8.ギルドは再会を呼ぶ(Ⅰ)


8.ギルドは再会を呼ぶ(Ⅰ)




 それからの毎日はめまぐるしく過ぎていった。ギルドを作るにあたっての場所の確保から設立する為の書類や住民届の提出、他にも家財道具などの購入とそれはもう常に奔走しっぱなしで疲れを感じる暇すらなかったんじゃないかってくらいだ。

けど、だからだろうな、


 「……ようやく一区切りかと思ったらこれだよ」


 ここ一か月くらいの無理が一気に押し寄せてきたらしく、ソファに座り込んで背中を預けると、全身にその疲労が重く圧し掛かってくる。他にも仕事で役に立つ魔法を夜遅くまで作ってはこっそり試したり、どんな応用が出来るのか調べたりしてたからなあ。

それでも、まだまだ魔法を自在に扱えるまでには程遠い。過程を飛ばして作れる――そこまでは良かったんだけど組み合わせは自分で探さなきゃいけないし、魔力が強すぎるせいで上手くいかず思い通りの結果にならなかったりする。簡単な魔法だったらだけでも発動させられるんだけど。


 「地道に探してくしかないな」


 きっとやりようはいくらでもあるだろうし、あとでもう一回“コネクト”を使って調べてみるか。何かいいヒントが見付かるかも知れないし。それに明日からはいよいよギルド“リベルタス”のスタートだ、どんな依頼があってもいいようにいろんな魔法を出来るだけ早く覚えていかないと。……そう考えたら、まだまだ夜更かしさんとのお付き合いは終わりそうにないな。

 内心、盛大な溜息を吐いて何とはなしに真っ白な天井を見上げる。昨日までは豪華なシャンデリアだったけど、今は白いカバーに覆われたシーリングライトっぽいのがそこに取り付けられていた。部屋の内装も豪華なそれからごく一般的なものになっている。

 と、いうのもここがウィンガルさんの客室ではなく、新しい僕の住まいとなる一室だからだ。場所はかなり悩んだけど商業区ではなく居住区の方にしてもらった。仕事上、どこかのマンションやアパートに入る訳にもいかないし、手頃な空き家を買って自宅兼ギルドにしようと考えてたんだけど。

まさか三階建ての立派な洋館(バルコニーとテラス付き)に住めるとは思わなかった。一階は職場、二階は調理場とかなり大きめの浴室+広い空き部屋がいくつか、でもって三階をそれぞれの住む部屋、といった風に割り当てはしたものの、


 「余った部屋をどうしたもんだか……」


 今はとりあえず来客用に、くらいしか考えてないが、そこは追々(おいおい)ってことで。ちなみに僕は日当たりのいい南向きの部屋の一番奥にした。と、まあこんな感じで建物だけでも充分過ぎるのだが、周りだって負けてない。立地も住宅街より少し離れた閑静なところにあって好条件。敷地の方もかなり広く、玄関まで続いてる石畳の道の両脇には、綺麗に手入れされた庭園があり、その中央には小さな噴水広場が設けられている。加えて家の周囲は高い壁に囲まれていて侵入者対策もバッチリだ。


もっとも、都市に張ってある結界は犯罪対策も兼ねて中にいる人の身体能力や魔法を意図的に制限する機能があるらしいのでそうそう大きな事件は起こらないのだとか。それを聞いて僕もいろいろ試してみたところ、フィーナの反則技のせい(おかげ?)か何の問題もなかった。“管理者ホルダー”ってほんとすごいな、なんて感心してると、


 カラン、カラン


 一階の玄関ホールから屋敷に人が入ってきた事を報せる鐘の音が響いてくる。屋敷の扉には防犯対策の一環として術式システムを組み込んでおり、僕が許可した相手しか自由に出入りできないようにしておいた。


 「――てことは」


 どうやら。曲線を描く幅の広いゆったりとした階段を上がって、にぎやかな声と足音がこの部屋へまっすぐ向かってくる。それから程なくしてドアを軽く叩く音がしたので「空いてるから気にしなくていいよ」と入室を促す。


 「はい! ただいま戻りました、奏多さん!」


 控えめなノックとは違って溌剌(はつらつ)とした声で帰宅を告げるのはこの都市の長の一人娘、シアナ・グロウハーツその人である。両手にいっぱいの荷物を抱え、溢(あふ)れんばかりの笑顔を浮かべて入ってくるその背後には六人のメイドさんが付き従い、同じように大量の荷物を抱えていた。新生活を始めるにあたって、足りない分が少しあったんで無理を押して買い出しに行こうとしてたんだけど、疲れてた僕を気遣ってシアたちが代わりを申し出てくれたのだ。ほんとありがたい。


