訓練を行うための学園を設立し、後進を育てる基礎を作り上げた。


それから数年。

かつては打つ手のなかった境界鬼テルミナリアへの対策は形を為し、今ではその被害を格段に減らすことに成功していた。

無論、未だ境界鬼テルミナリアの駆逐は出来ておらず彼らの現界は止まってはいない。

彼らの総数も、彼らがどこから現れ、何を目的として人類に襲いかかっているのかも、何もかもが解明されていはいなかったが、しかし表向きはひとまずの平穏を迎えたといって良い。


だが人類とは、争わずには居られない生き物だ。

小康状態となった途端、各国は先を見据えて互いに牽制を始めた。

あくまでも協力態勢は維持しつつ、優秀な『感応する者リアクター』を自国に集め、戦力として蓄えてゆく。

未だ『感応する者リアクター』の少ない国からの助けに応え、派遣し、貸しを作る。そうすることで有事の際、他国の上へと立つために。


そうしていつしか、彼らは自分達の国に所属する戦力を示威するかのように『感応する者リアクター』の強さを基に格付けを行った。その最たるものが『六色』と呼ばれるものだった。それは『感応する者リアクター』全体の中から境界鬼テルミナリアの討伐数や『感応力リアクト』の強さなどによって、特別優れていると各国の管理局から判断され、『感応する者リアクター』の頂点として選ばれた六人に対し、いつしか囁かれるようになった称号だった。


『絢爛の橙』

『智慧の金』

『受容の翠』

『静謐の蒼』

『断絶の黒』

『希望の白』


そう呼ばれるようになった六人の『感応する者リアクター』が所属している国は、他国に比べ大きく先んずることとなった。

各国は新たな『六色』足りうる『感応する者リアクター』を探し、あるいは生み出そうと躍起になった。


感応力リアクト』は『M』の呼びかけに共鳴した自らの根源であり深層心理、あるいは願い。その想いが強ければ強いほど、『感応力リアクト』もまた力を増す。立場の弱い国には、人為的に『感応力リアクト』を強化しようと非人道的な行為でもって実験を繰り返した国もあった。無論、世界中から非難され、相応の制裁を受けることになる。


その後の研究の結果、『感応力リアクト』はあくまでも個々の内面、自ら自然と発露する想いや願いによってのみ力を増すものと結論された。

外部から与えられるストレスによって精神へと影響を与えても、『感応力リアクト』の成長には繋がらなかった。

例えば、食欲を根源に持つ『感応する者リアクター』に食事制限を課し、その欲求を極限まで刺激したとしても、『感応力リアクト』には変化が見られなかった。


結局六人目以降、極端に突出した『感応する者リアクター』はなかなか現れなかった。


そして現在、ついに七人目が現れる。

彼女はあまりにも破壊的で、容赦がなく、そして孤高だった。

理由は誰にも解らなかったが、戦場へはいつも単身で赴いていた。

境界鬼テルミナリアが連続して現れたならば、すぐさま向う。

休息すら必要としなかった。たとえ武器が消耗していても、敵の数さえも関係が無かった。そうしてただ独り境界鬼テルミナリアへと挑み、全てを破壊する。


齢13にしてCカテゴリーSの境界鬼テルミナリアを討伐せしめ、周囲との接触を極端に避け、誰とも協力せず、誰の手助けも必要とせず。

現在に至るまで、敵の強弱に関係なく異常なほどの討伐数を誇る。

ふらりと、まるで散歩にでも行くような気軽さで戦いに赴いたかと思えば、数分後、数時間後には境界鬼テルミナリアの返り血に塗れた笑顔を見せる。

そんな彼女はいつしか、その暴力的な『感応力リアクト』と瞳の色からこう呼ばれるようになった。


『災禍の緋』


彼女の名は天枷禊あまかせみそぎ

日本で二人目となる『七色』の一人にして、一切の不浄を祓う者。


彼女は壊し続ける。自らの心の叫ぶままに。

だがその根源は、まだ誰にも解らなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る