5.お仕事は案内と共に(Ⅱ)
5.お仕事は案内と共に(Ⅱ)
次にシアが案内してくれたのは居住地域だ。グロウハーツに住む人たちは一部の例外を除いてみんなここに住んでいる。大小さまざまなマンションや一戸建てが綺麗に建ち並び、配置に無駄が感じられない。僕もここのどこかに住むことになるだろうから一通り見て回っていたのだが。
その
「――で、次はどこに?」
正直、前の中央と同じでここもあまり長居するようなところじゃない。
その意味合いは全く違うものではあるけれど。
「んー、時間的にもちょうどいいので商業地域に行こうと思ってます」
お、ついにそこへ行きますか。
実は一番、楽しみにしてたとこなんだよな。
「了解、それじゃ行こうか」
てなワケで、僕たちは次の目的地に移動することにした。
*
この世界の都市はけっこう広いんで歩いて回るともなれば一日や二日では到底、不可能だ。なので、僕が住んでた世界と同じで地下鉄やバスに似た物がある。ちなみに円形状の装置、イメージ的にはちょっと広くなった電話ボックスみたいな感じかな。その中に入ると自動でコントロールパネルが現れるので、目的地を選択してからその場所に移動する装置なんかもある。この機能は階層の多い施設やマンション内の移動手段としても使われていて、他にもいろんな用途があるんだそうな。
「おおーっ!!」
バス(用大型ウィンドロット)から降りた僕は目の前の光景に思わず声を上げてしまった。
エルフだ! 本物のエルフが歩いてる! ゲームやアニメで見たイメージそっくりだ、耳も尖ってるし! それとあっちには獣人もいる! 狐の耳だったり狼の耳だったり――あ、尻尾! 尻尾もちゃんとある! いやー、コスプレとかじゃない、本物のエルフや獣人を見られるなんて感動だ。
「奏(かな)多(た)さんはエルフや獣人の方を見るのは初めてなんですか?」
シアは子供みたいな僕の反応をおかしそうに見ながら話しかけてくる。
「そりゃもちろん! 僕の居たせか――ところには居なかったからさ」
あ、危なかったぁ!! 興奮しすぎてつい余計なことまで言いそうになった。
「ふふ、そうだったんですね」
はぁー、良かった。
僕は心の中で胸を撫で下ろす。どうやら気付かれずに済んだみたいだ。
「でも、このくらいで驚いてたらこれから大変ですよ」
イタズラっぽい笑みを浮かべながら可愛い挑発をしてくるシアに、「それは楽しみだな」と受けて立つ。でも、その前にひとつ確認しとかなきゃいけないことがあったのを思い出してそれを聞こうとした時だった。突然、歩いてた人たちが様々な歓声と共にひとつのビルを見上げはじめる。釣られて同じ方に目をやると、空中に浮かんだ巨大スクリーンの中に僕と同い年くらいの女の子が映っていた。煌びやかでフリフリなその衣装は僕がいた世界のアイドルのものとよく似ている。てことは、
「なあ、シア。もしかして彼女って――」
「はい。この大陸一番の歌姫、レンさんです」
あら、アイドルじゃなかったか。ヴィジョンでニュースみたいなのも流れるし、てっきりアイドル業もあるんじゃないかと思ってたんだけど、どうやら違ったみたいだ。
あ、ヴィジョンってのはテレビと似たようなものだと思ってもらうと分かりやすいかな。
「もともとはこの都市の出身でよく
「まさに天性の才能、ってやつだな」
「……ですね」
スクリーン越しの彼女をどこか懐かしそうに見上げるその眼差しには嬉しさと淋しさが綯い交ぜになった感情が込められていた。もしかしたらかなり仲が良かったのかもしれない。けどまあ、詮索するつもりはないんで、さっき聞きそびれたことを改めて聞いてみることにした。
