9.ギルドは再会を呼ぶ(Ⅱ)


9.ギルドは再会を呼ぶ(Ⅱ)




 「………………どうぞ」


 「ありがとうございます」


 渋々と。それはもう傍目から見て分かるくらい渋々と、フィーナに淹れ立てのコーヒーを出すシア。そんな彼女をチラッと見て頭を軽く下げると、フィーナは相変わらずの淡々とした口調でお礼を言い、添えられていたミルクと角砂糖をそれぞれひとつ入れてスプーンで掻き混ぜる。


 あれから涙目で「どういうことですか、どういうことですか、どういうことですか」と、大事なことなので三回言いました発言と共に詰め寄ってきたシアに、フィーナが横からしれっと「道中、危ないところを助けて頂いたことが縁でお付き合いがありまして。今日はギルド設立のお祝いに伺わせて頂きました」と、助け舟を出してくれたことで、一応の納得はしてくれたのだが。


 それでもフィーナに対しては未だ不満があるのだろう、そのあからさまな態度を見れば一目瞭然だ。何度もさっきの光景は誤解だって謝ったんだけど機嫌はまだ直っていないらしい。困ったなあ、とガックリしていたら、


 「アル・レイシャ」


 はい? そこでなぜ女子に大人気のスイーツショップの名前が、と思って顔を上げると、僕にもコーヒーを出してくれたシアがばつの悪そうな顔で視線を逸らしたまま、拗ねた声で続ける。


 「アル・レイシャで好きなケーキをひとつ。それでいいですよね」


 そして、言い終わるや否や返事も聞かずにお盆だけ持ってササッと部屋から出ていく。これが彼女なりの謝罪も込めた妥協案なのだろう。だったら、そのくらいはお安い御用だ。後でキチンと返事はしておくとして。



「……それで、フィーナは何の用事があってここに? あと、今度からは普通に訪ねてきてくれると助かるんだけど」


 「以前にもお伝えした通り、あなたの様子を見に来きました」


 テーブルを挟んで対面のソファに腰掛けているフィーナはカップをソーサーに置いてそう答える。後者の方は完全にスルーだ。どうやら今後も普通に登場してくれる気はないらしい。


 「それと、前回は時間もあまり取れなかったことですし。今回はお話しできる範囲でよければ、あなたの疑問にお答えしようと思いまして」


 「お、ほんとに? それならちょうど良かった。こっちに来てからのも含めて、いろいろ聞きたいことが溜まってたんだよ」


 次に会えるのがいつになるか分からないんで、ここぞとばかりに聞けることは全部、聞いておくことにした。あれから日本での僕の扱いはどうなっているのか、それと自分の意識変化、こっちにきてから例の夢を全く見なくなったこと。あとは魔法についてうまく扱えていない点に消えてしまった大陸、と大きなとこではこのくらいか。一気に捲し立ててしまったものの、それを全く気にした風もなく「では順を追って説明しますが」と前置きしてフィーナが答える。


 「まず、日本でのあなたについてですが、存在そのものが無かった事にされています。もっとも、それは“アカシックレコード起源の書”が定めた本来の地球に戻ったという意味でもありますが――――すみません、もう少し言葉を選ぶべきでした」


 「いや、なんとなくそうなんじゃないかと思ってたから、気にしなくていいよ」


 そのまま続けて、と先を促す。まあ、こうなるだろうというのは予想できてたからな。日本で見た映画やアニメなんかで似たような話があったし、それと同じことが僕の身に起こったとしてもなんら不思議はない。


 「次に意識の変化という事ですが、これは夢の話とも関連しています。そもそも、あなたの見ていた夢は、ひとつ前のあなたの記憶の欠片。本来なら決して受け継がれるものではありません。それに“アカシックレコード起源の書”の異常を取り除くためとはいえ、“書き換えリライト”に記憶の融合を重ねる行為は、“管理者ホルダー”として長い年月を重ねてきた私にとっても初の試みでした。――となれば、その時に何らかの事態が知らぬ間に起こっていた可能性は充分にありえます」


