7.お仕事は案内と共に(Ⅳ)

  7・お仕事は案内と共に(Ⅳ)




 「とは言ったものの本当にやること多すぎてけっこう時間かかりそうだなあ」


今の仮住まいである客室のベッドに大の字で仰向けに寝転がったまま盛大に嘆息すると、読み散らかした仕事やギルド設立に関する書類に目をやる。正直、ここまでめんどくさいとは。やっぱりこの手のものってどの世界も変わらないんだな。


あれから、職員の人にお願いして当時のギルドや仕事の手続きに関するページや書類を全てコピーさせてもらった僕は、シアの方が一段落するまで待とうと思っていたのだが「わたしもちょっと気になる仕事ができたのでもう大丈夫です」とにこやかな笑みを返されたのでそのまま一緒に帰宅することにした。で、用事があるというシアとエントランスで別れ、夕食まではまだ時間があるからと、もらってきた書類これを読むことにした結果が今のこの状態である。


ちなみに部屋へ戻ってきたとき、出かける前にはなかった数枚の紙がテーブルに置かれてたんで見てみたら、それはウィンガルさんに頼んでいた住民申請書だった。目を通したけど特に問題なくこの都市で暮らしていけそうなんでそこは一安心。しかもウィンガルさんが気を利かせて僕の出身地を適当な村に変えたというメモが添えられていた。あの大陸出身というだけでいろんな輩に目を付けられてしまうからそれに対する予防策ということらしい。まだまだ借りが増えてくなあ、というかこれって偽造になるんだけど大丈夫なんだろうか。


 「――なんて、僕が考えても仕方ないか。最悪、バレてもウィンガルさんたちにだけは迷惑かけなくて済むようになっておかないと」


 上半身を起こして気合いを入れなおす。まずは魔法を使いこなせるようにならなきゃいけない。なぜならギルドという仕事の性質上、普通では考えられないような無茶な依頼は決して少なくないからだ。その証拠に、もらった資料にも過去のギルドの成果としてそんな感じの依頼がいくつもあった。なので、それを為すための手段として魔法は絶対に必要だ。幸いフィーナのおかげで制限はないから出来ないことに対しての苦労は少ないと思う。


 まずは最低でも仕事に役立つ魔法をそれなりの数は揃えとかないとな。昨日調べて分かったけどこの世界の魔法は極めて複雑だ。単純なものであれば個人レベルでも行使できるが多くを求めるならその魔法に対しての適性も必要になってくるし構成すべき属性も全て持っていなければいけない。と、これだけでも大変なのにあくまでそれらは最低必須条件、更にそこから魔力量やら属性値やらの調整をして世界にキチンと固定化させないと魔法として成立しないのだ。故に、この世界のお偉いさんたちは個ではなく全でそれらを補おうと魔科学者マジックシーカーと呼ばれる魔法に優れた人たちを組織し、結果として術式システム、ひいては魔法技術マジックテクノロジーが生まれた、ということなのだが。その過程を一気に飛ばせる僕は独自オリジナルの魔法を作ることだけに集中できるんで、そこは問題ないと思う。


それにどっちかというとギルドを作る方が時間もかかるし手間も多い。昔と今では制度も変わってるし、その間に埋もれてしまった仕事を再びやるというのならそれに適した仕組みに変える必要があるだろう。あとは経営面とかもちゃんとやれるか不安だし。


 「……けどまあ、ひとつひとつやってくしかないな」


 そろそろ夕飯だし、ウィンガルさんが戻ってきてたら食事がてら相談してみよう。







 ――てなワケで僕は昨日と同じ部屋、まったく同じ席でグロウハーツさん一家と夕食を頂いた後、今夜は予定がないというウィンガルさんにギルドの件を聞いてみることにした。現状、設立するにあたっての問題点とそこをどう変えれば大丈夫なのか、といった辺りのことをメインに訊ねてみたんだけど、


