2.変化と出会いは突然に(Ⅰ)
「――――ぅ、ん……」
目覚めた僕の視界に映るのは抜けるような青い空。それから背や頬、腕に当たる柔らかい感触に気付いてゆっくりと上半身を起こす。周囲を見渡しても誰も居ない。どうやら僕はだだっ広い草原へと転移させられたみたいだ。
「……本当に来たんだな、違う世界」
景色は前の世界と変わらないのに、確かにここは以前の世界とは違うのだと実感できる。それが何故なのかは分からない。元々この世界で生まれるはずだったからか、それとも違う理由なのか。
でも、今はそんな事はどうでもいい。この世界で生きていくと決めた以上、やることは山ほどあるからな。まあ、元の世界がどうなってるかは気になるけど今度フィーナに会った時にでも聞けばいいし。まずは彼女の言ってた通り身体を慣らすとこから始めるか。
「よ、……っと……」
僕はグッと足に力を入れて立ち上がる。身体自体に何か変化はあるのだろうかと思って腕や足などを眺めようとしたところでちょっとしたそれ以外の変化に気付く。フィーナと話してた時はパジャマのままだったんだけど、今の僕が着ているのは前の世界でよく使ってた外出用の服だった。多分、気を利かせて彼女が用意してくれたのかもしれない。
けど、これを用意してくれたって事はこっちの世界の服も同じ――――じゃないぞ、これ。薄手のロングTシャツに同じようなパーカーとロング気味のコート、下は少し厚手のズボンと黒のスニーカーという感じで服や靴には何もおかしい所はない。
……ないのだが、服や靴そのものに重さがないというのはおかしい。感触とかそういうのはあるんだけど。
「……これも魔法、なんだろうな。便利すぎるだろ」
それによく見てみると服のデザインも少し違う。ボタンとかも少ないし、このままで動けるのってすごいな。どういう仕組みになってるんだろ。後で“コネクト”で調べてみようかな。
「――よし。それじゃ、身体を慣らしてくか」
軽いストレッチをして準備万端、気合充分。さっそく僕は自分の身体の変化に慣れるべくいろいろと試してみる事にした。
2.変化と出会いは突然に(Ⅰ)
「――つ、っかれたァ!!」
その場にぐったりと座り込んで草の上に手をつき、僕はようやく一息ついた。空を見上げればもうすっかり日が傾き、世界が朱く染まり始めている。どうやら身体を慣らすだけで相当な時間を使ってたみたいだ。飛ばされた時は朝か、遅く見ても昼は過ぎていなかったと思うから数時間はぶっ続けで動いてたってことになる。それでも身体の疲労がほとんどないっていうのは正直、呆れるしかない。だから疲れた、というのは肉体的な意味ではなく精神的な意味でってことだ。
あれからいろいろとやってみたけどやればやるほど自分の変化に驚かされる。前の世界にあった乗り物の比じゃないくらいの速度で動けるし、身体の強度も恐ろしく上がってると思う。腕力も試してみたけど尋常じゃないくらいに上がってた。
「どんだけ強かったんだよ、前の僕は……」
これだけの力があるなら夢の中に出てくる巨大な怪物の群れや軍隊を相手に勝つのも納得できる。今の僕も多分、同じことをやろうと思えば出来なくはないと思う。
にしても“書き換え”のおかげか身体を動かしている内に力のコントロールは自然と出来るようになったんでだいぶ楽が出来た。それでも結構な時間にはなってしまったんで残りの事は近くの街で宿を取ってからにしよう。
そうと決まれば“コネクト”で近くの街を調べてみるか。
「“情報領域”」
右手に黒い本を呼んでフィーナに教えられた通り頭の中に調べたい事を思い浮かべる。そうすると真っ白だったページに一瞬で地図が浮かび上がった。黒い丸が点滅してるけどこれが多分、僕を表しているんだろうか。そこからかなり離れた場所に……このアイコンは街、なのか? 黄色い家がいくつも重なっているアイコンがある。うーん、名前とか分かると便利なんだけどなあ。なんて思っているとアイコンの下にスッと文字が浮かび上がってきた。
「……んー、と……大都市、グロウハーツ」
どうやら予想通り街のアイコンで合ってたみたいだ。あと使ってみて分かったけど調べたいことを単純に思い浮かべるんじゃなくて細かくまとめてやると、さらに精確な情報を得られるらしい。……と、いう事は他にもいろいろな使い方が出来そうだな。フィーナの言ってた、使い方次第では強力な『武器』になる、という言葉の意味がちょっとだけ理解できた気がする。
「それじゃ、このグロウハーツって都市(とこ)に行ってみるか」
