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「はいはい。じゃあ霧積さんは作曲担当ってことでいいかな? 曲作りは普段、どこでやるの? 楽器とか機材とかは家にあるの?」
「基本、作業は家だね」
「だったら、それに専念してもらったほうがいいか。図説のほうは私たちでどうにかできるから、霧積さんには早く帰ってもらって、作曲に集中してもらう。どう? 賛成の人は挙手でよろしく」
すぐに全員の手が挙がった。これに霧積さんは驚いたように、
「いや、だけど――それはなんか、私だけずるくない?」
「霧積さんにしかできない役目なんだから、ずるくないよ。機材持ってきてここでやって、なんて言えないし。図説の作業には、参加できる範囲でしてくれればいい。あくまで作曲を優先してやってもらう感じ。どう?」
「分かった」と霧積さんは頷いた。「なるべく早く仕上げて、みんなと合流できるようにするよ」
「決まりね」目黒さんが笑う。「ついでに具体的なところも詰めちゃおう。曲はいくつ必要なのか。どんな曲にするのがいいのか」
そんな塩梅で話し合いが始まった。曽我くんがチョークを握り、黒板にさらさらと図を描いていく。現時点で彼が想定している、〈幻獣展〉の配置のようだ。
「まず教室を入ってすぐの場所になにを置くかだけど――インパクト重視でいきなりケルベルスってのもありだと思うんだ。でなければ逆に、小さい妖精たちのダンスで出迎える形にするか。どっちがいいかな?」
「妖精、いいんじゃね?」
「小さいやつなら、廊下に出しておいて客引きに使うって手もあるな」
「とりあえず妖精のテーマと、ケルベロス恐怖のテーマは必要ってことか」
議論を終えて散会になったのち、霧積さんはあたしに声をかけてきた。途中まででも一緒に帰ろうと言う。あたしは即座に荷物を纏めて、彼女に追従した。
校門を出ると、すでに日は落ちていた。濃く深い夜があたしたちを包む。
「なんか、大変なことになったな」少し気恥しげに、霧積さんは頬を掻いた。「ここまでがっつり受け入れてもらえると思わなかった」
「曲が良かったからだよ。実力、実力」
「そうなのかもしれないけど――やっぱり運っていうか、タイミングっていうか、自分じゃどうにもできない力って存在するじゃない? 私はこれまでもずっと曲を作ってたけど、今回みたいに取り上げられたことはなかった」
「誰かに聴かせてたの?」
ちょっとね、と彼女は吐息し、
「ネットで公開したりした」
「え、凄い」
「でも再生回数なんかぜんぜん伸びなかったし、もっと上手くていい曲を書ける人はいくらでもいた。流行ってる曲を聴くたびに、やっぱりいいな、凄いなって思うのと同時に、自分の居場所はここにはないのかもって感じたよ。まったく勝ち目がないなって諦めたわけじゃないけど――なんていうか、私の曲は違うんだなって」
霧積さんは片手で提げていた鞄をひょいと持ち上げ、自身の肩に掛けた。それから言葉を探すように視線を彷徨わせて、
「真面目にやるだけじゃ駄目だって、なんとなく気づいてた。でも真面目にやることが無意味だとは思いたくなくて、意地を張ってたんだね。私を認めさせてやるって躍起になって、だけど足掻けば足掻くほど苦しくなって、自分の小ささが厭になった。だから学校祭もさあ――正直、目立つ人だけでやればって感じだったんだ。いくら我武者羅になったって、私は六等星なんだからって」
そんなこと、と反射的に否定しかけ、果たして自分にその権利があるだろうかと思って唇を引き結んだ。あたしはなにを成したわけでもない。霧積さんの重ねてきた苦しみを、あたしは知りえない。
「あたしは、素敵だと思ったよ」一瞬だけ迷ってから、そう告げた。「音楽のこと、ぜんぜん詳しくなんかないけど。でもあのとき、あたしは違う世界の住人になったみたいな気分だった。どこかに連れていかれたような気がしてた」
本当に、と付け加える。言いたいことは無数にもあったが、それを表現するすべをあたしは持たなかった。なぜこんなにも自分の言葉は貧弱なのか、霧積さんの音楽のような力を宿しえないのかと、身勝手な悲しみを覚えたほどだった。
「三等星か、もしかしたら二等星」
不意に霧積さんが立ち止まってそんなことを言ったので、あたしは少し面食らって彼女を振り返った。あたしたちがいたのはちょうどコンビニの駐車場の手前で、店舗から洩れだした灯りが霧積さんの姿を撫で上げていた。白い逆光のせいで、その表情はよく見て取れない。
「私が六等星じゃない宇宙も、意外とあるのかもしれないなって思った。思えた。あのとき――たぶん人生で初めて」
あたしは口を開きかけたが、すぐ傍らを勢いよく行き過ぎた車の走行音に声を掻き消され、けっきょくなにも言えなかった。霧積さんが歩み寄ってくる。あたしはただ身を固くして、彼女を待っていた。
「今まで知らなかった宇宙だよ。こんなに近くにあったのに」
「それは」とやっとのことであたしは発した。「霧積さん自身で辿り着いた宇宙でしょう」
「かもね。だけど私ひとりじゃ見つけられなかった。星の見方なんて分からないし。空の広さも、なにも知らない」
あたしは息を吸い上げた。真正面に立った霧積さんを見返しながら、小さく、「あたしだって、なにも知らないよ」
そう、と彼女は笑った。「でも綺麗だ」
その言葉に驚き、はたとして目を瞬かせたけれど、霧積さんの視線はすでにあたしから外れて青い夜空へと向けられていた。激しい光を放つ一等星の傍らで、小さな白い星がふたつ、寄り添うようにして輝いているのが見えた。
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