「ところで、この近くにカードの中身がいくら入ってるか分かるとこってある? 確認したのってけっこう前だから忘れちゃってさ」
ズボンのポケットからフィーナにもらった青いカードを取り出してシアに見せる。正直なところ、僕もいくら入ってるかは分からない。しばらく生活するのに困らないくらいは入れてある、とは聞いてるけど。
「えーっと……それなら、あそこの中にあるマジックスキャンですぐに分かりますよ」
視線と意識をスクリーンからこちらに戻したシアはきょろきょろと周囲を見渡し、街路を挟んで反対にある、ちょっと離れたビルに目を留めると、そこを指さしながら答える。それじゃさっそく確認してみるか。いまだレンさんのトークで盛り上がっている中、気にせずシアと一緒に目的のビルへ向かう。その途中、何とはなしにチラッとスクリーンを見上げると相変わらずのレンさんの笑顔がそこにあった。
だが、なぜだろう? その表情によく分からない違和感を感じたのは。けど、考えたところで今の僕にそれを知る由はなかった。
*
一層の盛り上がりを見せる光景をよそにスライド式の透明なオートドアを抜けてビルの中に入る。まばらな人がいる広々としたホールの奥、横並びでずらりと設置されたそれは銀行のATMに似ているが挿入口や支払い口は付いてない。大きなスクリーンがあるだけで、そこにカードをかざすことによって確認したい項目を選べるようになっている。ちなみに本人かどうかはカードに組み込まれた自分の魔力との合致で判断されるようだ。
隣で他の人がやってるように僕もカードをかざしたところ、無事に本人だと認められた。さて、どのくらい入ってるんだろうとスクリーンを操作して確認してみたのだが、
「……………………」
いやいや、見間違いに決まってる。もう一度、よく見てみよう。
「………………」
いやいやいや、嘘だろ。ごしごし目を擦ってもう一回しっかりと覗き込む――
「…………」
が、何度見ても数字は変わらない。
「……」
オーケー、信じがたい事だがどうにも間違いではないらしい。
なにが、しばらく生活をするのに困らないくらい、だ。しばらくどころか無茶しなけりゃ何もせずに暮らせるくらい入ってるじゃないか。スクリーンが表示している九桁の金額を見ながら、フィーナの金銭感覚にただただ呆れるしかなかった。この世界の通貨単位は円じゃなくリットっていうだけで、それ以外は日本とあまり変わらない(物価は少し安いが)。つまり、僕はいきなり億単位のお金を得てしまったということだ。先立つものが揃うどころかニート生活でもやってけそうだな、なんてダメ人間まっしぐらなことを思いながらカードを仕舞うと、入口近くで待っていたシアのところへ戻る。
「どうでした?」
「……あー、うん……大丈夫だった」
歯切れの悪い僕の返事に人差し指を唇に当て、「?」と、かわいらしく首を傾げるお嬢さま。だが気にしても仕方ないと思ったのかすぐににこりと笑って「じゃあ、戻りましょうか」と、観光の続きを促す。その言葉にもちろんとばかりに頷いて気を取り直すと、さっそくいろいろと見て回ることにした。
来た時と同じようにオートドアを抜けて外に出ると、さっきまでの熱狂的な大賑わいはもうなくなっていた。見ればスクリーンも消えてしまっていて、どうやらレンさんのイベント(的なもの?)は僕がお金の確認をしてる間に終わってしまったみたいだ。それでも結構な賑わいが残っているのは流石、大都市といったところか。派手な装飾や仕掛けのあるビルも然ることながら、通りに沿って並んだ露店もそれに一役買っていた。
そんな大勢の人や店で賑わう中へシアに連れられた僕も加わっていく。工業地域を回ることを考慮してもまだたっぷり時間はあるからな。楽しむだけ楽しんでやるぞー!
