1. 夢と少女と世界の仕組み


「入れる世界を間違えました。すみません」


 ぺこりと頭を下げ、すまなさを微塵も感じさせない声で謝る女の子。突っ込みどころが多すぎてもう何から言えばいいのやら。僕はいろいろ考えはしたものの結局、引き攣った笑みを浮かべる事しかできなかった。






1. 夢と少女と世界の仕組み






 「――私はフィーナ・ウェルハーヴと言います。本来であれば正式な場で説明をするつもりでしたが、今回はイレギュラーな部分が大きくなってしまって。そういう訳で取り急ぎ私の“箱庭”へやに招かせてもらいました」


 最後にもう一度、すみませんと付け足して再び頭を下げる女の子。

 ……ん? 私の部屋?


「その、ここって僕の夢の中じゃ…」


 周囲の何もない空間を眺めながら訊ねると少女は、いえ、と小さく首を振る。


 「先ほども言いましたがここは私の“箱庭”です。あなたが夢に落ちる頃合いを見計らい、その意識だけをすくい上げてこの場にお呼びしました」


 もう何でもありだな、ほんと。しかし、さっきの謝罪では気付かなかったけどすまなさを感じないんじゃなくて、彼女の声にあまり感情が乗ってないだけなのかもな。それを肯定するように表情もほとんど変わらないし。あんまりそういうのを表に出さない子なのか、それとも会ったばかりで素っ気ないだけとか。

どちらにせよすごく可愛いのに勿体ない気がする彼女――フィーナと名乗った子は淡い紫色の滑らかで綺麗な髪を腰くらいまで伸ばし、同じ紫の双眸は理知的な光を湛えていて、心の奥底まで見透かされそうな深い色をしている。年は多分、僕より2~3才は下じゃないかと思う。少し小柄で華奢な感じなのだが、自分の身体より一回り以上は大きな白いローブを身に纏っているので正確なところは分からない。何ていうかアニメやゲームに出てくる女の子というのが一番しっくりくる感じだ。コスプレとかそういうのではなく現実離れした容姿が現実に居ても違和感が全くないとかそういうの。いかんせん僕の語彙力ではこのくらいしか適当な表現が浮かばなかった。


 「……どうかしましたか?」


 ジーッと眺めてた僕を不思議に思ったのか小首をかしげて訪ねてくるフィーナ。黙ったままずっと見てるのは流石にまずかったか。変なヤツと思われても仕方ないな、これ。


 「ごめん、何でもないよ」


 「……そうですか。では、話を続けても?」


 先を促そうとするフィーナの言葉に頷きながら何も言われなかったことに内心で安堵する。が、その前に少しだけ彼女の表情がムッとなったような気もしたけど気のせいということにしておこう、うん。迂闊に藪をつついて蛇が出てしまっても困るからな。それに今はこのおかしな状況を説明してもらわないといけない。今まで繰り返して見てた夢も充分おかしかったせいか、現状もうほとんど受け入れてしまってるけど理由くらいは知っておきたいし。


 「にわかには信じられないと思いますが今から話すことは全て事実です。いきなりのことで何を言ってるんだ、と言われても仕方ないのは分かっていますが受け入れてもらうしかありません」


そう前置きをしてフィーナが本題に入る。


「最初にお伝えした通りあなたが本来生まれる世界はこの世界ではありません。誰かが誤ってこの世界にあなたを入れてしまったことが全ての原因です」


「うん、聞いた時から思ってたけどそれ絶対間違えちゃいけないやつだ。…って、君が原因じゃないの?」

「私ではありません、おそらく“管理者”ホルダーのうちの誰かだとは思いますが」


僕の問いにふるふると首を横に振って説明するフィーナ。え? 自分のせいじゃないのにフィーナが謝りに来るのはどういうことなんだろう。


 「…でも、じゃあ何で君が?」

 「それは私がこの世界の“管理者”だからです。ちなみに“管理者”というのは管理者という意味で、あなたが住んでいる世界は私の管轄になっています。ですので誰がやったかはさておき私が来た、という訳です」


 何というかスケールが大きすぎていまいちピンとこないが目の前の女の子は僕が住んでる世界の管理者らしい。つまり神様みたいなものか。世界を管理するような存在でも僕たち人間みたいなミスをするんだなあ。


