4.お仕事は案内と共に(Ⅰ)
…………むう。
清々しい朝の光が降り注ぐ中、起きたばかりの僕はベッドの上で胡坐をかいて腕を組むと、
「夢、見てない……よな……」
首を捻って思わず自問自答してしまった。
4.お仕事は案内と共に(Ⅰ)
僕は六年目にしてとうとうあの夢から解放されたらしい。それもあっけなく、さらりと。驚きで眠気なんか一気に吹き飛んだ。
「どれのせいかは分からないけど――」
――原因は間違いなくフィーナだろう。多分、いろいろとしてくれた中のどれかが夢を見なくなったことに関係してるんじゃないかと思う。
けど、ちょっと待った。一回見なかったからって、それで本当に解放されたとは限らないだろ。もしかしたら今回だけかもしれないじゃないか。
「……とりあえずは様子見、かな」
フィーナに聞くことがまたまた増えた。この分だと次に会った時は質問攻めになりそうだ。この世界の情報なら大体、“コネクト”で分かるんだけどそれ以外の事となるとさっぱりだからなあ。出来るだけ早めにフィーナが来てくれると助かるんだが――
コンコン
「奏(かな)多(た)さま、起きていらっしゃいますか?」
「…っ、はい! 起きてます!」
ノックされたドア越しに聞こえる女性の声に慌てて返事をする。考え事をしてたから気配に気付けなかった。
「朝食の支度(したく)が出来ましたのでお迎えにあがりました。ご用意がお済(すみ)になりましたら案内をさせて頂きます」
「す、すみません! 急いで準備しますんでっ!!」
断りを入れてからベッドを降りると昨日の服に急いで着替える。それから洗面所で顔をパパッと洗い、手で申し訳程度に髪を整えて部屋から飛び出す。
「お、お待たせしましたっ!」
わざわざ廊下で待っていてくれたメイドさんに申し訳なさそうに声をかけて頭を下げる。でも、メイドさんは全く気にしていないという風に首を横に振り、にこやかに微笑(ほほえ)む。
「いえ、どうぞお気になさらないで下さい。それでは参りましょう」
そう言ってお辞儀をしてから歩き出すメイドさんの後に付いていく。今日はシアがこの都市を案内してくれるんだそうだ。昨日は見て回る暇もなかったから結構、楽しみにしてたりするんだよな。寝る前に情報だけはざっと頭に入れておいたけど、これがまたすごいのなんのって。地球と似てるものが多いにも関わらず、それを軽く超える技術のオンパレードときた。魔法って本当に便利なものなんだな、と思い知らされる。
だが、その魔法にだって不便なところは多い。そもそも魔素がなければ扱(あつか)うことすら出来ないし、個人によって使える属性や種類(タイプ)なんかも違うみたいだ。あと、種族によって得手(えて)不得手(ふえて)もあるんだとか。ゲームでよくあるエルフとか獣人もいるみたいだし、早く会ってみたいなあ。
――というワケで、早く朝飯を食べて都市観光に出発だ!
