3.変化と出会いは突然に(Ⅱ)


 「すっかり遅くなっちゃったね」


 「はい、旦那様もさぞ心配しておられる事でしょう」


 ウィンドロットの中、隣に座っているシアとアンジェリカさんの会話を聞きながら窓越しに外を見る。確かにもう真っ暗だけど、街道の端に一定の間隔で置いてある照明灯のおかげで周りはそれなりに明るい。

ところでこの乗り物、前の世界と違ってガソリンとかそういう燃料をまったく使ってないんだそうだ。シア曰く、これ自体は人を運ぶ手段というだけで実際は街道の下に流れている魔力を使って動かしているとの事。欠点としては街道から外れると自分自身の魔力を使わなければいけないという点だ。ちなみに中は自動車とあんまり変わらないけど余計なものがないんで広く感じられる。それに動かすのもハンドルとかじゃなくてパネル操作、もちろん魔法で浮かすからタイヤもなくて大丈夫ときた。これで音も揺れもほとんどないんだから快適としか言いようがない。もし地球にも魔法が残ってたら自動車もこんな感じに進化してたんだろうか。


 「――あの、ところで奏多さんはこのあと予定があったりしますか?」


 アンジェリカさんとの話が終わったのかシアがそんなことを聞いてくる。一応、言っておくとその前まではマシンガンみたいにバンバン僕に質問が飛んできてた。もちろん話せない部分もあるからそれなりにしか答えてないけど。


 「うーん、特にないな。強いて言うなら夕飯と泊まるとこをどうしようか考えてたくらい」


 「そういうことならぜひうちに来てください! 父さまと母さまにはわたしの方から説明しますので」


  シアがこちらに身を乗り出し気味にして得意げな笑みを浮かべる。……年下とはいえ女の子なんだしそう近付かれると流石に恥ずかしいんですが。


 「……じゃあ、お言葉に甘えるとしますか」


せっかくの厚意を無下にするのも忍びないし。


 「はい! 期待しててくださいね、すっごく美味しいですから!」


シアの自信たっぷりな様子を見て否が応にも期待が高まる。これはどんな料理が出てくるのか今から楽しみになってきたぞ。






3.変化と出会いは突然に(Ⅱ)






 「――ごちそうさまでした。どれもすごく美味しかったです」


 最後に頂いたコンソメスープ(に似た味)の皿をテーブルに置くと両手を合わせて頭を下げる。ビーフシチューみたいなものやナポリタンっぽいもの、他にも前の世界で見たことある料理(名前も全く一緒なの)もいくつかあった。味もそっくりだったし。あと初めて見る料理もたくさんあったんだけど、どれも美味しかったなあ。シアがオススメするのも頷ける。


と、まあこんな感じで僕は彼女のご家族と一緒に夕食を囲んでいた。特に親しい友人などをもてなすための部屋らしいけどとにかく広い。床には一面の紅い絨毯、壁に飾られている絵画や棚に置かれた品々は素人目に見ても高級そうな物ばかりに思える。しかも、それぞれの席の背後には専用のメイドさんが控えていて、お茶のおかわりや皿の交換など他にもいろいろなことを手際よく行ってくれていた。ありがたいけど至れり尽くせりすぎて逆に申し訳ない気持ちになってくる。


 「そう言ってもらえると料理長も腕をふるった甲斐があるというものだ」


僕の言葉に満足そうな笑みを浮かべる三十代後半くらいの男性。彼はシアのお父さんでもあり、この都市の長でもあるウィンガルさんだ。長身のがっしりした体格に黒いスーツ姿、ウルフカットの短い黒髪。琥珀色のツリ目は強い意志に満ちている。そんな外見のせいか、凄みがありすぎて僕のいた世界で言うヤクザみたいな印象を受けてしまう。本当は娘さん思いのいい父親なんだけどなあ。それは、事の顛末てんまつを娘さんから聞いて奥さんと一緒に何度も頭を下げ、感謝の言葉を口にしていた姿から容易に想像できる。