 「……てことは、まさか」


 僕の意識変化がフィーナの言う何らかの事態だったってことなのか。みなまで言わずとも察した彼女はこくりと頷いて話を進める。


 「はい、おそらく間違いないかと。ですので、念のためにもう一度あなたを“解析(スキャン)”させてもらいましたが異常はどこにも見当たりませんでした」


 こらこら、一体いつの間にそんなことを。やるならやるで先に本人に言っといてほしいんだが……ま、無駄だろうなぁ。


 「でも、そうなるとこれって一体どういうことなんだろ」


 まったくワケが分からないと首をひねる僕に、彼女が思案顔のままでひとつの推測を語る。


 「あくまで私の考えですが、記憶の欠片に残っていた意識――その残滓ざんしが“書き換えリライト”を行った際にあなたの魂ともいえる部分に同化してしまったのではないでしょうか。それならば異常が見当たらないことにも納得がいきますし、なにより残滓である以上、それ意識が我をもつことはありませんので、混ざってしまっていたとしても害として認識されていないのでは、と」


 「…………ごめん、正直よくわからないんだけど、つまりは?」


 「特に問題はないと思っている、ということです。強引な意識の変化はあなたにとって迷惑な事には違いないでしょうが、人であれ私たち“管理者ホルダー”であれ、それは速度が違うだけで誰にでもある事ですから。……とはいえ、あなたがあのまま日本で暮らしていたら到底たどり着かなかったであろう達観、必要のなかったかもしれないほどの変化にまで至っていたとは予想できませんでした」


 その点については本当にすみません、と頭を下げるフィーナに、それは違うんじゃないかな、と言葉を返す。すると、その意味がよく分からなかったのか彼女は小首をかしげて訝しげな表情を浮かべる。


んー、前から思ってたんだけど……いい機会だし、この場で言っとこう。


「大体、そういうのはやらかした張本人が言わなきゃいけないワケで、フィーナが代わりに謝る必要はないってこと。それに最初に会った時、もう新しい世界で生きていく覚悟は決めたんだし、今さらどうこう言うつもりもないよ」


 父さんも「男が一度、覚悟を決めたんならその結果がどうなろうと泣き言だけは口にしちゃいけない」っていつも言ってたからな。


 「…………少々、あなたという人の見方を誤っていたようです。申し訳ありません、そしてありがとうございます」


 しばらくの間、じーっと僕を見つめていたフィーナだったが、何やら納得した様子でひとつ頷くと、カップを手にしてコーヒーを口にする。というか、今までどういう目で見てたのさ、とは心の中だけのツッコミにしておいた。


 「ともあれ、この件に関して問題が起きた場合は何をおいても駆け付け、迅速に解決いたしますのでご安心を。それと、夢を見なくなった点については前述したように、魂と融合したことによって夢そのものが、もはやあなた自身の“経験もの”になっていると考えられます。つまるところ、これが先の推測を裏打ちする部分でもあるのですが――詳しい説明をとなれば、込み入った話になってしまいますので。不安に感じる必要はないとだけ思っておいて下さい」


 手にしたカップに視線を落としてもう一口するフィーナに、分かったよ、と頷いて僕もブラックのままコーヒーを頂く。完全には理解できなかったけど、自分ではどうしようもないとこみたいだからお言葉に甘えとくか。どうやら夢の方も大丈夫みたいだし……て、かなり美味いな、このコーヒー。今度から飲む時はシアに頼もう。


 「あと魔法が上手く扱えないのはあなたのが原因です。聞けば簡単な魔法は詠唱という“制限ルール”を無視して使える様子。そのちぐはぐな部分を突き詰めていけば自ずと理解できるはずです」


 ……なんか分かるような、分からないような。てっきり教えてくれるのかとばかり思ってたんだけど、そこまで都合よくはなかったか。けどまあ、彼女の言う通りいろいろと思考錯誤してる内に何とかなるだろ。


 「それで、他には……ああ、消えた大陸の話がありましたね」


 「うん、それについてもいろいろ聞いておきたくてさ。フィーナが僕の設定をそこの生まれにしたもんだから、誤魔化すのが大変なんだよ」


 あれからもウィンガルさんたちには何かと突っ込んで聞かれるし、毎回かわしてはいるものの、大陸の生き残りが全くいないとも限らない。なので、困らないくらいには情報が欲しいと思って“コネクト”を使って調べてみたんだけど何故だか反応がなかった。そんなワケでこうして直接フィーナに聞いてみることにしたのだが。