 「……ギルドを、か。それはまたなんとも……」


 あれ? こんな歯切れが悪いウィンガルさんって初めて見るな。それに少しばかり難色を示すような感じが見受けられる。もしかしてギルドって今だと作るのがかなり難しかったりするんだろうか。そんな内心の不安が顔に出ていたのだろう、難しい表情はそのままでウィンガルさんが首を横に振って言葉を続ける。


 「いや、ギルドを仕事にするのはいいのだが……そのギルド自体に問題があってね」


 「……と、いうと?」


 「奏多君も資料を読んで分かったと思うがそのほとんどはすでに魔法技術マジックテクノロジーで可能となっている。言うなれば、それがなかったからこそ成り立っていた仕事なのだよ」


 「……はい、そういう意味でのギルドなら僕もやったって仕方ないと思ったんですけど、本当の意味でのギルドなら今でもぜんぜんいけるんじゃないかな、と」


「本当の意味で?」


それは一体どういうことか、と真意を図りかねたウィンガルさんの眼差しが向けられる。その隣でいつも通りのにこにこした微笑を浮かべるエリスさんと主の背後に控えるアンジェリカさん、さらには僕の隣で黙ってやり取りを見ていたシアも同じような視線を僕に注ぐ。どうもこっちの世界のギルドは個人でなく全体の、それも限られた部類に対してだけの役割になってたみたいだ。


 「……確かに言われる通りのことだけならこの仕事をやる必要はないと思います。でも、それはあくまで一部だけに留まってるので普段の生活――例えば、日常の些細なことなんかで困ってる人の助けにならいくらでもなれると考えまして。もちろんそれ以外の厄介な困りごとも少なくないかもしれませんが」


 どうですか? とウィンガルさんの目をまっすぐに見つめ返すと、なるほど、という言葉と共に納得したと言わんばかりの笑みを頂いた。どうやら問題はないみたいだが、その表情はまた複雑なものに逆戻りする。他にも何かあるんだろうか。


 「とは言え、魔法は一体どうするつもりかね? 魔法技術マジックテクノロジーは今でこそ多く生み出され、私たちの生活になくてはならないものとなっている。だが、それは何人もの魔科学者マジックシーカーがその全てを結集した末の結果なのだよ。そんなものをいくつも創り出すまでにどれほどの時間が必要となるか……いや、それ以前にそのような魔法が果たして本当に創れるのかも――」


 「あ! それなら大丈夫です。使


 「……は?」


 慌てて挟んだ僕の言葉に唖然あぜんとするウィンガルさん。信じられないのか、いま、なんと? と聞き返されたのでもう一度、ハッキリ告げる。


 「はい、魔法は全て使えるとそう言いました。属性や種類に関係なく、です」


 「「「……………………」」」


 鳩(はと)が豆鉄砲を食ったような顔になるウィンガルさん一家(エリスさんを除く)とアンジェリカさん。エアヴォルフ瞬殺事件の時でもここまでの反応はなかった。つまり、今の発言はよほどの衝撃だったんだろう。でも、それもそのはず、いろんな人が長い年月を懸けた努力でようやく出来上がったものをただの一人が、しかも遥かに短時間でそれより先の未知を拓けると言ってのけたのだから。


「……まったく、それを信じろとは規格外にも程がある」


にわかには受け入れ難いその事実からしばらくの沈黙の後、どんな深淵よりも深い溜息を吐いてウィンガルさんが口を開く。シアやアンジェリカさんも態度は違えど似たような反応だ。本当はうまく誤魔化した方が良かったんだろうけど、この人たちには嘘を付きたくなかった。けど、内容が内容だけにやっぱそう簡単には信じてもら―――


 「だが、奏多君がそこをクリア出来るのならば問題はない。君が思うようにやってみるといいだろう」


 ――――え?


