6.お仕事は案内と共に(Ⅲ)


6.お仕事は案内と共に(Ⅲ)




 本日のラストを飾る工業地域。様々な仕事場が乱立し、中央区とはまた違った意味でこの都市の心臓部となっている。その真ん中にある施設はハローワークみたいなとこでいろんな人が仕事を求めてやってくるのだが、


 「うーん」


 その中の一角、休憩所を兼ねた資料を読むためにあるスペースの窓際の席で、僕はひたすらファイルをめくっては悩むを繰り返していた。カフェに置いてあるような丸いテーブルとそれに合わせた椅子のセットがいくつも用意してあり、向かいの席のシアも同じようにファイルを見ながら「うー」やら「むむむ」と意味のない声を上げている。なぜ彼女もこんなに真剣なのかと言うとこっちの世界では13才から働くことが可能で「これを機会にわたしも働いてみようと思いまして」と僕の就職活動に乗っかることにしたらしい。前の世界ではまだまだ子供って年なんだけどなあ、精神的な成長がこっちの人は早いんだろう。もちろん肉体的にも。


 「奏多さん、なにかやってみたいお仕事は見つかりました?」


 ちょうど区切りがいいとこまで見終わったのか、テーブルに顎をのせたお行儀の悪い姿勢で、疲れ気味な顔をこちらに向けるお嬢さま。僕は首を横に振ると肩を竦めて、さっぱりといった仕草で答える。


 「……わたしもです。これっていうものがないんですよね」


 ふわふわと目の前を漂う魔法で作られたファイルを人差し指でつんつんしながら溜息混じりに同意するシア。それに苦笑すると暗くなり始めた外の景色を窓越しに眺める。ここに来た時はまだ夕方にもなってなかったってのに。どうしてこんなことになってるんだか……いや、まあ理由はハッキリしてる。


 それは単純にやってみたい仕事がなかったからだ。ウィンガルさんに僕らの案内を頼まれていたというこの施設の男性職員に連れられ、主だった仕事をいくつも紹介してもらったとこまでは良かったんだけど、どれもやってみたいと思うまでには至らなかった。なに生意気なこと言ってんだ、と思われても仕方ないのは分かってる。でも、じゃあこれで、と半端な気持ちで選ぶのはウィンガルさんにも職員の人にも失礼だと思うし、やっぱり最初は自分がやってみたいと思った仕事にしたい。


 それならば、と職員の人が最後の手段として教えてくれたのがこの施設内に保管されている、過去にあった様々な職業が収められたファイル――つまり、僕とシアがいま見ているものだ。

 中身は昔あった職業を完璧に近い形で網羅しており、説明も要点をしっかり押さえていて分かりやすい。だが、そもそもの数が多いので一冊まるまる読むだけでも結構な時間がかかってしまう。しかも、それが何冊もあるとなれば、


 「ちょっと甘かったかな」


 自分の見通しの悪さを嘆きながら視線をファイルに戻すと、気持ちを新たに一ページ、また一ページと読み進めていく。シアも姿勢を正すと改めてファイルとの戦いを再開する。


 「にしても昔ってこんなに仕事あったのか。今とはずいぶん違うみたいだけど」


 「父さまが言うにはまだ魔法の使い方に苦労していた時代なのでそれくらいが普通だったそうですよ」


 「なるほどね」


 どうもおかしいと思ってたんだがそういうことか。このファイルに載ってる仕事は全て、さっき職員から紹介された仕事の工程のひとつになっているものばかり。昔はかなり細分化されてたんだろうけど魔法の仕組みが解明されていくに従って次第にまとめられていったんだろう。でも、そうだとしたら、


 「……期待は出来ないかもな」


 小さなため息を吐いてそんなことを呟きながら、指を横にスライドして次々とファイルのページをめくるものの予想通り、細分化される前の仕事しか出てこない。この分だと他のファイルを見ても同じ結果になりそうだ――


 「ん?」


 と、半ば諦めていたところに見慣れた名前を見付けて思わず目を凝らす。それが気になったのかシアは椅子ごと僕の隣に移動するなり、横からひょいっとファイルを覗き込んでくる。


 「どうかしました――あ、これは……ギルド、ですね。かなり昔にあったっていう……」


 そう、そこに書いてあったのはギルド。ゲームとかでよく見る名前だったからちょっと驚いた。まさかこの世界だと実在してたなんて。


 「今でこそ仕事はいろんな専門の方たちがいてそれぞれ独立してますけど、昔はギルドに頼んでたらしいんです」


 「てことはギルドって何でも屋みたいなとこだったのか」


 まさにゲームのギルドそのものだな。僕の言葉に「はい」と頷いたシアは、ページをびっしりと埋め尽くす中の一文を人差し指で示す。そこには確かにこう説明が記されていた。


 『ギルドとは困っている者の助けとなり、それを成すことを生業とする』


 あまりにも具体性を欠いてたんで続きを読んでみたけど、結局は同じような感じでどうもこれといった決まりはないみたいだ。それでも分かったことは、行動自体に制限はなく、全ては自分の価値観で決めて行うということ。受ける受けないも勝手、そしてその結果もぜんぶ自分が負わなきゃいけないってワケだ。


 クリアしなきゃいけない問題は多々あれど、これは結構ありなんじゃないか。


いろんな仕事がきて面白そうだし、なにより僕が知っているギルドそのものってのがいい。


 「……あの、奏多さん? もしかして……」


 僕が思案している様子をじっと眺めていたシアは、まさか? といった表情で話しかけてくる。それを肯定するように頷くと、


 「――ああ、このギルドっていうのをやってみるよ」


 仕事の決定を宣言した。


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