そして、その隣でにこにこ微笑んでいるおっとりとした女性がシアのお母さんでエリスさん。だが驚くなかれ、その容姿はとても三十を過ぎた女性には見えない。小柄で童顔、巨乳と今ではすっかり死語となったトランジスタグラマーを見事に体現している。加えてふわりとした銀髪のボブカットと穏やかな翡翠(ひすい)の瞳、フリルの付いた薄桃色のワンピースというよそおいがそれをさらに際立たせていた。間違いなくその手の人たちにはすさまじい人気がありそうだ。


 「しかし驚いたよ、まさか君がの出身だったとは」


 「……いえ、まあ……は、はは……」


テーブルを挟んで対面に座っているウィンガルさんがどこか感慨深(かんがいぶか)そうなのに対して、僕は笑ってごまかすしかできない。元々この世界の出身じゃないし、その設定はフィーナが用意したものだから下手な事は言えないんだよなあ。都市に入るのに身分証が必要だということで彼女にもらった赤いカードを衛兵に見せた時はめちゃくちゃ驚かれた。ついでにシアたちも一緒に驚いてたけど、それが当然の反応だと思う。内心、僕も驚いた。だってその大陸はんだから。

これはウィンガルさんから聞いた話だが、この世界には六つの大陸があったそうだ。でも今から数百年ほど前、その内のひとつの大陸が綺麗さっぱり消えてしまったという。まるで初めから存在していなかったかのように。どうしてそうなったのか理由は分からない。なぜなら、その大陸は他の五大陸を拒絶する強力な魔法結界の中に存在していたからだ。当時、優秀な魔科学者マジックシーカーたちがどうにかできないものかと試行錯誤を繰り返したが、誰一人としてその内側に入ることは叶わなかった。つまり、交流も何もないんだから完全ブラックボックス化していた大陸が消え去った理由なんて分かるワケもない、とまあそんな話らしい。確かに消え去った大陸の出身っていうのはいろいろと都合がいいんでありだと思う。言い訳もできるし。

そんなワケで僕は、両親を一年前に亡くしてからずっと一人旅をしているという設定を付け足しておいた。


「君の両親はその力について何も言ってはいなかったのかね? それにあの大陸のことも――」


「すみません、父も母もそういう話は一切していなかったもので。教えてもらったのは力の使い方や魔法についての基礎的なことだけでした」


 失礼だとは思ったがウィンガルさんの言葉を遮り、首を横に振ると何も知らない素振りをみせる。あまり突っ込んで聞かれるとどこかでボロが出ないとも限らないしな。あとでそこら辺の情報もこっそり調べておかないと。


 「……そうか、何か隠しておかなくてはならない事情があったのかも知れんな。不ぶしつけなことを聞いてすまなかった。何せエアヴォルフほどの魔獣を身体能力のみで圧倒するなど今まで聞いたことがなかったのでね。その上、たったひとりで三匹まとめてとは……もはや驚きを通り越して呆れてしまったよ」


 「はい。見ていたわたくしも正直、目を疑ってしまいました」


 やれやれといった風なウィンガルさん。その背後に控えているアンジェリカさんもさり気なく同意する。ついでに、なぜか僕の隣に座っているシアも最初に会ったときみたいに興奮した様子で、こくこく頷いていた。まずい、このままだとシアがまた盛りに盛った救出劇を語りだすかもしれない。あんな恥ずかしい思いをするのはもうごめんだし、ちょうど聞きたかったこともあるから話題を変えよう。


 「――そ、それより! ウィンガルさんにちょっとお聞きしたいことがあるんですがかまいませんか?」


 「もちろんだとも。それで私に聞きたい事とは?」


「さきほども話しましたが、僕は両親を亡くしてから行くあてのない旅を続けていました。でも、一度くらいはどこかで腰を落ち着けるのも悪くないんじゃないか、と思っていたんです」


