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 結局のところ、あたしたちは新たな段ボールを調達できずに学校へと戻った。事情を聞いた目黒さんは、すぐさま学校祭実行委員に報告する、学校全体でルールを制定するよう働きかける、と約束してくれた。さすがは生徒会仕込み、といったところだ。

「これまでずっと野郎の集団で取りに行ってたから、店の人も言いにくかったのかもしれない。俺らがちゃんとしとけば良かったね」

 と、曽我くんは申し訳なさそうにしていた。材料は足りるのかと訊いてみると、ひとまずは手許にあるぶんだけで作業を進める、との返事だった。

 そうこうするうちに暗くなり、居残っていた面々も順番に帰っていった。あたしと霧積さんも最終下校時刻の少し手前まで粘ったのち、教室を出た。

「やっぱ目黒さんってしっかりしてんね」と霧積さんは感想を述べた。「なあなあにしないっていうかさ。頼もしいよ」

「ほんと。生徒会ってみんなあんな感じなのかな」

「備品担当者は知ってるけど、もっと厳格だよ。その備品担当に目え付けられてる奴が、二組にいるんだって。のらくら躱してるらしいけど、そのフットワークは称賛に値するな」

 時間も時間なので、どこかで夕食にしようという話になっていた。ふたりとも、とくだんこれといった希望があるわけでもなかったので、ただ駅方面に向けてぶらぶらと歩きつつ、適当な店を探して入るつもりでいた。そういう気分だったのだ。

「そういえば霧積さん、合格発表を待つ春休みは気が気じゃなかったって話だったけどさ、こないだの夏休みはどうしてた?」

「たいして変わらないよ。だいたい部屋の中に閉じこもってた」

「インドア派なんだ」

「基本そうだね。ひとりでいてもあんまり苦じゃないタイプ。自分ひとりでこちゃこちゃ――」とここで彼女は言葉を切り、前方を指差して、「――本格スパイスカレーだって」

 店先に出された看板に、メニューが白い文字で手書きしてある。学校の近くにあるわりに、これまで一度も入ったことのない店だった。

「カレー、好きなの?」

「いや、たまたま目についただけ。そこらのチェーン店でも別にいいんだけどさ、せっかくなら新しい店を開拓するのも悪くないかなって」

「いいと思う。あたし、名前書いとくね」

 入ってすぐの位置にある椅子で順番待ちをしていると、霧積さんがはたと窓の外に視線を向けた。「管財担当だ」

 言葉の意味が分からず、「え?」

 返事が来る前に、木製のドアが動いた。あたしたちと同じ制服を着込んだ女生徒が歩み入ってくる。店内の照明が、その顔に複雑な陰影を浮かび上がらせた。

 霧積さんが軽く手を振りながら、「楠原」

「あ」楠原さんと呼ばれたその女生徒が、軽く唇を開いてこちらに視線を寄越した。「そっちもここで夕飯?」

「うん。初めて来たんだけどさ、ここ、美味しい?」

「私は好きでよく来る。値段も良心的だし、わりと気に入ってる」

 言いながら、あたしたちの向かいの椅子に腰を下ろす。あたしからすると真正面の位置だ。

 面接試験に臨んででもいるかのような緊迫感が、不意に胸中に生じた。この楠原さんという人、気配といい、顔立ちといい、なんだか怖い印象なのである。ほっそりとして精緻には違いないのだが、相対していると神経が擦り減ってしまいそうなタイプだ。

「一組の楠原律」と彼女は短く自己紹介をしてくれた。「霧積とは一年のとき、同じクラスだった」

「生徒会、鬼の管財担当って言ったほうが通りがいいんじゃないの? 一説によると、学校にあるすべての備品の情報を正確に把握してるっていう」

 この霧積さんの茶々に、楠原さんは小さく笑って、「把握してたら鬼なわけ? なにを寄越せの、これを回してくれの、毎日のように要求されてたら、厭でも頭に入るっての」

「三組の讃井朱音です。霧積さんとは――」とあたしも名乗った。べつだん霧積さんとの関係を説明する必要はないのではないかとも思ったが、ここで止めるのも不自然なので、「――学祭の準備でたまたま一緒になったというか」

「雛に聞いたんだけど、三組の展示ってガチらしいな」

「うちにはわくわくさんがいるからね」と霧積さんが微笑交じりに応じる。「目黒さんは目黒さんで、八面六臂の大活躍だし。二枚看板ってやつだね。おかげでずいぶん気楽だよね、讃井さん」

「うん。目黒さんは凄く頑張ってくれて、クラスの中心的な存在」

 ふうん、と楠原さんは頷き、「雛って確かに、段取りとか事務処理とかはかなり得意だからな。創造的な分野より、裏方で実力を発揮する奴」

「え、そうなの」

 思わず洩らしたあたしに、楠原さんはまた頷いてみせ、

「絵とか文章とかは苦手だって、本人もよく零してる。だから生徒会の展示物なんかは私が作ってる。私だって別に得意じゃないけど」

 二名でお待ちの讃井さま、と呼び出された。あたしと霧積さんが腰を浮かせると、受付簿から視線を上げた若い女性店員が少し不思議そうに、

「ご一緒でなくてよろしいんですか?」

 同じ制服を着た三人なのだから、そう見做されるのが自然ではある。霧積さんが楠原さんに向け、

「私らと一緒でいい? ひとりで食う?」

「一緒で」

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