Stardust We Are

下村アンダーソン

1

「悪い、誰か段ボール調達してきてくんね?」

 という呼びかけは、明らかにあたしに向けられているように思えた。発したのはケルベルス第二の首に着色を施そうとしている曽我くんで、彼の周囲にいた数名はあたしを除いてみんな手が塞がっていた。次に接着されるべきパーツを抱えていたり、制作の様子をカメラで撮影中であったり、各々なにかしらの任務に携わっている感じだった。

「行ってくるよ」あたしは片手を上げて応じた。「何箱?」

「とりあえず、ルンマにあるだけ」

 近所にある業務スーパー、ルンルンマートの略称だ。あたしは軽く頷いてみせてから、

「他は?」

「うちはたぶん、箱だけで大丈夫。図説班がなんか要るかな。目黒さーん」

 隅に並べた机で紙の資料を読み込んでいた目黒さんが、はたと顔を上げた。「はいはい」

「讃井さんがこれから、ルンマに段ボール取りに行ってくれるんだけど、そっちで欲しいもんある?」

「ううん、今のところは。ああでも、行くならちょっと待って。ひとりじゃ大変だから、こっちからも誰かに頼むよ」

 言いながら、ふわりと腰を浮かせて教室を横切り、廊下へと出ていく。あたしと似たような立場――要するにあまり仕事のなさそうな人間を物色しに行ったものと思しい。どちらの班にも、必ず余剰の人員というのがいるようになっているのだ。

 文化祭を目前に控えた、とある放課後だった。

 現時点での仮題はシンプルに〈幻獣展〉としてある。ケルベロスやペガサスといった空想上の生物を、身近な素材だけで作り上げて展示しようというのが、我らが二年三組の目論見である。

 この企画は、かなり早期に決定していた。なにしろ三組には、工作に異能を発揮することで有名な曽我周祐くんが在籍している。彼の才能を活かさない手はないと、誰もが思っていた。

 曽我くんを中心とした約半数が、実際に作品を拵える制作班。残りはその過程を記録し、写真付きのパンフレットとして取りまとめる図説班。こちらのリーダーは、生徒会での活躍が目覚ましい目黒雛さんである。冊子作りには慣れているとのことで、彼女の就任も滞りなく決まった。

 一等星が複数人所属するクラスだな、という感想をあたしは抱いていた。彼らの指示に従っておけば、文化祭はきちんと形になる。まるきりやる気がないわけではないが、あえてあたしのような六等星が出張る意味もない。そういった次第であたし、讃井朱音は、制作班における雑用係という立ち位置を満喫しているのである。

 やがて目黒さんが戻ってきた。引き連れているのは――霧積彩花さんだ。意外な人選だなと思っていると、目黒さんはてきぱきと、

「じゃあ讃井さんと、お願いね」

 すでに話が付いているのだろう、霧積さんは軽く頭を上下させて応じた。「了解。ルンマで段ボール、あるだけ調達ね」

 よろしく、と残して目黒さんが忙しげに作業を再開したので、あたしと霧積さんは連れ立って階段を降り、昇降口へと向かった。靴を履き替えながら、ちらりと傍らの彼女を見やる。もとより背が高い人だと思ってはいたが、こうして並んでみるとよりはっきりと分かる。たぶん二十センチ近くは違う。傍目には、さぞかし奇妙な組み合わせに見えることだろう。

 ともかくも校門を出て、ぶらぶらと歩道を進む。彼女が図説班におけるあたしのポジションなのか、などと失礼なことを考えていると、霧積さんが不意に、

「あのケルベロス、首は動くの?」

「いや、動かないんじゃない? たぶんだけど。動くってどういう風に?」

「赤べこみたいにこう、ゆらゆらする仕掛けになってるんじゃないかって、うちらの班で噂が出てた。やっぱ動かないか」

 曽我くんの技術力ならば可能かもしれないという気もし、「面白いかも、それ」

「ま、勝手に言ってるだけだけどね。図説班ってけっきょく、目黒さんがいればどうにかなっちゃう感が凄くて、私らはわりと気楽」

「それを言えば制作班だって、曽我くん頼みのとこはある。曽我くん、美大行くのかな」

「さあ。案外、趣味って割り切ってる可能性もなくはないと思うけどね。成績もなかなからしいじゃん」

 県内最高の偏差値を誇る漣高校、漣女子高校にはむろん及ばないが、我らが杠葉高校にもそれなりの進学実績がある。家が近いから、あるいは共学だからといった理由で、あえてこちらを選んだ生徒も少なからず存在している。あたしにしてみれば、背伸びに背伸びを重ねて、やっとの思いで入った学校だ。

「少なくとも、あたしみたいに運だけで引っ掛かったような人間ではないってことか。天は二物を与えるんだなあ」

「私も運だよ。自己採点する気さえ起らなかった。受験当日から合格発表まで、本気で拷問だったね。宣告するならするで早くしてくれ、生殺しで放置しないでくれって。讃井さんは春休み中ってなにしてた? その期間の記憶ある?」

 あたしは薄く笑って、「落ちたと思って腹括ってたから、わりと図太く生きてたような。毎日夜更かしして星を見てたよ」

「祈ってたわけ?」

「ううん、単に好きだから。小学生の頃の自由研究はたいがい、星の観察だった」

「なるほど。でも天文学って理系じゃない?」

 杠葉高校においては、一年から二年への進級時に文理の選択を行う。一組から四組が文系クラス、五組から八組が理系クラスである。

「ああ、それは理由があって。あたしが好きなのはテンモンガクっていうより、テンブンガクだから」

「テンブン?」

 得心できない様子でいる霧積さんに、あたしは解説して、「漢字は一緒なんだけど、区切り方が違うの。天文の学じゃなくて、天の文学。つまり星に関する伝承とか物語について研究する学問。あたしが勝手に言ってるだけの概念じゃないよ。野尻抱影っていう、大いなる先駆者がいる」

「その人はテンブンガク者なわけ?」

「冥王星の名付け親」

 霧積さんは唇をすぼめるようにして、「それは凄いな。偉人じゃん」

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