第25話 島流し ⑥
「ヤれる気がしないんやけど」
遅番出勤早々の弱音が隣から聞こえる。今日はスタッフが少ない上に忙しい。竹内は頭を抱えて椅子に座っている。
仕事前にパチンコで勝って気分上々の政岡は他人事のように話を聞く。自分と同期の竹内は少し気が弱く、自信が無い様子を定期的に見せてしまう。ただ政岡はそんなことよりも明日の休みは何を打とうか悩んでいた。
休憩室から漏れ出ているスロットのエラー音は鳴り止まない。左耳に着けているインカムはてんやとわんやが踊り散らかしている。よし、明日もゴッドを打とうか。あのテンパイ音がたまらないんだ。
タバコに火をつけて息を吸い、吐き出す。何故だろう。久しぶりに煙草を吸ったような気がする。目を閉じ、顎を突き出して煙を吐く。
瞬間、肩を叩かれる。嫌な予感がする。恐る恐る振り返ると、鎧を着た男が政岡を見つめる。
「賭博法違反で捕まえる」
「シラナカッタ、シラナカッタ……」
男が政岡を取り押さえる。
「チガウ、ソンナツモリ、ナカッタ……」
ふと、指を見ると指輪が赤く光っている、そして指輪が、爆発。
「ふめらやわぁぁァァあんっッ!」
全力で起き上がる。政岡の背中は汗でズブ濡れ。開いた眼はまるで虹保留が外れた様。
荒くなった息も次第に整う。さっきのは夢だと気付いた政岡。
朝を告げる音が部屋の外から聞こえる。どうやら昨日の昼から寝ていたようだ。朝食を済ませていつもの場所へ向かう政岡。
サキヨミの姿は見えないが、異世界の刑務所はそれなりに雑なようで、ノルマさえこなしていれば時間通りに行動しなくても特に咎めることもないそう。日本とは大違いだ。
いつものように腕輪を装備して石を着けて日向ぼっこをしている政岡。
大陽が下りだした頃、ふと、思い至る。時々見る日本の夢。自分の意思でここに来ている訳でもなく、やはり未練はある。仕事の同僚、友人、親、スロットの新台、パチンコの新台、20万玉。
後半からはパチンコの濃度が高かったが、それでもやはり、思ってしまう。消える時に居たパチンコ屋には同期の竹内もいたが心底驚いたことだろう。姿が見えないことに混乱している姿を想像するのは少し笑える。
「何だアイツ、一人で目を閉じて笑ってるぞ、気色悪い」
目を開けるとスキンヘッドの男がコチラを見ている。前々から暴言を吐いていた男の姿を始めて視認する政岡。手を出したい所だがここは刑務所、ここでそんなことを始めてしまっては別の場所で拘留される可能性がある。そうなれば指輪は爆発、今は我慢に徹するしかない。
再び目を閉じた瞬間、爆発、衝撃でよろめく。大きな音が辺りを包む。音に驚き目を見開く政岡、視界は炎に包まれていた。
「え? 何で?」
裏返った声は炎でかき消える。一瞬で目の前にあった筈の壁は瓦礫に変わり、熱風が政岡を襲う。
何が起きたのか解らない。辺りを見渡しても戸惑いと恐怖で騒いでいる人達が走っているだけ。ふと、空から何か煽ぐ音が聞こえる。
見上げる。ドラゴン、そう形容するしかない怪物が空を飛んでいた。緑の鱗一つ一つが人を切り裂くように大きく、鋭利。翼一つで人を飛ばせるほどに大きく、力強く羽ばたいている。
人を容易に呑み込める口で、大きな咆哮をしながら着地。人よりも太い尾が、崩れた壁にぶつけて砂塵に変える。
見上げる政岡。やはり異世界、ファンタジーってドラゴンが居るんだなぁと、動物園位の距離感でしみじみと眺めながら思う政岡。
炎の熱に当てられながらもどこか現実感がない。まるで朝イチ1回転でフリーズを引いたような感覚。
ドラゴンは口から炎を吐き出し、辺りを更に焼き尽くそうとする、その瞬間。何かがドラゴンにぶつかり、悲鳴に近い咆哮を上げ体を揺らすドラゴン。
何があったのかと、政岡は目を凝らす、人だった。青を基調とした鎧を着た男がドラゴンと戦っている。ドラゴンの尾に弾き飛ばされた男は政岡の隣で着地する。
目が合った、見覚えがあった。この世界ではなく、元の世界、日本で、日本の職場で。
「……竹内?」
職場の同僚、竹内と瓜二つの男が政岡の目の前にいる。これは夢なのか、ドラゴンが来てから現実感がないことばかりが起きている。
「え? え!? 政岡!?」
この反応は本人のようだ。まさかの知人と再開。喜べる状況ではないが、驚きを隠せない両者。
ドラゴンは怒りの気配を竹内に向けて吠える。当たり前だが話せる時間はない。
竹内はドラゴン目掛けて一足飛び、離れた距離を一瞬で詰めて腕を突き出す。その瞬間、竹内の手から巨大な岩が射出しドラゴンにぶつける。多少のダメージはあっただろうドラゴンは少し体制を崩しながら前足を竹内に向けてぶつけ、後ろに飛ばされる竹内は足を地面に擦りながら衝撃を殺し止まった。
「……なんそれ?」
まるでバトル漫画の様な動きを見せる竹内。日本の頃は体格に恵まれているわけでもなく間違っても人外の動きなんてしていなかった。まるで……。
「え? 異世界転生? 俺は?」
ここに来て思い返すもそんな身体的な変化は訪れていない。この差は何? 世界に対する疑念と、なんとも言えない感情が政岡を支配する。
「ドラゴン、俺が相手だ。かかってこい」
「そんな口上言うキャラちゃうかったやん!」
腰に帯びた剣をドラゴンに振りかざす竹内に政岡は違和感を隠しきれない。
「政岡、俺が戦うから逃げてくれ!」
「……」
グッバイ謙虚な竹内。彼は異世界に飛ばされて変わりに自信と力を手に入れたのだ。
政岡はドラゴンを見つめながら盗塁の様にジリジリと足を動かしダッシュした。とてもではないがバトルに参加しても消し炭かミンチか煎餅になるかの選択肢しかない。ある程度距離をとってまた戦いを見る政岡。参加は出来ないがこのまま逃げるのも気が引ける。ヒロインの様に潤んだ瞳で佇む政岡。
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