「まあ、理解出来たかと言われると難しいとこだけど何となくは分かったよ。でもそのままにしておくのって何か問題が――あるから来たんだよね」


いかん、思わず間抜けな質問をしそうになった。大体、問題なかったらそもそもこんな事になってないわけだし。


「はい。それぞれの世界は“アカシックレコード“起源の書によって記された情報や存在が綺麗に溶け合う事によって成り立っています。ある程度の誤った情報や存在であれば少し混ざろうと何も問題はありません。ですが、今回のように元から記されていない存在が混ざり込むとそれは大きな異常となり、時間が経つにつれ、歪みはどこまでも酷くなっていきます。そうなってしまえば”アカシックレコード “はあなたごと世界という存在そのものを消そうとするでしょう」


それってかなり理不尽な話だな。誰かが間違えたせいでこの世界は今も異常を大きくしていて、このままではいずれアカシックレコードとやらに僕もろとも消されてしまう、と。


 「そもそもアカシックレコードって意味がよく分からないんだけど、それ自体を入れ間違えた管理者にどうにかしてもらう事って出来ないの?」

 「“アカシックレコード “は全ての世界と情報、存在を記した始まりの書。いくら”管理者“と言えど、”アカシックレコード”の改変はおいそれと出来ません。それに間違えた者がこのような重大なミスを自ら白状することはないと思います。バレてしまえば管理能力の剥奪は確実でしょうから」


 溜息混じりのフィーナ。表情はそう変わらなかったが少しばかり呆れたような声音が滲んでいた。誰かのミスを勝手に押し付けられたんだからそうもなるよなあ。


 「でも、それじゃどうしようもなくない?」


「いえ、方法はひとつだけあります。あなたが五年間ずっと見続けている夢です」


「――――え?」


 思いがけないフィーナの言葉にぽかんとする。まさか彼女の口からその言葉が出てくるとは思わなかったからだ。大体、どうしてフィーナがあの夢を知ってるのか分からな……くはないか。世界の管理者とか言ってたしこのくらいは知っててもおかしくはないよな。

でも、あの夢が今回の件を解決してくれるっていうのはどういうことだろう。確かに変だとは自分でもずっと思ってたけどあれが一体なんの役に立つのかサッパリ分からない。


 「その夢はあなたになる前のあなた。ひとつ前のあなたの記憶です」


「……はい? ッて、あれが前世の僕!?」


「いえ、前世というものはありません。言葉通りひとつ前のあなたです」


 前世じゃないけど僕に変わりないって意味がわからない。というか今、テレビでよくある前世説がさらっと完全否定されたんですけど。意味が分からず悩んでいる僕を見かねて彼女は説明を続ける。


 「確かに誰もが生まれて死に、そして世界のどこかで再び生まれるでしょう。ですが、それは全く新しい自分であって過去の自分というものがひとつも残りません。なぜなら全ての生物は死ぬと”アカシックレコード”に返り、自分の情報の一切を吸い上げられ、新たな別の本人として生み出されるからです。これが前世がない理由なのですが、まあ生まれ変わりではないとだけ理解して頂ければ問題ないかと」


 正直、ほとんど意味は分からなかったけど全く違う自分になるという事だけは辛うじて理解できた。でも、それって次の自分も本当の自分だと言えるかっていうと難しい気がする。だって、僕も彼女に言われるまで夢の中の僕がひとつ前の自分だとは本当に信じられなかったし。と、そこであるひとつの考えが脳裏(のうり)に浮かび上がる。


「――あれ? だとしたら僕が見ている夢はもしかして……」

「はい、あなたが考えている通りです。その夢は本来、“アカシックレコード”に消されて残っているはずのない、ひとつ前のあなたの記憶です」


 でも、ひとつ前の僕の記憶がどうして今回の問題を解決するカギになるんだろう。むしろそれが消されてなかったのも結構な問題じゃないだろうか。なんかいろいろとミスが多すぎだ、僕に対して。


 「私にもどうして前の記憶が残されたままなのかはわかりませんが、今回はそのおかげで助かりました。大した苦労もなく、この異常を元通りにできますから」


 「……ん? それってどういう意味?」


「元の情報が残っているのであれば、次に生まれるはずだった世界の情報も残っているという事です。それは“アカシックレコード”にも同じことが言えるでしょう。つまり――」


「つまり?」


「――本来生まれるはずだった世界へあなたを入れなおします」


…………え。

 それって今、住んでる世界を捨てて新しい世界へ行けってこと?