”コネクト”で方向を確認しながら目的地へ街道沿いに駆け出す。僕が走り出すと同じように黒い丸も動き出した。こっちも予想通り自分のアイコンだったか。
それにしてもすごいな、ほんと。それなりに力を抑えて走ってるんだけど周囲の景色が恐ろしい速さで次々と後方へ流れていく。普通に向かうなら一日くらいはかかるだろうと思われる距離をグングン縮めていってる。この調子なら夜までには余裕で辿り着けそうだな。と、一安心していたところに”コネクト”が変なアイコンをいくつか表示してきた。
別に調べたいとか思ってなかったんだけどな。
内心でそう呟きながら駆ける速度は緩めずにアイコンを確認する。それは都市から少し離れた街道の上にあった。黄色い車の形をしたアイコンを三つの赤い悪魔の絵をしたアイコンが取り囲んでいる。これだけじゃ分かりづらいな。とりあえず詳しい情報が欲しいので前と同じように細かく思考を飛ばす。そうするとアイコンの下にそれぞれ文字が浮かび上がり、今度はその横に短い文章が添えられていた。黄色い車の形をしたアイコンはウィンドロットっていうこの世界の乗り物らしい。赤い悪魔のアイコンはモンスターで種族は魔獣って書いてある。こっちの世界にはモンスターとかいるのか。外に出る時は気を付けとこう。
「あとは文章の方を、と……魔獣による人間たちへの襲撃。負傷者は数名、なおも交戦中だが人側に全滅の恐れあり――っ!?」
これってかなりヤバイんじゃ――!!
前の世界の僕なら行ったところで力にはなれなかっただろう。いや、そもそも間に合うワケがないしこの情報を知ることすら出来なかった。でも今の僕にはこの状況をどうにか出来る力がある。だったら、やることはひとつ。早く助けにいかないと!
「……よし!」
覚悟を決めるとセーブしていた力を解放して一気にペースを上げる。手遅れにならなきゃいいけど、なんて心配は全くの取り越し苦労だった。景色が流れるなんてレベルじゃない速度でみるみるうちに僕は”コネクト”が示す場所に近付いていく。時間にして数分もあるかないか、そのくらいだと思う。そして視界にはアイコンが教えてくれた情報がもうハッキリと見て取れる距離にまで迫っていた。
状況はかなり悪いようで体長四メートル以上はあろうかという巨大な狼が三匹、人と自動車に似た乗り物を取り囲んでジリジリと包囲を狭めている。大人の男性が三人ほど武器らしきものを構えて対峙していたがところどころ砕けた鎧の隙間からはもちろんのこと、身体中のあちこちに裂傷があり、
……あれ?
よく見てみると乗り物の中にもまだ誰かいるみたいだ。人影みたいなのがチラチラと窓の奥に映っては消える。
「――って、そんな場合じゃないだろ!」
まだ犠牲が出てなかったことで少し気が緩んでいた自分を叱りつけて思考を切り替える。“情報領域”をしまって戦闘態勢に入った、その瞬間――
「グゥオオオォオーー!!」
大気が震えるほどの雄叫びを上げて一匹の巨狼が大きく跳躍する。そのあまりの速さに男性三人は全く反応できていない。狙いは乗り物のようで一気に真上から前脚の爪を振りかざして襲い掛かかっていく。
「させるかッ!!」
地を蹴る足に力を込めて一足飛びで空中の巨狼に肉迫するとその勢いのまま、強く握った拳を思いっ切り横っ面に叩き込む。まともに決まった一撃は巨狼の首を折るだけに
続けて首のなくなった巨狼の身体を足場にしてくるりとその場で身を
事ここに至って三匹目だけがようやく反応できた。四肢の力をもって全力で飛び退き、この場から逃れようとする。だがそれはもうあまりに遅すぎた。僕はいまだ立ち込めている土煙を散らして一息で距離を詰めると敵の鼻面に強烈な右ストレートを放つ。その拳をまともに食らった巨狼はかなりのスピードで何度もバウンドしながら吹き飛び、その動きが止まるともう二度と起き上がる事はなかった。
「……ふぅ」
一応、周囲の気配を探ってみたけど何かが潜んでいる感じはなさそうなので張り詰めていた気を緩める。命のやり取りなんて初めてだったにも関わらず、動きには何の躊躇いもなかった。それは心も同じで多少の興奮はあっても殺すことに対しては何の罪悪感も感じてない。これじゃあまるで夢で見ていた一つ前の僕と同じだ。……と、いう事はもしかして“書き換え”の影響で記憶だけじゃなく意識的な部分も少し混ざったりしてるんじゃないか、これ。いや、まあ別に困るようなものでもないけど他にも変な副作用とかあったらマズイしな。今度会った時にでも聞いてみよう。……それまで何も起こりませんように。