僕の言いたいことが分かったのだろう、ウィンガルさんは目を細めて唇の片端を上げながらニヤリと笑う。いやいや、その笑い方こわいから! 完全に悪役のそれですよ。シアの方は頭の上にハテナマークが浮かんでいるという表現がしっくりくる表情で小首を傾げている。うん、こっちはすごく可愛い。彼女がエリスさん似で良かったと心から思う。


 「それで、もしよければこの都市に住むための条件と言いますか、資格? みたいなものが必要だったら教えて頂きたいな、と」


 「なるほど、そういう事であれば明日の朝、必要な書類を届けさせよう。それによく目を通した上で君が望むのならこの都市を治める者として――いや、ウィンガル・グロウハーツ個人として歓迎させてもらうよ」


 「分かりました。本当にありがとうございます」


 席を立って腰を折り、深々と頭を下げて精一杯の感謝を伝える。よし、これでこの世界での生活基盤を固めていけそうだ。

と言っても、この世界自体のことをまずは知らなきゃいけないワケで。しばらくは徹夜になるだろうなあ、なんて考えている僕の横でウィンガルさんの言葉を聞いていたシアが小さなガッツポーズを取って嬉しそうにしていた。何かいいことでもあったのかな。


「なに、気にする必要はない。それと使っていない客室を用意しておいたのでしばらくはそこを自分の部屋だと思って自由に使ってくれ」


 「…え? あ、いや! 流石にそこまでして頂くのは悪い気が……」


 「――奏多さん、その謙虚さはとても好ましく思います。ですが、今回は娘たちの命の恩人である貴方に報いたいと思っている、私と夫の気持ちを汲んでは頂けませんか?」


 両手を胸の前でぽんと合わせて満面の笑みを浮かべるエリスさん。そんな仕草をされるとただでさえ大きな胸がさらに強調されてかなり目の毒なんですけど。そんな凶悪なものを前にして、チラッと見るだけに留めた自分を褒めてやりたい。よく耐えた、僕。


 「……そうですね。そこまで言って頂いたのに断る、というのは失礼だと思うのでありがたくご厚意に甘えさせて頂きます」


 「ええ、ぜひそうして下さい。その方がシアも喜ぶと思いますので。ねえ、シア?」


 「~~~も、もうっ! 母さまっ!」


 悪戯っぽい笑みを口元に浮かべながら我が子を楽しげに見つめるエリスさん。その言葉にボンッと音が聞こえてきそうなくらい赤面するシア。しばらく俯いて恥ずかしそうに身体をもじもじさせていたが、やがて「……意地悪」と小さく呟いた。こうして見ているとエリスさんの外見も手伝って母娘というより姉妹にも思えてくる。……というか、どうしてそれでシアが喜ぶんだろうか。謎だ。


 「では、話もまとまったところで私はそろそろ失礼させてもらおう」


 そう言って椅子から立ち上がるウィンガルさん。傍に控えていたアンジェリカさんからちょっと幅広の灰色のロングコートを受け取って身にまとう。こんな遅くから仕事だろうか。やっぱり都市を治める仕事って大変なんだろうな。僕には想像もつかない。


 「奏多君は旅の疲れもあるだろうから湯船にでも浸かって今夜はゆっくり休むといい。あとのことは任せたぞ、エリス」


 「はい、あなたも無理はしないで下さいね」


 「気を付けてね、父さま」


 「お気遣い、ありがとうございます。ウィンガルさんも身体には気を付けて頑張って下さい」


 それぞれの言葉で送り出す僕たちに「ああ」と笑いながら肩越しに頷いて部屋を出ていくウィンガルさん。アンジェリカさんも一緒に付いていったところを見ると、僕のいた世界で言う彼の秘書とかそういう立場の人かも。明らかにできる女性って感じだったし。でも、シアがわたしの従者って言ってたような――


 「奏多さん、奏多さん」


 ……ん?