「そうすればこの世界の異常も取り除かれ、全ての仕組みは元通りになります」


 しかも選択の余地なし? 決定事項?


「新しい世界でいろいろ不安があるとは思いますが最大限のサポートは行わせて頂きますし、不自由がないように特典もいくつか用意していますので」


 いや、そんなどこかの親切な店員さんみたいに言われても。

 それは流石になぁ。何とかしてどうにかならないものか聞いてみようとしたところで、ふとフィーナが言っていた言葉を思い出した。


『受け入れてもらうしかありません』


あー、うん。そういえば言ってた、そんなこと。多分、いや確実にこの話もその中に含まれてるよな。

それからかなりの沈黙の後、観念した僕はガックリと肩を落として盛大な溜息をついた。正直、今の世界に未練なんていくらでもある。……けど、全てが消えてしまうことに比べたらそんなことは些細なものだ。

だったら、答えなんて最初から決まってる。不安しかないが彼女が言った通り別の世界に行くのを受け入れるしかないだろう。納得は出来ないけど他に方法がないなら仕方ない。

ただ、両親は僕が高校一年の時にとある事故で他界しているから居なくなって寂しい思いをさせなくて済むとこだけは救いだな。


 「――――分かったよ。それで全て元通りになるなら」


「すみません、ありがとうございます」


フィーナが深々と頭を下げる。

まさか人生を左右する重い決断をこの年でさせられるとは思わなかったけど、こうなってしまった以上やるしかない。


 「じゃあ、そのサポートや特典? とか新しい世界の事を教えて欲しいんだけど」


その言葉にコクリと頷いた彼女は腕を持ち上げて細くしなやかな白い指をローブの袖口から覗かせる。


 「まず最初の特典は身体能力の強化……いえ、正しい言い方ではありませんでした。訂正します。あなたの中に残されている、ひとつ前のあなたの情報を今の身体に入れ込みます。そうすることであなたも夢の中のあなたと同じチカラを使えるようになります」


「ちょっと待った! それって――ッ、ぐ…ァ…!?」


突然の事で慌てて突っ込みを入れようとするが、彼女が指をパチン、と鳴らした瞬間、僕は心臓に叩きつけられるような強烈な鼓動を感じて声を最後まで出せなかった。と、同時に形容しがたい息苦しさに襲われて意味のない声が漏れる。もうそれだけでホント勘弁してほしいくらいなのにトドメとばかり、脳裏には毎日見ていたひとつ前の僕の夢が勝手に垂れ流されていく。いくら慣れたとはいえ、フラッシュバックみたいな感じのやつを何度も繰り返し見せ続けられるのは流石にキツイ!


これ本当にシャレになってないって! いつまで、こんな…ッ!


冗談じゃない、これ以上は本当におかしくなりそうだ!

とてもじゃないけど気を保てそうにないので思い切りテーブルに頭をぶつけてやろうとしたところで、


「…………え」


唐突に全ての不快な現象が一気に跡形もなく消え去った。気分もスッキリ、意識もハッキリ、さっきまでのことが嘘みたいに思えるくらいだ。が、僕の勢いだけは当然ながら止まる筈もなく、思い切り額をぶつけるはめになった。


いッたァ!!


「大丈夫ですか?」


「……うん。大丈夫じゃないけど大丈夫」


額をさすりながらトホホという擬音が似合いそうな顔で僕は頷く。でも、いきなりあんな事されたら仕方ないと思うんだが。ていうか、特典をもらう度にあんな目に遭わされるとかだと嫌だなあ。肉体的にも精神的にも滅茶苦茶しんどい。


「これで“書き換え”リライトは完了しました。今のあなたの身体能力は夢の中のあなたと全く同じものとなります。新しい世界に着いたらしばらくは身体を慣らして下さい。感覚が追いつくまでに少々、時間がかかると思いますので。ちなみにここで試しても今までと変わりありません」


 説明を聞きながら僕は自分の身体を一通り眺めてみた。うーん、どこも身体が変わった気はしないんだけどな。手を握ったり開いたり、肩を回してみてもいつも通りな気がする。ただ妙に思考というかそういうのがクリアになった感じはあるんで彼女の言う通り新しい世界で試してみるか。


 「分かった。で、他に何かまだ特典はあったりする?」


 フィーナは、はい、と返事をして人差し指を僕の胸の中心に向ける。それからよく分からない言葉で小さく何かを呟く。


 またさっきみたいになるとか!?