*
エリスさんやシアと一緒に朝食を頂いた僕は、着替えがあるというシアと一旦、別れてエントランスで待ち合わせることにした。
と言っても僕は準備とかそういう必要もないから、先に一人でエントランスに直行して彼女を待っているところだ。ちなみに、ウィンガルさんは別の都市で開かれる会議に出席しなきゃいけなかったんでアンジェリカさんと一緒に、僕たちが起きるよりも前に家を出たらしい。あんまり働きすぎて倒れないといいんだけど。
「……しっかし、ほんとデカイな」
エントランスから外に出てウィンガルさんの家を見上げる。この三十階建ての超高層マンションに住んでるのはウィンガルさん一家と執事さんにメイドさん、それと護衛の人たちだ。それでも使っているのは下の十二階までで、その上から二十二階までは客室になっている。んで、残りの三十階までがウィンガルさんたちのプライベートルームなのだが……僕はそのプライベートルーム内にある、更に上位の客室を仮の宿として
「見た目は普通のマンションなんだけどな……」
入り口近くの壁を軽く叩いても、固く鈍い音がするだけでおかしいところは何もない。しかし、この世界の建物――いや、ほとんどの物は外見以外の全てが地球のそれとは大きく異なる。
その原因はこの世界に存在している魔素によるものだ。魔法を人々の生活や道具に組み込むなんて無茶はこの世界といえども不可能に近い。だが、それを作る材料そのものに魔素が存在しているのなら話は別だ。魔素は魔法の大本。故(ゆえ)に魔素を内包した材料に、魔法を使った
「……ん?」
エントランスの奥からぱたぱた聞こえてくる足音に気付いてそっちに視線を向けると、ちょうどシアが僕の方へ走り寄ってくるところだった。
「――はっ、はぁ、ご…ごめんなさい、奏多さん!」
目の前に来るなり乱れた呼吸のまま頭を下げて謝罪してくるシアに、気にしてないよ、と笑い返す。それを見てホッと安堵の表情を浮かべると、
「ちょっと、服を選ぶのに……っは、はふぅ……時間が、かかってしまって……」
走って乱れた髪や呼吸を整えていくシア。言われてみると確かに気合の入った格好をしてるな。
大きな花柄のパステルピンクのワンピースは肩やそでに控えめなフリルがあしらわれており、シアの可愛さをさらに引き立てている。加えて、ルーズめに着ているGジャンから覗く肩とうなじは健康的な色気が感じられ、ワンピースと見事にマッチしていた。
「そ、その……どう、ですか?」
服の端を軽く摘んで不安と期待の入り混じった瞳を僕に向け、おずおずと上目遣いで尋ねてくるシア。
くっ、可愛い。こんなの見せられたらこれ以外の答えなんてないだろ。
「うん、めちゃくちゃ似合ってる」
「――っ! あ、ありがとうございますっ! よかったぁ」
途端にぱあっと表情を輝かせるシア。うんうん、やっぱり女の子は笑顔が一番だな。
「それじゃあ、どこから案内しますか? グロウハーツは今、わたしたちがいる中央区の他に商業、居住、工業の三つの地域があるんですが」
「うーん……なら、シアのお任せコースでお願いしたいんだけど」
いいかな? と、聞いてみる。すると、腰に手を当てて自信満々に、
「任せてください!」
えへん! と控えめな胸を張って頷くお嬢さま。大丈夫、エリスさんを見てるんで将来有望なのは分かってる。
……いや、だからなんだって話だけどさ。
「まずはこの中央区から案内しますね」
そう言って歩き始めるシアに「了解」と短く答えて隣に並ぶ。
今日は快晴、絶好の観光日和だ。めいっぱい楽しむぞー!
