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 目的地であるルンルンマートに到着してみて、あたしたちは同時に失望する羽目になった。店内の「ご自由にご利用ください」という掲示がなされた棚の中にはもう、段ボールがひとつも残されていなかったのである。

「みんな考えることは一緒か」と霧積さんは吐息交じりに発した。「余所のクラスでも使ってるだろうしね」

 空になった棚の前でふたり佇んでいると、背後から女性の声がした。「あの、あなたたち杠葉高校の子?」

 エプロン姿の店員だった。あたしは何の気なしに、「そうですけど」

「あのね、ここの段ボールなんだけど」

 なにを言われるか、この瞬間に察した。運が悪かったなと思う。「はい」

「一気にあんまりたくさん持っていかれちゃうと、他のお客さんが使えなくなって、少し困るのね」

「はい」

「もちろん只で配ってるものだから、持っていくなとは言わないけど」

「ええ」

「どのくらい必要とか、一言相談してもらえればなって」

「すみませんでした」ここまで黙っていた霧積さんが低く、明瞭な声音で発した。深く頭を下げながら、「以後は気を付けます」

 霧積さんの唐突なアクションに少し面喰いつつも、申し訳ありませんでした、とあたしも便乗した。彼女はこういう場合、意地を張らずに引き下がってしまうほうらしい。

 あたしたちがすぐに謝罪したからか、店員の女性は表情を緩めて、

「文化祭で使うんでしょう? 事情はよく分かってる。杠葉にはうちの子も通ってたからね。なるべくたくさん用意するようにはしておくから、今後は誰かに声をかけてね」

 彼女が去ってしまってから、あたしたちはひとまず、店のすぐ向かいにある小さな公園に場所を移した。こっぴどく叱られたわけはないし、店の主張としては至極もっともと納得はできたものの、なんとなく気持ちが萎んでしまっていた。ちょっと注意されただけで変に気に病んでしまう悪癖が、あたしには昔からある。

 ベンチに腰を下ろし、自販機で買ったジュースの蓋を捩じ切りながら、

「連帯責任ってやつかなあ。うちのクラス、かなり大量に使ってるもんね」

「貧乏籤といえば貧乏籤ではあるけどね。私らが取りに来たのは初めてなわけじゃん。でもそれでごねたって仕方ない。どうする? もうちょい足を延ばして、別の店に行ってみる?」

「なんか、めんどくなっちゃったなあ」とあたしは馬鹿正直に吐露した。「ルンマ以外だったらどこにあるかな? けっこう遠くない?」

「遠い」霧積さんは頭部を逸らし、気だるげに上方を見やった。「ちょっと休憩してから考えよう」

 異論はなかった。のろのろとスマートフォンを取り出し、近隣のスーパーやホームセンターの場所の確認などをしていると、

「ねえ、もう星が出てるね」

 彼女の言葉につられ、あたしも視線を動かした。黒い影絵のように浮かんだ、建物や木々の輪郭。オレンジから紫、そして青へと移行しつつある空には、点々と白い星が瞬いている。

「この時間から見えてるのは、基本的に一等星だね。暗い星は、もっと遅くならないと見えない」

 ふうん、と霧積さんは洩らし、変わらず空を見つめたまま、「日本でもっとも高い山は富士山ですが、二番目はなんでしょう。はい皆さん知らないですね。一番でないと意味がないのです、みたいなくだらない話があるじゃん? 思ったんだけど、いちばん明るい星ってなんなの? 私、知らないんだけど」

「なんだと思う?」と私は問い返した。「富士山レベルの一般常識じゃないかもしれないけど、けっこう有名な星だよ」

「デネブ」

「外れ。ちなみにアルタイルでもベガでもない」

「アンタレス」

「渋いところ突くね」

「私が蠍座だから。正解?」

「残念だけど外れ。正解はシリウス」

 ああ、と霧積さんは吐息した。「聞いたことある」

「おおいぬ座の、ちょうど鼻先に当たる部分の星だね」

「見たことあるのかな、私」

「冬の夜空ではかなり目立つ星だけど――探し方としては、まずオリオン座は分かるでしょ? ちょうどベルトみたいに、腰の位置で三つの星が等間隔に並んでる。それを延長していくと、青白くて明るい星が見つかる。それがシリウス。オリオン座の肩にあるベテルギウスと、こいぬ座のプロキオンで、冬の大三角ができる」

「オリオンとおおいぬとこいぬ、三つは近くにあるんだ」

「テンブンガクらしい話をしておくと、おおいぬとこいぬはオリオンの猟犬だって説があるんだよ。そのオリオンは蠍に殺されたから、蠍座が現れるとオリオン座は逃げてって、地平線に沈む」

「なるほどね」と霧積さんは笑った。「つまりオリオン座と蠍座は同時には見えないってことか。よく考えてあるもんだよね。ねえ讃井さん、シリウスがいちばん明るいってのはさ、めちゃくちゃ発光してるってことなの?」

「絶対的な明るさの尺度ってのもあるんだけど――シリウスの場合、地球からかなり近いんだよね。そこまで明るくも大きくもないけど、地球のあたしたちには物凄く目立って見える。逆にアンタレスは太陽の何百倍ってサイズだけど、地球からは遠い星なの」

 なるほど、と彼女は繰り返し、それから短い沈黙を挟んで、「じゃあ私たちから見たらぜんぜんたいしたことない、小さな星でもさ、別の宇宙の誰かからしたら、とんでもない輝きを放ってるかもしれないってことだ」

「そういうスケールで語るなら、そうだね」

 と返答したあたしに、霧積さんは少し顔を寄せてきて、「テンブンガクって、そういう学問なんじゃないの?」

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