 そう思って咄嗟とっさに身構えるが今度は一瞬だけ身体が眩(まばゆ)い光を放っただけで特に何も起こらなかった。


 「……あれ? さっきみたいに酷く、ない……」


 てっきり、また同じ目に遭わされるんだろうと思ってたのにあっさりと終わってしまったので拍子抜けな感じだ。いや、決してもう一度あんなのを味わいたいなんて思ってないから。そんなドM趣味は持ってないし目覚めたくもない。

 僕の呟きにフィーナは向けていた人差し指をスッと下ろして小さな溜息を零す。


 「酷い、ですか。あれでもなるべく丁寧に処置したつもりだったのですが」


 あれで優しい方って信じられない、というか信じたくない。普通にやったらもっと酷いって事だろ、それって。耐えられてた自信がないぞ、僕は。


 「――まあ、それはさておき。二つ目の特典は魔法です。あなたが行く世界には今の世界にはない、魔素と呼ばれる魔法を使うための要素が存在しています」


「魔法ってファンタジーとかゲームでよく使われるあの魔法、で合ってる?」


「はい。あなたの世界は魔法と決別してしまいましたが、今度の世界は魔法を当たり前のように使えます」


おお、昔はこの世界にも魔法ってあったんだ! 確かにその手の本とか売ってるからあったとしてもおかしくないけど、捨てるなんて勿体無いなあ。でも、そんな便利なものがあっても今の世の中じゃ、どうせろくでもない使い方をされてる気がするから捨てられてて良かったのかも知れない。


「魔法は世界ごとにそれぞれの制限があります。ですが、今回は謝罪の意味も籠めて制限を外した状態で魔法を使えるようにしました。まあ、何でもありという言い方が一番わかりやすいかと」


「……何でも、あり」


 僕の独り言めいた呟きにフィーナは、そうです、と律儀に答える。

 最初の特典だけでも充分すぎるのに魔法までそんな反則級なことができるのか。


 「ただし制限はありませんがその世界における限度はあります」


「限度……それって制限とどう違うの? よく分からないんだけど」


「簡単に説明すると制限とはその世界における様々な法則のことです。魔法を使うにもいくつかの手順を踏まなければいけませんし、魔法の質や量もそれぞれで定められています。一方、限度はその世界における許容量を意味します。ですので、制限がないとしても限度を超える以上のことは出来ないというわけです」


 なるほど、そういうことか。

僕の魔法は制限を完全無視できるけど、その世界自体が決めている限度以上の事は出来ない、と。


 「ありがとう、大体わかったよ」


「それは何よりです。では、最後の特典になりますがどちらの手でも構いません。手のひらを上にして開いたまま、テーブルに置いてもらえますか?」


前のこともあるので少し構えた感じで恐る恐るテーブルの上に右手を広げて置く。するとそれを見ていたフィーナは「あの時のようにはなりませんから」と少し呆(あき)れた声で突っ込んできた。けど、あればかりは仕方ないと思う。本気でどうにかなるんじゃないかってくらい酷かったんだから。僕のジト目による無言の抗議を意にも介さず彼女は話を続ける。


「あとはそのまま”情報領域”コネクトと唱えて下さい」


「…………”情報領域”――ッ!?」


少しの間を置いてから彼女と同じ言葉を口にした途端、テーブルに置いている手のひらに、ポンッ! と軽い音と一緒に古めかしい黒一色の分厚い本が適当なページを開いたまま現れた。

いきなりの事でちょっと驚いたけどなんなんだ、これ。見た目は普通の本なんだけど絶対に違うよなあ。

そう思いながら軽く調べてみるとこの本、開いてるページ以外はめくれないようになっている。というか辞典くらい厚いのにこのページ以外がない。あと、どうでもいいことかも知れないけどこれ――


