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霧積さんが楽曲を完成させた翌日、あたしは無理を承知で目黒さんと曽我くんに申し出をした。幻獣に関する解説――エピソード集を、自分に書かせてはもらえないか、と。
「あたしって制作班だし、差し出がましいのは分かってる。だけど多少、星と伝説のことを知ってるし――」
「ほんと?」
すぐさま目黒さんが目を見開いて前のめりになったので、あたしは少し気圧された。「まあ、その、もしよければだけど」
「ぜひぜひ頼みたい。編輯作業はこっちでやるから、原稿を。字数だけ守ってくれれば、あとは任せる。よかったあ、讃井さんのこと、説得してくれたの?」
「私は別になにも」あたしの傍らについていてくれた霧積さんがかぶりを振る。「ただ曲作りの参考にしたくて、質問攻めにしただけ。話を聞いてるうちに、讃井さんの文章を載せたら面白い図説になるんじゃないかって思ったんだよ」
あたしは鼻の横を掻き、「でもそうなると、あたしは制作班から図説班に移籍する感じになるのかな?」
「人手に関しては大丈夫だよ。図説班の霧積さんが作曲をしてるってことはさ、実質的に制作班に回ってもらったようなもんでしょ。一対一の交換で、ちょうどいいじゃん」
と曽我くん。もとよりあたしの役割は雑用だけだったので、いなくなってもそう痛手にはなるまい。
「制作班の作業はもう、微調整の段階に入ってるしね。あとは細かな配置を最終決定して、前日に準備して、当日を迎えればいい」
流石である。こういったわけで、あたしは解説集の執筆という大仕事を引き受ける運びとなったのである。
数日、あたしは図書室に通い詰めた。神話とそれにまつわる解説書を読み返し、画集を眺め、曖昧だった知識を再構成していく。軸にすべきエピソードを拾い上げ、物語として書き直してみる。作業のあいだじゅう、ずっとイヤフォンで霧積さんの曲を聴きつづけていた。
どうにか締切に間に合わせて提出すると、目黒さんたちは超特急で製本を開始した。出し物の正式なタイトル〈紙の幻獣展〉も、このタイミングで決定した。
幻獣たちが組み上げられていく過程を、写真付きで記録したパートが前半の第一部。曽我くんをはじめとする制作チームのインタビューも、併せて収められている。
後半第二部が、展示される幻獣たちを個別に紹介するパート。観客が目にするとおりの順番で、解説が並べてある。あたしが担当したのが、主にここである。
神話に登場する際の役回り、星座に関連付けたエピソード、文化的な受容のされ方、現代のフィクションへの影響など、書くべき題材は無数にあった。字数制限に合わせて内容を絞り込み、少しでも興味を引く読み物になるよう苦心したつもりだったが、出来栄えのほどは自分では分からない。せめて斜め読みくらいはしてもらえるようにと、あたしとしては祈るばかりだ。
ところどころにコラムやイラスト、漫画も挟まる。表紙には、展示の主役たるケルベロスの雄姿が選ばれた。写真部による渾身の一枚である。図説班全員の誇りが込められた美しい本が、そうしてできあがった。
学校祭の前夜、あたしたちは居残って会場の設営を行った。入口付近で来場者を出迎えるのは、小さな妖精たちだ。その麗しいダンスを眺めながら奥へと進んでいくと、ペガサスやユニコーンといった生物が駆け回る草原のエリアへと至る。
続くは、ドラゴンやキマイラ、グリフィンなどの怪物が支配するエリアだ。ここまでは軽快で耳に心地よかったBGMが、重厚なストリングスを基調とした不穏なものに変わる。照明もやや薄暗く、お化け屋敷を思わせる雰囲気を演出する趣向である。
最後に待ち受けているのは、もちろんケルベロス。特大サイズで制作されており、まさに迫力満点である。牙を剥き出した三つの首に見下ろされ、来場者はさらに肝を冷やすことになる。
すべての準備を終えて帰宅し、食事と入浴を済ませてベッドに倒れ込んだと思ったら、もう目覚ましが鳴っていた。当日の訪れというのは早い。なにもかも――とまでは言わないまでも、頑張りの一部くらいは報われますように、と念じてから、あたしはベルを止めた。
教室に集合すると、今日一日の流れの最終確認を全員で行った。といっても仕事はそう多くはなく、入口での受付役、場内で待機する役、出口で図説を配る役、看板を携えての呼び込み役のいずれかを、ローテーションで担当するのみである。あたしと霧積さんは、朝一番の同じ時間帯で、呼び込み役に割り当てられていた。
カーテンをリサイクルして作ったらしいローブを、制服の上からすっぽりと被る。神話に登場するニンフというより、お化け屋敷の幽霊のように見えなくもないのだが、まあ仕方があるまい。紙製の花の冠を頭に乗せてみると、かろうじてそれらしさが演出できた。
霧積さんのほうは妖精がモチーフらしく、背中に蝶の羽らしき装飾が施されている。なんか恥ずいな、と本人は連呼していたが、長身であるぶんあたしよりずっと見栄えがする。それでいて可愛らしかった――直接は言わなかったけれど。
ともかくも段ボールの看板を掲げ、ふたりで校内を練り歩いた。文化祭にそれなりの力を入れている学校なので、来場者数はなかなかのものだ。目黒さんの作戦であちこちにチラシを配布できた成果も、きっとあっただろう。去年より賑やかだ、と朝の段階で感じた。
控えめに言っても、あたしたちの〈紙の幻獣展〉は盛況だった。あたしと霧積さんが宣伝役を別のクラスメイトにバトンタッチした時点で、三組の教室にはけっこうな行列ができていた。霧積さんと一緒に他所のクラスの展示を覗きながら一回りしてきたあとでも、まだ来場客は途切れていなかった。もしかしたら丸一日、この勢いを保てるかもしれない。あたしの祈りは通じるのかもしれない――。
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