 「なるほど、完全に失念していました。急いでいたとはいえフォローはしておくべきでしたね。……ですが、“コネクト”はこの世界――エイルリバースの情報を詰め込んだモノ、それが全く反応しないというのもおかしな話ですが…………まあ、今は気にしても仕方がないでしょう」


 へえ、この世界ってそういう名前だったのか。


瞳を閉じて少し考え込んでいたフィーナだが、それよりも、と話を戻す。


 「大陸の名はメルグリファ。そして、そこに唯一、存在していたのがレグリウスという魔法帝国です。当時、どの大陸をも圧倒するほどの魔法の力をもって世界から自分たちを隔絶していたのですが、ある日を境にこの世界から消失しました」


 「……ウィンガルさんから聞いた時も思ったんだけど、なんでそんなことする必要があったんだろ。それにいきなり消えてなくなるって……フィーナならその辺の理由とか分かってるんだよね?」


 「はい、この世界の管轄は私ですから。しかし、最初にお伝えした通りあくまででしか教える事は出来ません」


 と、なるとフィーナたちにとってこれはとても重要な意味があるってワケか。なら仕方ない。他の差し支えないとこだけでも聞かせてもらおうかな。


 「了解、じゃあその話にはもう突っ込まないってことで。フィーナが話せる範囲で説明よろしく」


 「分かりました。それほど多くは語れませんが――――」


そう言って彼女が口にした内容は確かに情報量としては少なかった。だが、それを知っているのと知らないのでは大違いで、これでいざという時にも対応できそうだ。他にもちょっとした事をいくつか聞いたところで時間が来たらしく、きっちりコーヒーを飲み干してからフィーナはこの世界を後にした。最後に「言い忘れていましたが、この部屋での会話は外には聞こえていませんのでどうぞご心配なく」とだけ言い残して。


「…………それは助かるけど」


 やっぱり普通に帰らないか、と内心でツッコミを入れつつ、彼女と話している途中からずーっと感じていた扉の向こうの気配に視線を向ける。僕と彼女の会話が気になって仕方なかったんだろう。


 「さて、どう説明したもんかな」




 その後、僕は苦笑いを浮かべて困ったなあと肩を竦めて立ち上がると扉の方へ。そのままガチャリとドアを開けて「どうして居るのが分かったんですか!?」という感情がありありと浮かんだ、聞き耳立ててましたポーズのシアを部屋に招き入れてケーキデート(断固として彼女が言い張った)の約束をし、適当な説明をしておいた。その間、「気配は消してたはずなんですけど……」とか「これからは今までよりも、もっと母さまに鍛えてもらわなきゃ」などと小さな声で不満そうに唇を尖らせてた姿は可愛かったんだけど。


……エリスさん、娘に暗殺者みたいなスキルを教え込むのはどうかと思います。











 一方、白一色の世界――その中心にポツンと置かれたテーブルの前に座っている少女は瞳を伏せ、ここに戻ってからというもの思考の海へと沈み込んだままだった。それは奏多との会話で知った想定外の事態のせいで、フィーナが思い描いた結果が得られなかったからである。そもそも、上手くいっていればになるはずがない。


 「いったい何が……」


 ぽつりと呟く声にはほんのわずかな苛立ち。いつもであれば声や表情に感情を乗せることなどない彼女だが、この時ばかりは知らず漏れてしまったようだ。ふう、と小さな溜息を吐いてゆるゆると首を横に振り、気を取り直して椅子から立ち上がると、片手を水平に持ち上げる。そのまま、まっすぐ伸ばした人差し指をくるんと時計回りに動かして円を描けば、足元から生まれた光のサークルが少女を囲むように広がっていく。


 「――いえ、戻すことには成功しているわけですから、今はそれでよしとしておきましょう」


 多少のイレギュラーはあれど今のところは何も問題ない。ならば、ひとつひとつ解決していけば良いだけの事。すでに賽は投げられたのだから。


 揺るぎない意志と意思、そのふたつを瞳に宿した少女は足元の光がパンッ!と弾けると同時にその姿を消す。


 全ては胸に抱いた、たった一つの願いを叶える物語を紡ぐために。

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世界が僕を間違えた ~突然始まる異世界生活~ @kita55

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