 「手にくっついてるんだけど……」


 逆さにしても振っても全く手から離れない。まるで身体の一部のように自然にくっついている。しかもどれだけ動かしても本自体はピクリとも動かない。


 「それはあなたの情報と魔力によって組み上げられていますから。そうなってしまうのは仕方のないことなので我慢して下さい」


 うーん、それならしょうがない…のか? まあ、困る事でもないからいいんだけど。

でも、これってどうやったら消えるんだろう。なんて考えてたらいきなり手にしていた黒い本が消えてしまった。


「あれ? どこに――」


消えたんだ、と言い終わる前に再び黒い本が軽い音を立てて僕の右手のひらに現れる。前と同じようにページは開かれたままだ。


 「……と、そのようにあなたの意思で取り出すこともしまうことも可能ですので不便な点はないかと」


 じゃあ、さっき消えたのは僕が消えないのかなあと思ってたから消えて、今度は探そうと思ったから現れた、と。

すごいな、フィーナの言う通り不便どころかかなり便利だぞ、この本。


 「うん、これは便利すぎる。それで、この……“コネクト”だっけ、の使い方を教えてほしいんだけど」


「それは向こうの世界の情報を詰め込んだものです。使い方は先ほどと同じで調べたいものを思い浮かべれば白紙のページにその情報が浮かび上がるようになっていますので、向こうでいろいろと試してみて下さい。万能ではないので出来ないこともありますが、使い方次第では強力な『武器』にもなってくれるはずです」


 ……これが武器に、か。

そういう情報を調べられるだけでも充分、強い武器になってくれると思うんだけどな。でも、いろいろ試して慣れてきたらフィーナの言葉の意味も分かってくるかもしれない。にしても、向こうに着いたらやることや覚えることだらけだな。

僕は内心、苦笑いを浮かべて“情報領域をしまう。


 「それとサポートの方ですが“書き換え”を施した際、向こうの世界の言葉を理解できるようにしておきました。あなたの言葉も問題なく向こうの世界で通用します。あとはおまけ程度ですが読み書きも出来るようにしておきましたので」


「ありがとう、すごい助かるよ。また一から覚えていくのって大変だからさ」


実は英語の授業とか苦手だったんでこれは本当にありがたい。どういう仕組みかは相変わらず分からないけど、言葉が通じるなら向こうでも何とかやっていけそうな気がする。


 「その他に向こうの世界における通貨や身分証を用意しておきました」


 どうぞ、とフィーナがテーブルの上に二枚のカードを並べて僕に差し出してくる。一枚は青いカードで金の装飾、もう一枚の赤いカードは銀の装飾がそれぞれ施されていた。


 「青い方が通貨、赤い方が身分証になります。使い方は“情報領域”の練習もかねて自分で調べてみて下さい」


「了解」


二枚のカードを受け取ってよく見てみたが、その装飾に何の意味があるかは分からなかった。見た事のないデザインだし……って、向こうの世界のだから当たり前か。あとでこれも一緒に調べてみるかな。

 でも、通貨がこのカード一枚だけって事はこっちの世界より上の文明なんだろうか。魔法があるくらいだし管理とかそういうのもしっかりしてそうな感じだけど。それにこのカード自体、どうにも普通じゃないみたいだ。


 「――以上で説明は終わりです。慣れるまでは大変かもしれませんが、これだけのサポートや特典があれば問題なくやっていけると思います」


 会った時と同じようにペコリと頭を下げ、事務的な口調で淡々と告げるフィーナ。

 確かにこれだけいろいろともらっておいて、やっていけないという事はないと思いたい。……まだまだ不安はあるが。


 「それに定期的に様子を見に来るようにしますのでご安心下さい。元はと言えばこちらの不手際が原因ですから」


「……確かにそうだけどそこまでしてもらうのは悪い気が――」


 と、そこで僕は自分の身体の異変に気付いた。いつの間にか身体全部をすっぽりと覆うように淡く白い光が僕を包み込んでいる。


これ、何がどうなってるんだ!?


慌てた様子で身体のあちこちを見ているとフィーナが、時間ですね、と呟いて椅子から腰を上げる。


 「その光はあなたの”組み換え”コンバートが無事に完了した証です。特に問題なく終わりましたので新しい世界への転移が直に始まると思います」


 はいいぃッ!? ちょっ、待った!! いきなりすぎるだろッ!!

 そういう事やってたんなら先に言っといてくれてもいいんじゃないの!?


 「待った待った! まだ聞いてない事とかいろいろあるんだけど!!」


 「それはまた様子を見に来た時にでも」


 そんなのいつになるか分からないって! それにこういう時って普通は少し時間をくれたりとかしないの、映画とかでよくある感じのやつとかさ!


 「でも僕が居なくなった後の事とか、」


 「それでは新しい世界での生活、頑張って下さい」


まだ話してるのに平然と上から被せて締めるなんて鬼か!!

そう心の中で突っ込んだところで僕の意識はぷつんと途切れた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る