 くいくいと服の袖口を引っ張られるままにシアの方を見る。彼女は両手を後ろで組み、少し前かがみな姿勢で覗き込むようにこちらを見上げると、


 「これからよろしくお願いしますね!」


 はにかんだような笑顔を浮かべる。

 ――い、いかん。思わずドキッとしてしまった。確かシアは今年で十四、だったかな? ウィンガルさんがそう言ってたような気がする。この場合でもロリコンになってしまうのだろうか。と、言っても僕にそういう趣味はない。……ないと思いたい。


 「ああ、こっちこそよろしくな。シア」


 そんな内心の馬鹿な葛藤はさておき、もちろんとばかりに頷いてにこやかに返す。

まあ、まだ住めるかどうかなんて分からないんだけど、それを言うのは野暮ってものだろう。







 そのあとはエリスさんたちと軽く談笑してからお風呂へと案内されたのだが、大豪邸の浴場かそれ以上のすごさだった。金色のライオン像(みたいなもの)の口からお湯が勢いよく流れ落ちてたり、他にも壁の一部が全面、窓になっていて高い場所からの夜景はめちゃくちゃ綺麗だったなあ。特殊な魔法で外は自由に見られるが、外からは決して覗けないようになっているらしい。それにお湯自体の温度を一瞬で調節できるのには驚いた。火の魔法による細かな設定をしていてその範囲内ならすぐに変化させられるんだとか。

 で、ひとり入るには勿体なさすぎるお風呂を堪能した僕は、そのままウィンガルさんが用意してくれた仮の住まいとなる客室に通されて今に至る。…のだが、


 「……快適なんてレベル超えてるんですけど」


 高級ホテルのスイートルームにも負けないぐらいの部屋の一角、そこに置いてあるベッドの上でぽつりと僕は呟いた。天井に吊るされているシャンデリアはとても細やかに作られており、バルコニーに面したフランス窓から見える景色も風呂場のそれに負けてない。このベッドにしたってふかふかで三人用はあるんじゃないかってくらいの大きさだ。生活に必要な物も一通り揃っているし、室内の広さも十二分にある。

……いつかこの恩を返せるといいんだけど。これは流石にもらいすぎだ。


 「向こうにいた時はこんなすごい部屋に泊まったことなかったからなあ。修学旅行は普通のホテルだったし。……まあ、当たり前か」


 仰向けになったまま、ふと向こうの世界に思いを馳せる。たった一日で僕と僕の世界は大きく変わってしまった。両親にはもう二度と会えないからそれは仕方ない。でも、友達ともう二度と会えないのはちょっとつらい。もちろん、両親が亡くなってから僕の生活を支えてくれてた親戚の人たちにも。社会人になったら恩返しをしたいと思ってたんだけど、こうなってしまった以上もう何もしてあげられない。せめて挨拶くらいはきちんとさせて欲しかったな。


 ――ともあれ、これであの世界は消えずに済んだワケだからそれでいいじゃないか


 そう自分に言い聞かせてはみたけど淋しいものはやっぱり淋しい。

でも、こんな気持ちもきっといつかは消えてなくなるんだろう。これから僕はこの世界の遠野奏多として生きていくのだから。そのためにもまずは、


 「眠くなるまでこの世界の勉強だな」


 室内をぐるりと見渡してみたところ、見慣れない物がいくつかあったんで使い方とか覚えておいた方がよさそうだし。ほんと”コネクト”さまさまだ。これのおかげで誰かに聞いて不思議に思われたり、疑われたりする心配もない。

 とは言え、僕がうっかりボロを出したら意味ないからな。そうならないように早くこの世界に慣れていかないと。

 「”情報領域”」


右手を広げて黒い本を呼び出す。

 まずは気になったことを片っ端から調べていくとしますか。




 ――こうして僕の新世界一日目は過ぎていくのであった。


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