 「では、お嬢様。お荷物をこちらに。後はわたくしどもにお任せ下さい」


 「ありがとう、セレナ」


 「ありがとうございます、本当に助かりました」


 流石にこの状態では失礼なんで居住まいを正して僕もお礼を伝える。シアから荷物を受け取ったセレナさんは、ふわりと濃紺の長髪を揺らしてこちらへ振り向くと、にこやかに微笑み、


もどうかお気になさらないで下さい。これがわたくしどもの仕事なのですから」


そう言って腰を折り、他のメイドさんと一緒に深々と頭を下げてから退室していった。

――ふぅ、これでようやく一段落ってとこか。


 「それとシアもお疲れさま。ウィンガルさんにはいろいろ世話になってるのに、その娘さんにまで使い走りみたいな真似させちゃってごめん」


 「もう! 今さらそんな事で謝らないで下さい。このあいだも言った通りわたしは奏多さんのギルドのメンバーになったんですから遠慮はなしです」


 「もちろんそれは分かってる……つもりなんだけどさ。まあ、慣れるまでは勘弁して下さいってことで」


 でも、流石に旦那様はいくら言われても無理な気がするなあ。それも年上の人から呼ばれるんだから尚更だよ。


 「ふふ、分かりました。それじゃあ、わたしは自分の荷物を片付けてきますね」


 その言葉に、ああ、と頷いてシアを見送ると姿勢を崩し、再びソファに身を預ける。まさか、この屋敷にいきなり七人も同居人が増えるとは。しかも全員が二十歳過ぎくらいの女性(+女の子)ときた。これも全てウィンガルさんのおかげと言うか、どちらかと言えばせいなのかは判断しにくいとこだが――――







ともあれ、それは僕がウィンガルさん宅を出る前夜、夕食を終えた後の席で起こった。


 「――ところで奏多君。いよいよ来週からギルドを始めるわけだが、メンバーの方は当てがあるのかね?」


 「いえ、特にありませんがしばらくは一人でやっていこうかと思ってます。特殊な仕事ですし誰でも、っていうのも難しいですから」


 なにせ久しぶりに復活する職業だ、そんな簡単に人が集まるとも思えない。それに最初こそ大したことなかったとしても、いずれ命のやり取りなんかをする依頼だって来るかもしれないのだ。


 「でも、そうですね……ギルドの運営をしてくれる人くらいは募集しないとダメかもしれません。流石に仕事もやって経営も、っていうのは難しそうですから」


 ウィンガルさんに言われて気付いたけどそれがあったんだった。仕事の方にばかり気を取られて完全に失念してたよ。うーん、明日から急いで募集したらギリギリ間に合うか、それとも最悪、派遣みたいなとこに頼むか――


 「……ほう」


 ――ん? なんかウィンガルさんの目がキランと輝いたような。表情も待ってましたと言わんばかりの笑みで、ならば、と続けて言葉を紡ぐ。


 「私の信を置くメイドを数人、君のギルドに派遣するということでどうかな? 正直、仕事の面に限らず、生活面でも手が多いに越したことはないと思うのだが」


 「ッ! ……そ、それは確かに、そうですけど……でも……」


 思わずその申し出に二つ返事しそうになり、だが、そこで言いよどむ。ギルドの話をした時に引っ越しの相談に乗ってもらったばかりか、立派な洋風の屋敷まで用意してもらった。言葉通りの意味で。それに会ってからこれまで散々お世話になりっぱなしだ。その上、さらに甘えてしまってもいいものかと、今さら過ぎることで悩んでいると、


 「でしたら、奏多さん。代わりと言ってはなんですが、あなたのギルドにうちのシアをメンバーとして入れて頂けませんか?」


 エリスさんがいつもの穏やかな笑顔のまま突然そんな提案を口にした。


 「ふむ、なるほど。それはよい案かもしれんな」


 そして、それにのっかるウィンガルさん。僕の隣に座っていたシアもぶんぶんと大きく首を縦に振って激しく同意している。父親と同じく、待ってました! と言わんばかりの勢いだ。……なんか引っかかるなぁ。


 「――あ、でもシアは気になる仕事があるって言ってなかったっけ。そっちの方がいいんじゃない?」


 「はい、ですから奏多さんのギルドに入れてもらえると嬉しいです」


 にっこりと即答するお嬢さま。……うん、これはもうあのハロワ(正式名称はあるが勝手に命名)の帰り道ですでにロックオンされてたに違いない。


 「と、シアの方も乗り気なようだが。どうだろう、奏多君」


 「ですが、ギルドという仕事は危険な依頼も多く――」


 「ああ、それならば問題ない。こう見えてシアは幼少の頃からエリスに双剣(ツインブレイド)での戦闘を徹底的に教え込まれていてね。流石にエアヴォルフは無理だが王国の精鋭クラスであれば、やり方や相性次第で勝ちを拾える実力はあるのだよ」