「――あ、あの……」
背後から遠慮がちにかけられた声に振り返ると一人の少女が僕を見上げたまま立っていた。年は僕より四つか五つくらい下だろうか。銀色の髪は肩の下あたりまでのセミロング、それと琥珀色の瞳をしている。服装は膝下まで丈のある白いワンピースの上から青と白のボーダーカーディガンを羽織り、黒いスニーカーに靴下といった清楚な感じだ。少し小柄で細身の外見もあってか綺麗というよりは可愛いという印象の方が強い。その後ろには付き従うように大人の女性が一人。ホワイトブリムを頭に付けて長い茶色の髪を後頭部で綺麗に纏め、
「危ないところを助けて頂いてありがとうございました!」
がばっと勢いよく腰を折って深々と頭を下げる女の子。それに続いて後ろの女性と男性陣も同じように頭を下げてくる。
「いやいや、そこまで大げさに感謝されるような事はしてないから! それよりも全員、無事みたいで良かった」
気恥ずかしさから慌てて頭を振る。助けられるのなら助けたいと思ってやっただけだし。それに前の世界の僕なら多分……いや、考えたら情けなくなるから止めとこう。
「そんな事ありませんよ! エアヴォルフを三匹、それもあんなに大きいのを一瞬で倒す人なんて初めて見ました! 魔法も使ってないのに本当すごいです!」
「……えーと、それは……どうも」
胸の前、両手で握りこぶしを作って、むん! と力説する少女。もしかするとかなり強いモンスターだったのかも知れない。
「それにあんな――」
「――お嬢様」
興奮気味に話を続けようとする少女の言葉を
「助けて頂いたのに名乗りもせず失礼致しました、わたしはシアナ・グロウハーツ。この先にある都市を治めているウィンガル・グロウハーツの一人娘です。それと彼女はわたしの従者でアンジェリカ、他の方は父がつけてくれた護衛です」
シアナから紹介を受けてメイド姿のアンジェリカさんが一礼すると護衛の人たちもそれぞれ敬礼をしてみせる。いいとこのお嬢さまっぽいなーとは思ってたんだけど、まさか都市を治めてる人の娘さんだったとは。
「僕は遠野奏多、よろしく。ちょうどシアナさんのお父さんが治めてる都市に向かってるとこだったんだけど、こんな偶然ってあるんだな」
「……偶然じゃないかもしれませんよ?」
「え?」
「あっ! いえ! 何でもありませんっ!」
真っ赤になった顔をぶんぶん横に振るシアナお嬢さま。なんかぼそぼそ呟いてたみたいだけど一体どうしたんだろ。まあ、本人がなんでもないって言ってるんだしいいか。
「……そう? なら、いいけど」
「はい。それでわたしたちも王都での用を終えてグロウハーツへと帰る途中なのですが、奏多さんさえよろしければ御一緒して頂けないかと思いまして」
「……僕が?」
「そうです。こちらの護衛の方々も怪我をしていますし、エアヴォルフのような強力なモンスターにまた襲われないとも限りません。もちろんお礼も先程の分と合わせてそれなりに御用意させて頂きますのでお願いできませんか?」
「分かった、そういう事ならかまわないよ」
行き先は同じなワケだし断る理由もないんでその申し出を受ける事にした。この世界の事もそれとなく聞いておきたかったし。
「やった! それじゃあさっそく出発しましょう、奏多さん! あ、わたしの事はシアナではなくシアと呼んでくださいね。親しい人はみんなそう呼びますので」
僕の返事を聞いてパッと満面の笑みを浮かべると全身で喜びを表現するシアナ。…あ、また言葉遣いとか戻ってる。こっちのシアナ、じゃなかったシアが素の彼女みたいだな。チラッと後ろに居たアンジェリカさんに目をやるとシアのはしゃぎっぷりに小さく肩をすくめていたもののすぐに仕方がありませんね、という感じで笑みをこぼす。なんだか妹を見守るお姉さんみたいな感じで見てて微笑ましい。無事に助けられてよかった。
「ほら、奏多さん! こっちですよー! はやくはやくー!!」
と、見ればシアはすでにウィンドロットという乗り物の前で僕を呼んでいた。行動が早い。
「ああ! 今、行くよ!」
彼女に負けないくらいの声を上げ、シアのところへ歩き出す。この世界の乗り物は初めてだからちょっと楽しみだな。それに都市も向こうの世界とどう違うのか気になるし。
んじゃ、改めてグロウハーツに向けて出発だ。
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