*
中央区は言葉の通り、このグロウハーツという都市の中心だ。位置的にも真ん中にあたり、その周囲を残り三つの地域がぐるりと円を描いて取り囲んだ造りになっている。
そして、その周りにはものすごい高さの防壁、さらには魔法による防御結界が張り巡らされていて容易には侵入できない。正直、これだけでも充分だと思うが、この都市はそれ以外にもいくつかの装置があり、それらすべてが絶え間なく動き続けることで成り立っている。
例えば、防御結界にしたって役割はそれだけじゃない。これには天気を操作できる術式が組み込まれてたりする。基本はランダム設定されてるんだけど何かの催しなんかをやる時だけは弄ったりするんだとか。ちなみにこっちの一年は五百日もあるみたいで、地球より長い。
「ここ、中央区はわたしたちグロウハーツ家――と、言うよりは都市を治めている者とその家族しか住めないようになっているんです。なんて言っても、うちで働いて下さってる方々や奏多さんみたいな特別なお客様、父さまが開かれる催しに来られる方たちなど、例外はありますけど」
和洋入り乱れた建物が左右にいくつもそびえ立つ街路をシアと並んで歩く。
「そっか、どうりでおかしいと思った。あまりにも静かすぎるし、人もほとんど見かけないからさ」
さっきから数えるほどの人としか会ってない上に、すれ違うのは警備の人ばっかりだったからなあ。納得だ。でも、それならなんで建物がこんなに多いんだろ? 気になったんでそこのところをシアに聞いてみると、
「詳しくは話せないんですが、この都市はここの建物の中にある全ての
そりゃすごいな、この建物に組み込まれている魔法だけで都市を動かしてるとは。
「それに中央区は最重要地域なので中に入るにもよほど信用されている人のみに限られているんです。万が一、この中の術式がひとつでも知られたりしたら、都市全体を揺るがす危機にも繋がりかねませんから」
……ごめんなさい。僕はとりあえず心の中でこっそり謝った。なぜかというと昨日、“コネクト”で調べてたときに都市のそういった情報もついでに覗いてしまったからだ。流石に位置情報とかは見てなかったんだが、まさかここにあったなんて。
「なので、案内と言ってもここはほとんど話せることがありませんし、中を見学したりも出来ないんです。…ごめんなさい」
「いや、シアが謝ることじゃないよ。それに他の人が見られないようなとこを見られただけで滅茶苦茶ラッキーだし。……てか、ふと思ったんだけど僕みたいなのがここに滞在してて本当に大丈夫なワケ?」
いくら娘さんの危機を助けたといっても僕はよそ者だ。こんな大事な場所に一時的とはいえ住まわせてもいいんだろうか。そう思って聞いてみた僕の言葉に、シアはふっふっふっと意味ありげに笑うと人差し指をピッと立てて、
「それはですね、父さまの勘が大丈夫だと感じたからです!」
はい? 勘ってあの勘、で合ってる……よな。ほんとに?
僕がいぶかしげな視線を向けるとシアはあわあわしながら説明を付け足す。
「ち、違うんです! 勘は勘でも父さまのはそういう普通の勘とは違ってて、何というか、絶対に外れないんです!」
「……絶対に、外れない?」
「はい。母さまも言ってたんですが、今まで一度だって父さまの勘は外れたことがないそうなので」
間違いありません、と断言するシア。それってもう勘とかそんなレベルじゃないよな。ある意味、魔法と変わらないじゃないか。でも、魔法が使われた反応は一切、感じられなかったんだとか。
もしかするとこういう世界なんだし第六感的な能力なんかもあるのかも知れない。
「まあ、そういうことなら少なくとも僕は悪いヤツじゃないと思われたってことだ。良かったよ」
「当然ですっ! 奏多さんが悪い人なわけないじゃないですか!」
無邪気な笑顔できっぱりと言い切るシア。悪い気はしないんだけど照れ臭い、すさまじく照れ臭いぞ。向こうにいた時にもう少し女子との付き合いをしておけばよかった。
「あー、うん。……ありがとう」
気の利いた言葉の一つも返せず、できた事といえばシアの頭をポンと柔らかく撫でてあげただけ。子供か、僕は。自分の圧倒的経験値不足がうらめしい。
「……あっ! あの……これはちょっと、恥ずかしいです」
僕が撫でたとこを両手で抑えたシアが俯き加減でぼそぼそ呟く。
ですよねー。年頃の女の子にこういうのは子供っぽかったか。僕が謝ろうとすると、
「でも、奏多さんになら別に、嫌じゃ――」
消え入りそうな声だったが微かにそう聞こえた気がした。
え? それってどういう――
思わず聞き返しそうになった瞬間、
「さ、次のところに行きましょう! ほら、急がないと日も暮れちゃいますし!」
早口でまくし立てながら、すたすた先に行ってしまうシア。いや、日が暮れるもなにもまだ昼にすらなってないんだけど――
「ま、いいか」
よく分からないが嫌じゃなかったんならそれで良し。
僕はシアの後を追って走り出す。まだ観光は始まったばかりだ。
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