 「…………」


 今度は僕の方が間抜けた顔をさらす番だった。だって、自分自身ですら滅茶苦茶なことを言ってるのは理解出来てるし、疑われた時のために取り急ぎひとつだけだが独自(オリジナル)の魔法まで用意してたっていうのに、こんなにもあっさり受け入れられるなんて。


 「ん? ずいぶんと呆けた顔をしているがどうかしたのかね?」


 気遣ってくれるウィンガルさんにハッと我に返ると、左右にぶんぶんと音まで聞こえそうな勢いで首を振り、


 「いえっ! あのっ! なんというか……その、自分で言っといてあれなんですけど……まさか、こんな簡単に信じてもらえるとは思わなくて……それで……」


 視線を泳がせながら後頭部を掻きつつ、ばつが悪い思いをしどろもどろに全て白状する。それで合点がいったらしいウィンガルさんは肩を揺らしてくつくつと楽しげに笑う。いや、だから怖いって!


 「まあ、確かに常識で考えるのならただの与太話と切って捨てるのだろうが、奏多君が言うのであれば信じるしかあるまい」


 「どうして、ですか?」


 思わず理由を尋ねてしまう。会ってたったの二日、ただ娘を助けただけの恩人に過ぎない僕をどうしてそこまで受け入れられるのか。いくら人を見る目があるとは言っても、だ。


 「それは娘の命の恩人――という理由だけでは足りないと、そういうことかな」


 説明するまでもなくものの見事に内心の疑問を言い当てられ、こっちは「はい…」と頷くしかできない。ウィンガルさんはそんな僕を見て笑みをさらに深める。


 「正直、私や妻にとってはそれだけでも充分すぎるのだが“敢えて”という事なら答えないわけにもいかないだろう。信じるに足る他の理由は、奏多君が何も求めなかったこと、そしてエアヴォルフを独りで退けたことだ」


 「本来、あの魔獣は王都の精鋭が一個分隊でもってようやく倒せるかどうかという相手なのです。それをただの一撃で、魔法を使うまでもなく三体まとめて倒したとなれば、奏多さんの強さがどれだけ私たちにとってかお分かり頂けると思います」


 なるほど、つまりそれだけの非常識を簡単にやってしまったからこそ信じる以外にないってワケか。……て事はあの状況、一歩間違えてたら本当に手遅れになってたかも知れない。改めて間に合ってよかったと思いながら、エリスさんの説明に納得していると今度はアンジェリカさんがその後を継ぐ。


 「それにどんな方であろうと見返りを期待する気持ちは当然ありますし、旦那様方も可能な限りその希望にお応えされた事でしょう。ですが、奏多様にはそれが全くなかった。その純粋なお気持ちのどこに疑う余地がありましょうか」


 真っ直ぐに僕を見つめる柔らかい視線と賛辞に照れ臭くなってしまい「いや、そんな大層なもんじゃないですよ?」とか「成り行き上、考える余裕がなかっただけですし」なんて誤魔化してみたけど完全に逆効果で、一層みんなの笑顔がからかいだけを含んだものになってしまった。しかも、シアだけは聖人か何かを見るような表情でキラキラした瞳を向けてくる。さらに居たたまれなさ全開だ。


……これでも人並みにいろんな欲はあるんで勘弁して下さい。


 「――と、まあ君の疑問についてはこれで充分に答える事が出来たと思うのだが」


 バッチリです、この上ないくらいに。なぜか羞恥攻めにあうオマケも付いてきたけど。


 「ギルドの名はもう考えてあるのかね?」


 「はい、“リベルタス”に決めました」


 ラテン語で自由って意味の言葉らしいけどギルドってそういうイメージあるしピッタリだと思ったんだが、流石にちょっと狙いすぎたかな。


聞きなれない言葉に訝しげな様子のウィンガルさんたちには僕の大陸の言葉だと説明して納得してもらった。フィーナの設定、超便利。


 ともあれ、これで一応の目処は立ったわけだしあとは頑張るだけだ。

 そんじゃあ、気合入れてやりますか!


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