――――そう思ってたのに、
「……まさか、こんな早く終わるなんて」
夕日が射すにはまだまだ早い時間、メインストリートの中央に造られた公園のベンチに座っている僕は晴れ渡る空を見上げたまま、そう呟かずにはいられなかった。確かに目を見張るものは多かったし日本では見れないものばかりだったからそこはいい。いいのだが、それらはどれもこれも、大陸の歴史に関してだったり、一般的な商品だったり、或いは生活に必要な仕組みだったり、とにかくそういった方面のものがほとんどだったのである。……圧倒的に娯楽が少なすぎた。
とは言っても、その数少ない娯楽がそりゃもうめちゃくちゃ楽しかったから文句はないワケで。だからこそ思ってしまったのだ、もう終わり? と。
ついでに一番面白かったゲームは自分が勇者になって魔王を倒すっていうやつだ。空間自体に様々な魔法によるプログラムが仕込んであるらしく、ほとんど現実に近い体験が出来るというアトラクションになっており、ナレーションや演出が凝っている事もあって厨二心をかなり刺激してくる。
ゆえに思わず調子にのってしまい、羽目を外しすぎた僕が誰にも抜けないような最速レコードを叩き出してしまったとしても、それは仕方のないことだと思う。ギャラリーや受付のお姉さんは呆然と、シアはなぜか我が事のように得意げにしていた。とりあえず何か言われる前にそそくさとその場を後にしたのだが、その行為はあまり意味がなかったかもしれない。何故ならこのゲーム、上位十名までは名前が表示されるシステムになっているのだと、昼食を取っている最中にシアから聞かされたからだ。しかもご丁寧にクリアタイムと難度が表示されるオマケ付き、加えて彼女がイタズラ気分でこっそり最高難度のEXTRAにしていたとくればいやでも目立ってしまう。
と言うのも実はあのゲーム、EXTRAは馬鹿みたいに難しくて王都の選りすぐりの騎士たちでもクリアするのに大掛かりなパーティを組む必要があって、かなり骨が折れるんだそうな。そのせいか騎士団の訓練の一環としても採用されており、大陸中で最も有名なゲームとなっている。そんなものをただの数秒、たった一人でクリアしたとなれば、こいつ何者なんだ!? と騒ぎ立てられたっておかしくない。……まあやってしまったものはしょうがないし、なるようになるだろ。
それよりも今は――っと、きたきた。ふと気配を感じて視線を公園の奥にやると、向こうから走ってくるシアの姿が見えたのでベンチから腰を上げ、こちらからも歩み寄る。
「お疲れさま、それでどうだった?」
「はい、バッチリです! 早くなっても問題ないそうですよ」
それなら良かった。シアには予定の時間より早いけど工業地域の見学が今からでも大丈夫かどうかを問い合わせてもらっていた。なんでもウィンガルさんが気を遣ってわざわざ案内を用意してくれたというんだから、本当あの人には頭が上がらない。
「じゃあ、さっそく……の前に、」
パーカーのポケットから可愛くラッピングされたピンク色の小袋を取り出すとそれをシアに差し出す。
「はい、これ」
「? ……えっと?」
その意味が分からず不思議そうに僕の顔と差し出されたそれを交互に見つめる彼女がおかしくて少し笑いながら、
「プレゼントだよ。今日一日、案内してくれてるお礼ってことで。さっき露店ですごい欲しがってたからさ、内緒で買っといたんだ」
「――――あ」
それを聞いたシアはハッとして小さな声を漏らす。ショッピング系のビルや露店巡りをしている時に彼女があからさまに欲しがっている髪留めがあったのでバレないようにこっそり買っておいたのだ。僕の言葉にしばらく俯いていたシアだったが遠慮がちに小袋を受け取ると顔を上げ、
「ありがとうございますっ! ぜったいぜったい大切にします!」
まるで太陽のような輝く笑顔で言葉の通りプレゼントをそっと大事そうに包み込む。嬉しげな表情を隠そうともせず無邪気に「付けてみてもいいですか?」と聞いてくる彼女に僕はただただロボットみたいに顔を縦に動かすことしか出来なかった。……だって、笑顔に見惚れてしまってたんだから仕方ないじゃないか。
などと心の中で謎の言い訳をしている間に、髪飾りを身に着けたシアが肩の下まで垂らした髪の毛先を指でくるくる弄りながら、おずおずと口を開く。
「……どうですか、似合ってます?」
「うん、ぴったりじゃないかな。シアの髪の色にも合ってると思うし」
髪飾りは、大き目の赤い宝石とそれに比べて少しばかり小さな橙色の宝石とで連なっており、そのまわりを囲むシルバーの装飾は雄々しい翼の羽ばたきを象っていて、銀の髪を鮮やかに彩っている。天真爛漫で明るい雰囲気の彼女に色合い的にも抜群に合ってると思う。
「……あ、ありがとう、ございます……」
照れ照れとお礼を言うシアに「どういたしまして」と返して、いざ工業地域へ出発――しようとしたところで唐突に右手が柔らかく温かい感触に絡め取られる。なんだろう? 不思議に思って見てみると、
「えへへ」
それは恥じらいを多分に含んだ笑みを浮かべ、僕をまっすぐに見上げてくるシアの手だった。女子と手を繋ぐのなんて初めてなワケじゃないけど、ちょっとだけ大人びて見えた彼女の表情にどきりとさせられてしまう。そんな照れ臭さと動揺を隠し、努めて平静を装って微笑み返すと、工業地域に行くため近場の移動装置へと足を向け、
――――こういうとこも“書き換え”でどうにかして欲しかったなあ。
なんてことを思わずにはいられなかった。
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