 「それに風と雷の魔法も使えますので伸びしろは大きいかと」なんて付け加えるエリスさん。そのおっとりした姿からはとても双剣を使って戦う姿なんて想像できないんですけど。しかもかなりのスゴ腕とか。


 「うーん……それなら、まあ……でも、僕のところなんかで本当にいいんですか? ウィンガルさんならもっと信頼できる相手の所で働かせることもできると思うんですが」


 「――だからこそ、私は君に頼んでいるのだ」


 それはつまり僕のことを信頼しているという言葉に他ならない。真剣な表情もそれを物語っている。見ればエリスさんも夫に同意するように頷いていた。そして、隣から服の裾をくいくい引っ張られたのでそっちを向くと、


 「…………駄目、ですか?」


 とても不安そうな瞳で今にも泣きそうな表情のシアお嬢さま。ズルいなあ、分かっていてもそういう顔されると弱いんだって。こうなってしまうと残された選択肢はひとつ。


 「分かりました。ウィンガルさんたちがそれでいいならよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げた直後、一転してすぐさま満面の笑顔で「やったー!」とはしゃぐシア。ですよねー、分かってましたとも。


 「ああ、こちらこそ娘をよろしく頼む。遠慮なく扱き使ってやってくれ」


 それはちょっと難しいかもなあ、と内心で呟きながら「は、はは……」と笑って答えを濁しておいた。


 「では、話もまとまった事だ。シアも急いで準備をしてきなさい」


 「はい! 父さま!」


 元気よく返事をしてウィンガルさんの背後に控えていたアンジェリカさんを連れて部屋を出ていくシア。はて、準備とはどういうことだろう。ウィンガルさんに聞いてみると、


 「ああ、奏多君にはまだ言っていなかったな。明日から君のところにうちのメイド共々、シアも住み込みで働かせることにしたのだが」


 なるほど、そういう事か。まあ、別にいい―――――わけないでしょォォぉッ!??

 初めて聞いたんですけどッッ!!


 「何か問題でもあるかね?」


 「むしろ問題しかないですって!」


 このお父さん何かんがえてるの!? 年頃の娘を野郎の一人暮らしに、いくらメイドさんも居るとはいえ放り込むなんて! …………いや、何かしようなんて全く思ってませんよ?


 「大体、考えてもみて下さい。年頃の男女がですね――――」


 てな具合で、その後も自分なりに必死の説得を試みたのだが、そこは流石に一都市を治めるおさ。言葉巧みに追い込まれ、逃げ道をひとつひとつ丁寧に潰されていき、遂には完全論破されてしまった。







 で、あれよあれよという間にこうなった、というワケである。あの時からおかしいとは思ってたんだが、ウィンガルさんは最初からこうなるように段取っていたんだろう。シアたちの引っ越しもおそろしくスムーズだったし。けど、そのおかげでギルドとしての体裁は何とか間に合わせることが出来たワケだから結果オーライだ。


 「とは言え、まさか女の子と一緒に暮らすことになるなんてなぁ……」


 「まるでギャルゲーみたいですね」


 「全くだよ、こんなことって現、じ……つに……」


 …………え?


 だらけきった体勢で天井に向けていた顔を声がした方、真正面にカクンと戻す。そして思わず息を呑んでピシリと硬直してしまった。何故なら、綺麗な淡い紫色の髪、それと同じ色をした瞳いっぱいに僕の顔を映し込み、大きめの白いローブを身に纏った少女が目の前に居たからだ。薄桃色の小さめで柔らかそうな唇はお互いの吐息すら感じられるほどに近――――


 「ッて、フィフィフィフィフィーナッ!!?」


 「……人の名前を昔の某番組タイトルのように呼ばないでもらえますか」


 いや、そもそもなんでそういう知識あるの! というか、その前に顔! 顔! 近いから!

 思わず赤面してわたわたしていると、廊下からばたばた走ってくる足音。マズイ! と思ったが時すでに遅し。


 「奏多さん! どうし、た……んです……か……」


 勢いよくバンッ!と扉を開けて僕の悲鳴に駆け付けてきてくれたシアは、目の前の光景にそのまま言葉を失った。ついでに目が点になった。見ようによってはキスくらい致した後のように受け取られても仕方ないだろう。


 「な、な…な、なな、ななな……」


 俯いてわなわなと身体を震わせるシア。だが、そんな彼女を全く意に介さずフィーナはようやく一歩、後ろに下がって僕から離れると、最初に会った時と同じようにぺこりと頭を下げて挨拶した。


 「どうもお久しぶりです」


 同時に、


 「なにしてるんですかーーー!!」


 シアの叫び怒りが洋館中に響き渡る。


 ……どうしてこうなった。


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